File.06 起動


 わたし達は暗い通路をただひたすら走った。


 そして、急に明るくなったので目がくらんだ。1、2回目をしばたかせると辺りの光景が目に飛び込んできた。

 そこは、奥行きが長い、コンピューターやマイクが置いてある、司令室らしき部屋だった。


 その部屋は片面がガラスになっていて、そこから見るにバニル肩のあたりの真後ろっぽかった。そのガラスから覗くと合計9機のバニルがあるらしいことが分かった。


 そして、その司令室らしき部屋には9つの酸素カプセルのようなものが置いてあった。

 わたしと涼華すずかにそこの傍でかなめさんに説明を受けるように指示してから、なつめ千夏ちなつを連れて会津先生は別の所に歩き出す。


 どうして別れるのか聞こうとしたが、その場の緊迫した雰囲気に負けてやめてしまう。


 それから、わたし達は要さんの説明を受けた。


 わたしがシンクロする機体はMK.5。そして涼華がシンクロする機体はMK.8だとか。そして、わたし達の今日の戦闘時のデータで近接戦型、とか決めるらしい。


 操縦方法については要さんに説明を受けたが、ほとんどの質問は一言で片付いてしまう。


「成れば分かります」


 成る、とはバニルにシンクロする、という事だ。シンクロというよりも正確には意識をそのまま移すといった感じだ。そのニュアンスをこめて成る、と言っているらしい。


 また、中のコクピットに乗る人たちと区別するために、わたし達はチェンジャーと呼ばれることとなるが、この時にはまだ知らない。


 そんな風にしてあまり情報を与えてくれなかった要さんだが、一つだけ何回も言われた言葉があった。


「絶対に自分がバニルとなったからって、腕とか脚とかを切り落とされないようにしてください」


 どうやら、シンクロしているという事で意識を離れているはずの身体にも、意識を戻した瞬間にフィードバックされてしまうらしい。


 つまり、腕をもし切り落とされたとしたら一生わたしの腕も使い物にならないただの邪魔なものに変わってしまうと言うのだ。


 思ったよりも成るという事は厄介なものらしい。


 服を脱ぐように指示される。そして頭に電極がついたようなメットをかぶせられ、身体にも昨日ぶりに沢山の計器を繋がれる。圧力計とか何やら沢山だ。


 わたしは要さんの介助を受けながら酸素カプセル的な機械に横たわる。


 そして、安全ベルトを付けると要さんは近くにあった袋から紐を取り出した。

 ‥‥紐?


 猿ぐつわだった。しっかりかまされる。どうやら舌を噛み切ってしまうチェンジャーが昔数人いたんだとか。


 その猿ぐつわを噛ませられると、蓋が閉まっていく。ぼんやりと、すこし自分の状況を傍観していたわたしは次の瞬間激痛に身をよじった。

 身体の中で何か沸々と燃え上がったマグマが移動しているみたいだ。悲鳴を上げようとするが、猿ぐつわに阻まれそれもかなわない。

 身体を動かそうとするも、こちらも安全ベルトのおかげで動けず。


 猿ぐつわと安全ベルトの意味はこれだったんだ‥‥

 と思いながらわたしは急速に意識を失いつつあるのを感じた。


 ――――――――――――

 目を覚ます。

 周りが眩しい。


 あれ?失敗したのかなぁ

 なんか遠くで人の声が聞こえる‥‥


 そう思った瞬間、わたしはふと気が付いた。


 なんで今、わたしは立てているの?

 さっきまで酸素カプセルみたいなところで寝かされていたはずだ。


 うーん。不可解だ。


 そうやって思っているうちに、五感が戻ってきた。そしてはっきりと周囲が見えるようになってやっと分かった。


 わたし、もう成ってたんだ。


 足元を見ようとするも、身体が重くて動かない。だが、目の前に見えるコンクリートむき出しの壁から考えるに、もうわたしはバニルになっていたと考えて間違いではないだろう。


 頭に直接流れてくる周りの視界も、右の方には高度を調べるものらしき計器や、スピードメーターらしきものが、そして左の方には3Dマップと平面の地図が記載されている。

 たぶん、バニルについているカメラからの映像に機器からのデータを組み合わせてわたしの脳に流し込んでいるのだろう。


 どうすればいいんだろう、と少しぼんやりと考えていると、隣のバニルからも声が聞こえてくる。


「私、もう成ってますか?さっきまで寝ていたと思うんですけど‥‥」

「ん?もしかしてその話し方は涼華ちゃん?」

「あぁ良かった。なずなさんですね?私だけしか成れてないかと思っていました」


 少し静寂の後、わたしは呟いた。

「わたし達‥‥これからどうなるんだろう‥‥」


 2人での会話が完全に途切れた瞬間、目の前にあった壁がゴゴゴゴという音を立てて左右二つに分かれた。その奥から司令塔が出てくる。さっきの司令室だと思っていたのはただのオペレータールームっぽいものだったらしい。


