File.05 決意
次の日。
わたし達はまた、あの基地みたいな倉庫に集められた。
今日のわたしはもうベッドの上ではない。一週間の間に筋力が衰えていたというのがあったらしく、まだ全快ではないという事で車いすに乗せられたが、やっとみんなと同じ目線になれた。
時刻は10時15分。予定時刻は10時だったはずなのに会津先生はまだ来ない。要さんも、先生を呼びに行くとかでどっかに行ってしまった。
凄く大きな基地に、昨日は気付けなかったが周りには駆け回っている整備士の格好をした人たちが多くいる。
その中で、わたし達は少し異物のような存在だった。
神妙にして待っていたわたし達だが、ついにしびれを切らした
「それにしても先生、おっせーなぁ。あんだけの事があったってのに。」
その言葉を皮切りにしたようにわたし達は話し始める。
「うぅ本当にごめん‥‥昨日はなんかどうしても耐えられなくて。まだ話は続くはずだったのに」
「そんなの気にすんな。なずながまた元気になれたってだけでも御の字よ。すこし吐いたところでおつりが返ってきちまう」
「そうそう。
私達もいくら会津先生から大丈夫って話をされたりしたけど、実際に会うまではすごく心配してたんだから。
千夏も
「をい。それは言わんといてくれ‥‥アタシとしても本人に聞かれるのは恥ずい」
千夏と
「なにがあったのかはまだよく分かってないけど、本当によかったよぉ」
ふぇ、と奇妙な音を発してまた泣き出しそうになっている棗をあやしているところで、わたし達の女子トークはカツ、カツ、という規則正しい足音によって中断を余儀なくされることとなってしまった。
「ん?誰だ?‥‥‥‥!」
話そうとして開いた口が声にならない驚きを示し、あんぐりと開けたまま目を点にして驚く千夏。
流石に、あまりのその雰囲気に圧倒され茫然としてしまった涼華。
涙をこらえながらわたしの腕にしがみついていた棗も2人の様子が変だと、振り返るとまた二人と同じように固まってしまう。
出来る限り首を伸ばしてその正体を見るや否や、わたしは驚いた。
「よぉ、お前ら。おはよう」
その挨拶してきた人は、ぶったまげるほどの美人さんだったのだ。
さらさらな黒髪を綺麗に後ろに束ねてその優雅な雰囲気を醸し出している。かけている眼鏡の奥にある眼からはその溢れる知性が隠しきれていない。また、華奢でスリムな体の線が服の上からでもはっきり視認できるほどの体形。そんな人だった。
分かりにくいだろう。言い方を変えよう。彼女こそは昨日ぼっさぼさの髪でやって来た会津先生そのものだった。
あまりのイメチェンというか、変身に驚いていたわたし達に先生はボソッと小さく少しだけ本音を漏らした。
「実はさっき、要さんにこってり絞られたんだよ。あまりにもだらしないって ごにょごにょ‥‥」
先生のそう言って愚痴を漏らしているところに忍び寄る黒い影。
「これが普通です。会津センセ」
にっこり。さっき先生を呼びに行くと言って消えた、要さんだ。どうやらわたし達を長い間待たせている隙に二人の間では大攻防戦があったらしい。
「うぐっ‥‥
そ、それでは昨日の続きを説明するわ」
「先生、声震えてますよ」
「うっ、うるさい!そんじゃ始めるからね!お前らはもうこの話触れないの!」
そういう言葉と共にまたもや昨日のパイプ椅子を引き、座ると先生の解説パート2は開幕となった。
昨日と違うのは、先生が大変身したところと、向かい合って千夏、涼華、棗とわたしが座っていた点だけだった。
「昨日は君たちにバニルを見せたとこで終わったんだったよな?
