或る冒険の夜明け前。




 ――――。


【記憶領域に修復不可能なデータが存在します。性能パフォーマンス向上のため、このデータを削除しますか?】


  ■/Y


 |■/Y


 Error.


 |■/Y


 Error.


 ■/|Y




【…… 復旧リカバリに成功しました。D18/A14/S20/L17/I16/P12の値で機能を初期化】




【システムを再起動します】













 /



 目覚めの瞬間はいつもそうだ。どれほど強固な確信もするりとほどけて感触こんせきを遺さない。色鮮やかだった視界も、瞬間にモノクロームへと変換される。


 瞳を開ける前には、その先に訪れる光が現実であると、っている。


 ――あぁ。私は夢を見ていたのか。


 ぱちん、と薪が爆ぜる音。本格的な冬の訪れの前に買い足さねば。


 起き上がる。いまは――夜明け前か。この時間が一番冷える。おかしな話だ。


 どうして陽の無い夜よりも、遥か遠くからとはいえ、その袖が現れようとする頃がこんなにも冷たいのか。


「……いいえ、いいえ。学士セージでもなければそんな彼らに、は余分なだけ」


 枠だけが設けられた質素な窓辺に立つ。そう、質素だ。相対的にもっと豪華な窓というものには、透き通った硝子の板がはめ込まれていることを知っている。


 そして、そうすれば夜風を防げて、夜ももうすこし暖かくなることを、知っている。


 それを当たり前にするには――生活の水準を向上させるには、より多くの収入を得ることが必要であることくらい、私は……彼らの誰もが、きっと知っている。


 それが言葉ほど容易でないことも。そう、そういうことを、


、という」


 この慣用を知っている意味は薄い。だというのに、私はこういった数々の無駄を搭載したまま、今に至っている。



 空の果てがしらやみ始める。朝が近い。街はまだ眠ったままだ。寝なおすには微妙な時間。だから、これは金のかからない贅沢。


 ――ひどく疑似的に、生命が活動するまでを観測している気がして。


 ――そして、観測ソレ当機わたしの存在意義とは別のはずだ。



 だから贅沢だ。誰の寝顔を眺めているわけでもない私は、街の寝顔を知っている。


 そうして、時間がくれば街は――社会はひとつの生き物のように動き始めるのだろう。その頃には私も、それを構成する一部品のように加わって、良いも悪いもない代謝の一つになっている。


 鳥の鳴き声が先か。パン屋の主人が窯に火を入れるのが先か。どちらであっても何かが大きく変わることはないし、それを賭けの対象にする相手もいない。


 ぱちん、とまた薪が爆ぜた。あぁ、どうせなら消える前にもうひと仕事、手伝ってもらおう。


 腕も名も売れていないのだから、切り詰めるべきはこういった嗜好しこうであるはずなのだが……私の中で、は相当な優先度を持っているらしい。



「ふぅー……」


 火を薪から移した煙草の紫煙がくゆる。無為むいだとよく理解している。


 世にいた長命種というわけでもなし、時間というのはただただ消費して良いモノでもない。


『いいかいヴェイゼルド。人生という道を歩くことに対して、我々は明確な正解を持たない。誰もが自分では歩む先の正しさを証明できないんだ』


 痛むことのない、誰かの残像――或いは私の自論を、こうして二人称化して再生しているだけかもしれない言葉。


『けれど。歩んできたその道のりを正しいものにできるのも、また自分だけなんだよ』


 灰が落ちる。


 そうであるならば、この時間と行為に意味を持たせられるのも、私だけなのだろう。


「――差し当たっては、喫煙これを咎められない理由を考えておきましょう」


 できれば恰好よくて、納得されるような。


 今日組むパーティの誰もがそこに無頓着である、という希望的観測も持てなくはないが。そんな巡り合いをような余裕こそ当機には存在しない。







 日が昇る。街はまだ、眠ったまま。





 やがて。世界にを告げたのは、










「――あぁ。今日は鳥の方か」






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