 そこにあるスピーカーから会津先生の声が鳴り響く。


「二人とも、無事バニルに成れたのね?それじゃあこれから説明するわ。よく聞いておいて。

 あなたたちが大体の事は要さんに聞いているという前提で話をする。」


 いやいや、全然話してくれませんでしたが‥‥


「これから、あなたたちに繋がれているロックは全て解除される。

 たぶん、あなたたちくらいの動きならいつも以上の動作が出来るはず。


 今回は涼華ちゃんのコクピットの中には、ちなっちゃんがいる。

 あんだけ勇気出してくれたのに申し訳ないが今、棗ちゃんにバニル搭乗の説明をしながら急ピッチで適性を検査している。低かったら元の身体に戻ることが出来ないんだ。適性が高かったら彼女もすぐに後便で増援に来る。


 デタックスの見た目は分かっているね?この司令塔とはいつでも無線であなたたちと繋がっているからなんでも言いたい事があれば、呟いてくれ。

 出来る限りのことはする。無線を切りたいときには前に突き出している胸の右側にあるダイヤルを捻ってくれれば切れる。


 それじゃあ、頼む。


 世界を、守ってくれ」


 そう先生が言うと、わたし達の周りが急にうるさくなった。近くにいた整備士たちが駆け足で基地を後にし、わたし達の肉体がある方のガラス張りの部屋へやって来た。


 全員の無事が確認できたところで、先生は周囲の制御担当の人たちに命令を矢継ぎ早にする。


「バニル、第一、第二制御ボルト、解除!

 上腕部、腰部固定用ロック、第一から第六まで解除

 MK.8の準備遅い!早く!」


 ロックやボルトが解除されるたびに私の身体はどんどん軽くなってゆく。あんだけ重かったからだが嘘のようだ。そう実感している隙にもオペレーターの声が鳴り響く。


「脚部ジェットパック、両脚とも作動確認、オールグリーン」

「左腕も動作確認、終了しました!続いて右腕の動作確認、開始します」

「頭部通信機器、全て正常!」

「右腕、動作確認終了!」

「MK.5の神経伝達装置、正常に動作しているのを確認!」

「バニルMK.5、後方ゲート、開門!」


 ガゴゴゴゴという凄まじい音を響かせ、私の後ろにあった壁が開くのを感じた。後ろから伸びてきた頑丈そうなアームにわたしの背中に合計4か所ある留め具が当たる。


 ガシュッ

 という音を立てて留め具が回り、完全に固定される。そのままそのアームがまた戻っていくのに従い、バニルと成っているわたしの身体も共に後ろのゲートに消えていった。


 ゲートの後ろは射出口となっていた。上を見上げると、遠くの方にある、外界とつなぐゲートの外に深い青の世界が広がっているのが見える。そして順々に近くから遠くへライトがついていく。どうやら、射出準備が完全に完了したようだ。


 頭の中に直接会津先生の声が響いてくる。


(藤宮ちゃん、大丈夫か?怖くないか?って聞いても怖くないわけないな。

 本当に巻き込んじゃって申し訳ない。ちなっちゃん、涼華ちゃんもお前が出たらすぐに出撃準備に入る)

(大丈夫です。かなちゃ‥‥叶ちゃんがいるこの施設にはデタックスは一歩も近づけません。)

(ありがとう。頼むよ)


 オペレーターたちの準備も終わったようだ。

 そして会津先生が宣言する。


「バニル5号機、出撃カウントダウン開始!」


 耳元でカウントダウンが開始される

「残り五秒、射出装置点火!」

 足元から振動が伝わってきた。

 そして、その時が来る。

「3,2,1、バニル、射出します」


 会津先生の叫び声。

「行っけ――――――っ!」


 その瞬間、わたしの身体は急激なGの増加を感じ、次に周りを見た時には世界が一変していた。


――――――――――――


 わたしの眼下にはただ、青いだけの空間があった。どこまでも続く青。そして地面と思われるところには鏡面の様にきれいな水が張っている。


 綺麗‥‥


 素直に思ってしまった。危ない危ない。今私は戦地に向かっているんだった。気を抜いてたら殺されちゃう。迎撃なんだから近くにデタックスもいるはずだ。


 そんなことを思いながら、わたしは足に付けられたジェットパックでその鏡面のように水が張っているところにふわりと降り立った。まだデタックスの姿は見えない。いざという時に何もできないから基地から遠く離れて出撃することは固く禁止されているので、わたしは涼華すずかたちがやって来るまでは何もすることが出来ない。


 わたしが今いるところは、鏡界。境界と鏡を掛けて言っているらしい。

 かなめさんの説明によるとここは金属生命体、デタックスの出現元である<あちら側>と、わたし達が生きている<こちら側>とをつなぐものだ。

 因みに<こちら側>から鏡界を繋ぐ出入口は、あの基地でうまく塞がれている。


 この間わたしが襲われたのはその基地を通ってアサが出てきてしまったかららしい。


 耳元の通信機によると、涼華たちの出撃準備もほぼ終わったらしい。


「‥‥‥‥ぉ装置解除」

「脚部ジェットパック、正常に動作しているのを確認!」

「MK.8、神経伝達装置、せいj‥‥異常値!至急整備士を向かわせます!」


 ‥‥‥‥‥‥‥‥うん?