その続きから話させてもらおうか。
昨日見せたロボットが、バーバリアン・バニル。
正確には、藤宮ちゃんは一度会っている。この間の襲撃の時にお前が殺されかけているのを助けたのが、こいつだ。」
思いがけず命の恩人との再会、といったところか。
わたしが心の中で呟いているときにも先生の話は続く。
「人類がデタックスに対抗しうる唯一と言っていい程の生体兵器。
これはもう根底からアサシリーズとは違う。
まず、操縦方法が違う。旧世代のアサは操縦桿で動かしていたんだけど、これはシンクロ方式で動かす。
まぁ正確には、シンクロじゃないんだがな。それは後で説明する。
兎に角、シンクロ方式で操縦するんだ。
でもな、シンクロにも欠点があってそれは中に搭乗できる人が少女に限られること、それと人間の身体に無い部位は動かせないこと。
勿論、こいつは後者は克服した。
中にコクピットがあって、そこにもう一人入るんだ。その人が現地で、内側からサポートする。主に、腰にあるミサイルパックだな。あともう一つ大事な役目がコクピットの人にはあるんだが、これは‥‥後でいいな。
そして最大の特徴が、
蛮鬼は、火力以外は全てデタックスをも凌駕するほどのデータを残している。
まさしく、”愛は力”だな。」
けっ、とでも言いたげな顔で吐き捨てるようにして先生は最後の言葉を付け加えた。
そして彼女は、
「でもお前たちが襲撃される3日前にバニル数機がデタックスによって中の人たちごと殺されてしまい、他のバニルも大半が中破以上の被害を被ってしまった。
今基地に存在するのはまだパイロットが決まっていないか、壊れているかのどちらかだ。
因みに、基地の近くにいたおまえたちが襲われたのもそれが理由だ。」
とも言った。
ここまで聞くと、なんかわたし達はこの話の先にはどんな先生の言葉が待っているのか、何となく察してしまった。完全部外者のわたし達にここまでの情報を伝えるわけがない。
車いすから首を廻して振り返ってみると、三人とも蒼白な顔をしている。どうやらわかってしまったらしい。それに先生も気付いたのか、口をつぐんだままだ。
誰も口を開かない。
周りの巨大な換気扇のような機械から流れる駆動音や、作業着の男がカチャカチャと何かのパーツを音を立てて運んでいる音のみが聞こえる。
時間だけが無駄に経ってゆく。
それは、耐えきれなくなった千夏の言葉により打ち破られることとなる。
「な、なんかこの話の流れって‥‥アタシ達に‥‥」
流石の千夏も声が震え、最後までしっかり言い切れなかった。
観念したように先生がゆっくりと目を閉じる。
そしてもう一度開くと意を決し、話し始める。
「あぁ。お前たちに、なってほしいんだ。バニルのパイロットに。」
続ける。
「お前らに頼むのはあまりにも虫が良すぎる話だし、私たちの戦闘に巻き込まれただけなのに戦えって言うのは間違っている。
でも、そのおかしいのを承知で頼む。お願いだ。」
そう言うと先生はパイプ椅子のさび付いた音を響かせ、立ち上がる。
一瞬、先生の意図が分からなかった私たちが見る前で、そこのコンクリートむき出しの床に正座をする。
「お前らだけが頼りなんだ。頼む。」
その言葉と共に頭を下げる。土下座だ。
「私からもお願いさせてもらいます。」
そう言うと、要さんも隣に正座をし右に倣って土下座をする。
想像ついたとはいえ、実際に言葉にして出されるのとは違う。
わたし達は困惑した。
涼華がわたし達の言いたいことを代表して言う。
「少し、考えさせてもらえませんか?」
先生は深々と下げていた頭を持ち上げ、わたし達の顔を見て安堵と心配が混ざったような顔をして聞き返す。
「大丈夫か?」
この問いかけは、わたし達がパイロットになってくれるかもしれない、という安心と共に生まれてきた、教師としての生徒を思いやる心も含まれての言葉だったのだろう。
こくり、とわたし達はうなずいた。
「ありがとう」
そう彼女が言っている、その目元を見たら赤く腫れている。
彼女なりに昨夜悩んだのだろう。目元が全てを物語っていた。
「お前らを巻き込むつもりはなかったんだ。ここの医療システムで検査していったら、たまたまお前らのシンクロ値が目に飛び込んできたんだ。棗ちゃんだけは無傷だったから調べなかったから分からないけど。
特に、涼華ちゃんと藤宮ちゃんのシンクロ適正値が、ものすごく優秀だった。
勿論私の独断でもみ消そうとしていたんだが運悪く上司に見つかっちまった。」
泣きそうな顔をして付け加えた。ここまで言われてしまうと、何も返すことが出来ない。
少なくともわたしは、この生体兵器に助けてもらった以上何も言えない。
暗い顔をしたまま、彼女は無理やりに言葉をひねり出していった。
「兎に角‥‥その、考えておいてくれ。
それから、お前らに見せたいものがある」
そう言うと、彼女は片膝をついて立ち上がり、昨日彼女が消えていったドアへと向かっていった。但し、今日はわたし達も一緒だ。
静脈認証システムを作動させ、ナンバーロックを解除、その後カードキーを差し込むと横に長いレーザー光線が出てきた。
何をしているのか分からなかったが、先生は眼鏡をはずしその光線が額に移る場所に立った。
そして壁にあったボタンを押すと、そのレーザー光線が上下に動き、スキャンを開始する。どうやら網膜認証だったらしい。
そこでふと思う。
昨日はこんなの通ってきたっけ?
