ひねくれジャンのたまご屋

蕪 リタ

前編

 ここは、大陸北東部にある割と賑わいがある街。中でも、大陸最大の湖が望める観光地側とは正反対の家々が立ち並ぶ場所。大通りを一歩中に入れば、国問わずに魔物を狩るハンターたちが根城ねじろにする安宿の並ぶ、商店街裏側の一角が俺の城。建て付けの悪い所が二、三じゃすまないが、野郎一人が住むには十分すぎる二階建て。そろそろ拠点でも探すかと思っていた時に請け負っていた依頼人から、元々店舗兼住居だった空き家を格安で引き取った。その一階の店舗部分が、営業なんてしてねえのに――知らぬ間に『たまご屋』なんて呼ばれている。


 元々は、本業のかたわら見つけた金が入りづらい若いやつらに、級が上がって早く稼げるようにここで飯を食わせてたんだが・・・・・・いつの間にかハンターたちが食べにくるみたいになってた。そんなつもりじゃなかったんだがな。あ、俺だってまだ若え方だからな!! 三十手前でも、この業界じゃあ若え方だからな!!


 今では、ひねくれ店主が他所様よそさまでいうオムペットだか、オムネツ?だかの中にを入れて作るから、食べ盛りの野郎どもがまりに来るいこいの場――になってるらしい、なんでだよ。肉以外も入れるぞ。しかも、いつ開けるかは俺次第。作るのは肉入りのたまご焼きなため、この辺りでは『ひねくれ者』を『たまご屋』と呼ぶ。いいじゃねえか、たまご。栄養あって美味うまいし、この大陸にいる限り手に入りやすい。何がいけねえんだよ? 知らねえわ――。



 おっと。そろそろうるせえ奴らがくる頃だから用意でもすっかなーと思いつつも、呑気のんき煙草たばこに火をつけた。くもりきった窓に手をかけるが、忘れてた。建て付けが悪くて片手で開かないため、右手の相棒を口にくわえて両手で開けようとする・・・・・・ビクともせん。仕方ないと右手に相棒を戻し、左手でパチンと音を鳴らして無理やりこじ開けた。あ、ヤッベ。力加減ミスった――まぁいいか。


 粉々になった木製の引き戸を今度は間違えずに微弱びじゃくの風魔法ではしによけ、流しまわりを綺麗にする。これでも一応、食事だけで客を取ってる身。料理する所くらいは、流石に綺麗にする――不本意で始まった飯屋であっても。



 水煮にしておいたギミックシェルが入った鍋を取り出し、火にかけながら昨日の残りの野菜を適当に切る。鍋にほうり込んで一息つくと、煙草が半分程進んだあたりで、うるせ・・・・・・元気な野郎どもの声が聞こえてきた。なんで、お前らなんだよ。むさ苦しくなるだけじゃねぇか。



「はよー!」

「・・・・・・おう、らっしゃい」

「いつものくれー」

「ジャン兄こっちもー」

「あいよ。ちーっと待ってな」



 あと少し吸っていたかったが、火を消しながらボリボリと頭をかく。ちっと面倒だなぁなんて思いながら、その辺に置き忘れていた前掛まえかけを引ったくってカウンター内へ戻った。俺は別にお前らのために、この店を開いてるわけじゃないんだが。奴らは遠慮えんりょなく頼んでくる――よく言えば、慕われてるってか?



あにい! 今日は何の肉っすか?」

「今日はブラックボアだな」

「「「え!? ブラックボア!?」」」

「ん? あぁ、昨日の用事の途中とちゅうで突っ込んできた奴がいてな」



 フライパンや皿を出している間に、野郎どもは席につくなり何かコソコソし出した。ここで駄弁だべってる暇があったら、とっとと依頼でも受けに行けばいいのに。あ、いだ脂身どこやったか・・・・・・。



「ボアってだけでも俺たちアレなのに」

「ブラックって確か・・・・・・めっちゃ硬くてA級のディーノさんでも手こずるって言ってなかったか?」

「レッドじゃなくて!? やっぱりジャンさんって、バケモンっすね・・・・・・」



 振り向くと、なんか言いたそうな顔が並んでいた。小蝿こばえのようにブンブン鬱陶うっとうしかったから無視して、保冷庫から昨夜下処理したボア肉を取り出す。お、ここにあったか脂身。



「今日はギミックシェルのスープも出してやるから、ちゃんと食えよ?」

「「「あざーっす!」」」



 ここにくる奴らの大半たいはんは、俺のを知らない。同じ級の奴らか、昔から面倒を見てた奴らくらいしか本名すら知らないからな。目の前で嬉しそうにブンブンしてる小蝿どもは、勿論前者だ。





 乱暴に開けてしまった窓から、ぬるっと生温なまぬるい風が入ってきた。そろそろ気温も上がりそうだなと思い、未だブンブン元気な野郎どもに水を出す。倒れる前に飲んどけと注意をしてから、ボア肉の調理に戻った。お!? こいつ、脂身削いどいたのに触れただけで溶けだした! どんだけ脂のってんだよ・・・・・・そういえば、通常より一回り大きかったか。

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