 うそ。血が通った肉体があればサァーっと音を立てて血の気が無くなっていただろう。

 つまり今、デタックスが来たら一人で立ち向かわなくてはいけないという事だ。


 しかもタイミングが実に悪いことに、デタックスの接近を知らせる表示がわたしの視界の中に出てきた。見える景色の、ど真ん中にでっかくEMERGENCYと赤く太い文字で出てくるのだ。耳元でもビーッビーッという警告音がうるさい程に流れてくる。


 足ががくがくに震えている。いくらロボット(要さんなら生体兵器です!と言い直しそうだなぁ)と言っても、わたしの身体となっているのだ。わたしの気持ちがそのまま体に現れるのも全然不思議ではない。


 そして、遠くに小さな点が目視できるようになった。視界に、追尾式の距離センサーによる1メートル刻みの距離が書かれる。

 覚悟を決めなくてはいけない。


 デタックスは動きの遅い機械だから、その距離の減り具合は死へのカウントダウンの様にも思えた。あと1220メートル。秒速約5メートルぐらいのはずなので(後で聞いたところによると移動速度は秒速6メートルだったらしい)つまりあと244秒で会敵というわけらしい。


 6分間。その時間が永遠のようにも思える。

 ずっと来てほしくないが、こんな風になぶり殺しの様にされるぐらいなら、もういっそすぐに来てもらいたい。


 耳元では、涼華の機体の準備を急ピッチで行っている様子がうかがえる。

(シナプスケーブル、交換終了しました!確認してみてください!)


 残り1000メートルを切った。

 センサーも1メートル刻みの表示になった。一歩ずつ、それでいながら着実に死は近づいてくる。


 残り300メートル。

 ずいぶんと最初の頃より大きく見えるようになってきた。鏡のような水面のせいで、奴らの体が余計に大きく見える。わたしたちを襲った奴の仲間であるのは一目瞭然だった。一瞬のうちに要さんから教わったポイントが頭の中に蘇る。


 要さんから教わった注意点はこのようなものだった。

 1. デタックスは体長23メートル。それに対してわたし達は16メートル。体格差が出てしまうから初めて戦う場合は特に、一撃離脱方式で戦うのが好ましい。

 2. デタックスの攻撃方法は、バーバリアン・アサと同じだと考えるのならば、お腹の所にある全方向射撃機銃と、胸部の穴から突き出される巨大針。また、武器ではないが握力が強いので掴まれたら逃げ出すことはほぼ不可能。

 3. 腕は一直線で曲がらない。肩との接合部がカーテンレールのようになっていて、捕まえられたら瞬時に引き寄せられる。また正面に両方の腕で捕まえられた場合、引き寄せる勢いと胸部の穴から生える針の伸びる勢いでコクピットを串刺しにされる(つまり確定で即死)。

 4. 硬い装甲の中には、コアが入っていて、それにかすり傷さえつければそいつは活動を停止させる。


 要するに捕まえられたら怖いから、ずっと逃げ回ってちょこちょこ攻撃しろって事らしい。そんなことを思い出していると、耳元の通信機が情報を運んでくる。


(シンクロ、最終確認終了!全拘束具、解除!後部ゲート、開門!)

 やっと発射準備が終わったらしい。駆け足で準備が進む。あと3分ぐらいで来るだろう。


 そして100メートルを切り、奴の歩く音まで聴こえるようになった。あと20秒か。それだったらもうじっくり待つも自分から突撃するもあんまり変わらないだろう。そう思い、わたしはバニルと成って初めてその足で、一歩踏み出すのであった。


 もっと早く動いても良かったのだが、もし一人で倒れてしまったとしたら誰も起こしてくれる人がいないので出来る限り一人ではやりたくなかったが、もう今となっては遅い。


 大きな、力強い足が持ち上がるのを感じる。見た目に似合わず、先生たちが言ったように確かに体はいつもよりも軽かった。これならバニルの巨体にも立ち向かえるだけの機動力を得ることが出来るだろう。


 そしてそのがっしりとした足が足元の水面に向かって一直線に降りてゆく。ドンッという音を立て足が地面についた感触がある。水面に同心円状の波紋が広がり、遠くに行くにつれさざ波となっていき、それにぶつかって消える。


 デタックスだ。見間違えようもない。気がついたらもうあと46メートルしかなかった。


 意を決して次の足を迷うことなく踏み出し、走り出す。人間の感覚器官はその身に降りかかる危険を避けるために存在するらしい。バニルはダメージも肉体に反映されてしまうので、痛みや熱さなども感じることが出来ると要さんが言っていた。その機関のおかげでわたしの身体が風を切って走る実感がある。


 そして会敵。

 先制攻撃はわたしのバニルが放った銃声から始まった。


 わたし達の長い、短い戦いが幕を上げる。

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