先生が帰る時に通ったこのドアは、わたしが昨日千夏たちと再会する直前に通ったドアでもある。
厳重なセキュリティだなとは思ったがこんなのは無かった気がする。
低いモーター音を唸らせ、ドアが開いていくと個室が現れた。その中に会津先生が入っていったのでわたし達も続いた。
要さんも含めて6人、全員入ったのを見ると彼女はそこにあるボタンを操作してドアを閉めた。
10数秒後同じ様にしてモーターを唸らせ重いドアが開くと、そこは研究所のような場所が広がっていた。
わたし達は驚きで口がぽかんと開いたままだった。
先生は何もなかったようにドアから歩きだす。そこに私の車いすを押している要さんが続く。
先ほどまでの重い気持ちは切り替えようがないがそれを一旦置いといて、三人はきょろきょろと周りを見回しながらついてくる。
先生について行ってたどり着いたところにはドアがあった。
先生が黙って、その突き当りのドアを押し開けるとそこには衝撃の光景が広がっていた。
暗い部屋の中には、直径1メートルくらい、高さ2メートルくらいの大きさの、液体で満ちたガラス管があった。
その中には‥‥
中を見た瞬間、わたしの視界は歪んでいった。涙が次から次へと頬をつたって溢れてくる。
「彼女にはまだ早いだろうから、15分間だけ、お前たちの自由にしていい。この状況については後で説明する。私は邪魔になるだろうから要さんと外で待っている。」
そう言うと、静かに出て行ってドアを閉めた。
先生が出ていった瞬間、わたしは弾かれたように動き始めた。
無理矢理に車いすから立とうとしたが、一週間の休業期間でやせ細った足はわたしの身体を支えきれずに倒れてしまう。
目の前に床が見える。
歯を食いしばり、何度でも立ち上がり少しずつでもそのガラス管に近づいていく。わたしのそんな姿に圧倒されたかのように、3人は動けないでいる。
そしてついにたどり着くと、わたしは必死に中にいる”彼女”に呼びかけた。
「か、
わたしの呼びかけに、液体の中の彼女は如実に反応をする。
つぶっていた目を開くと、なんだ、という落胆のような表情を浮かべた直後彼女は、ぱぁっと花が咲いたような、驚きと歓びにあふれた表情を浮かべた。
「な‥‥っちゃん‥‥?」
液体の中だから当たり前だが、彼女は酸素マスクをつけられているので声がくぐもって聞こえる。
もうわたしはおかしくなったみたいだった。何しろ昨日から何度も先生の話には出てたが無事な姿をやっと目にすることが出来たのだ。
わたしはガラス管を挟んで、叶の身体をぎゅうっと抱きしめた。間に壁があるとしても、思いも何もかもが流れ込んでくる。
わたし達の表情はもうぐしゃぐしゃだった。
言葉が、次から次へと口元を突いて出てきて逆にもう何を話せばいいのか決められないが、それは叶も同じらしい。
お互いに見つめ合ったまま何も話せないでいる。
ふと気が付くとわたしを見つめていた三つの目線があった。
ずっと二人だけの空間でいたいが、彼女たちもわたしの大切な友人だ。
ここは譲るべきだろう。
と、考えている頭の一方で、今のシーンを丸々見られていた恥ずかしさが押し寄せてくる。
叶が生きていたという喜びで涙を浮かべながらも、泣くをこらえているわたしの友人たちはその気持ちを誤魔化すかのようにニッと笑うと、
「いや~お熱いラブラブシーンが繰り広げられましたなぁ」
なんて言ってくる
いくら泣こうとしているのを誤魔化すためだとは分かっていながらも、わたしの頬は裏腹に一瞬でボッと火がついたように赤くなったのが感覚として分かる。
ガラス管の中の叶もその例外ではなかったらしく、顔を両手で隠している。かわいい。
3人で駆け寄ると叶の周りを取り囲んで話し始める。話し始めると直後、彼女たちは堰を切ったようにして涙が溢れだしてくる。
3人ともわたしと同じといった具合に、言葉少なに叶に話しかけていく。
そして数分経った後、先生が入ってきた。
ごめんな。そろそろ今日は終わりにしてくれないか?、という言葉と共に。
わたしは身を切られるような思いをしてその部屋を出ていくように促された。
それから部屋を出ると、こってり絞られた。要さんに。当たり前だ。あと数日は車いす生活が必須だったのだ。
でも、叶に会えた喜びでそんなのはわたしには馬の耳に念仏だった。
さっきまでの重い雰囲気と打って変わって、わたし達は心弾ませていた。
その時だった。突然サイレンが鳴り響いたのは。
急に壁がガシャガシャと音を立てて変形していく。何かの映画でダイアゴン横丁というところの入口がこうだったのを唐突に思い出す。
そうしているうちに何にもなかったはずの壁は新たな形をわたし達に見せる。
どうやら隠し通路の扉らしい。急に何かがその傍のくぼみからにゅっと飛び出してきた。よく見てみるとタッチパネル式のモニターだ。
はっ、という顔をして会津先生は弾かれたように、そのモニターを覗き込んだ。
わたし達があまりに急な事態に茫然としていると、彼女はわたし達の目の前で本日二回目の土下座をした。
事情を呑み込めないでいると、急いだ口調で、しかしながらはっきりと噛みしめるようにしてあるお願いの言葉をその口は紡ぎだす。
「お願いだ。私に出来る事なら何でもする。バニルに乗ってくれ。今いるパイロットは誰も出撃することが出来ないんだ。このままでは、世界が滅びちまう」
深々と頭を下げたまま、上げない。
さっきの基地とは違い、静かな研究施設の中。コチコチと時計の秒針が時を刻むのがやけに大きく聞こえる。
「「わたし、乗ります」」
気がついたらわたしはそんな言葉を発していた。あんだけひどい目に遭ったのになんでまた奴らと戦わなくてはいけないのか自分でも分からない。
そして、わたしと一緒にそう宣言したのは千夏、ではなく涼華だった。
「「「涼華(ちゃん)!?」」」
先生も含め、その場にいたわたし達全員が驚いた。彼女はもうちょっと思慮にたけていると思っていた。
「なんで!よりによっておまえが行かなっくても良いだろ!なつめも言ってくれ!」
千夏が説得を試みるが
「いや、私は決めました。」
頑なに説得に応じない。
「心配してくれて、ありがとう。でも世界を滅ぼされちゃ全てが終わっちゃうのですから。」
まったくその通りだから何も言い返せない。
勿論、千夏たちの説得対象は涼華だけではない。
が、わたしも叶がいるから、と言うと何も言い返せずに黙ってしまう。
「っつ‥‥ありがたい。」
そう先生は言うと、じゃあお前らはこっちについてきてくれ、と言いさっきの警報が鳴った時に出てきたモニターと同時に露わになった隠し通路のドアを開ける。
通路に足を踏み出した先生について行こうとすると後ろから声が掛かる。
「ちょっと待ってくれ。
おまえらが心配でたまんねーからアタシも付いて行く。」
「「え?」」
「別に、戦いに行くのを止めようとはしたが、アタシが行かないなんて言ってないだろ?」
「それじゃあ‥‥」
「ああ。アタシもバニルに乗らせてくれ。いいか?センセ。」
「本当に良いのか?もう後戻りは出来ないんだぞ?」
「いいって言ってんだろ。第一、なずなをこんな風にした奴を許せるわけがねぇ。」
そう言う千夏の発言に、先生の顔は少し曇る。
「申し訳ない‥‥」
千夏のその言葉に決意を固めたのか、棗も口を開いた。
「私もっ‥‥のる、というか‥‥その‥‥」
最後の方は尻すぼみになってしまうが、決意は固いみたいだった。
彼女に関しては、わたし達は精一杯反対した。でも、
「いや、その‥‥わたしも、のらせてもらいたい‥‥みんな死んじゃいやだよ‥‥」
頑張って、自分なりの言葉で意見を言っていく。彼女は弱気で少し泣き虫だから、いつも誰かの意見に同調している。そんな棗がわたし達と一緒に死地に向かう、というのだ。
本当に申し訳なさそうな顔をして、先生は言う。
「後悔は無いんだな?その意思がある奴だけついて来い」
そう言ってカツカツという安定した足音を響かせ隠し通路の闇に消えていく。
一瞬の後にわたし達は迷わず歩き出す決意をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます