10 あれ?
あれから数日経ち、めでたく梅雨入りした。もちろん今日も雨。
僕はいつも通り放課後に教室へと向かう。その道中ずっと考えているのはさらのこと。
実は僕が声を出して笑ったあの日から、僕の心臓がおかしい。さらの笑顔を思い出すと動悸がするのだ。顔も体も熱くなる。
ほら、今もだ。さらのことを考えるとドッドッと心臓は五月蝿く鳴る。ぎゅっと胸を押さえると僕自身の手にも心臓の動きが伝う。ああ、音も五月蝿い。
「さら……」
多分これが恋とかいうやつなのだろう。僕は何となく理解した。
そして理解した瞬間、さらに今すぐ会いたいという気持ちと共に、普段通りを装えるだろうかという不安がぐるぐると渦巻く。告白する勇気なんて僕にはないのだから普通を装わなければ。
教室の扉の前で一度立ち止まり、深呼吸する。よし、動悸は少し落ち着いた。
意を決してガラ、と扉を開けると……
「あれ? さら?」
教室にいるはずのさらがいない。窓の外を見るとちゃんと雨が降っている。それにいつも通りのルートでここまで歩いてきた。それなのにさらの姿はない。
「さら? いないの?」
教室の中に入り、キョロキョロと見回す。しかしさらはいない、いない、いない。
「なんで……?」
前回帰る時も『またね』と言って別れた。だからさらが僕のことを嫌って来なくなったわけではないはず。……はず。
それか、幽霊だけど風邪を引いたから来れない、とかだろうか。いやしかしそれはあまり現実的ではない。ならば……
「たまたま来ないだけかな。」
多分今回たまたま来ないだけなのだろう。きっと次は来てくれるはず。だって奪っていくはずの雨の日にさらとは出会ったのだから。
この日は暗くなるまで一人教室の中で窓の外を眺めるだけだった。
次の日。今日も雨だった。やっぱり梅雨はいいね。さらに会える日が増えるから。昨日は会えなかったけど、きっと今日はいるはず。
この時僕は恋のドキドキよりもさらに教室にいてほしいと願うドキドキの方が大きかった。
一度深呼吸してから教室の扉を開けると、しかしそこには誰もいなかった。
「さら? 今日もいないの?」
昨日と同様キョロキョロと教室内を見回すが、人っ子ひとりいない。
やっぱりさらに何かあったのではないのか。それか来れなくなった理由とかが……
「あ、もしかして……!」
僕がさらへの気持ちを自覚したから来なくなったとかだろうか。来ていた頃と来なくなってからの差はそこだ。可能性はありそうだ。しかしそれならば……
「はは……自覚した途端に会えなくなるとか……拷問かよ。」
くしゃりと前髪を握る。もしこの『僕自身の気持ちを自覚したから来なくなった』という推測が当たっていたのだとしたら。
「それなら……こんな気持ち、気づきたくなかった。」
さらが好きだという気持ちを持てるのはさらがいてこそだ。それなのに本人がいないのなら……意味がない。
「あれ、待って……さらは幽霊だ。幽霊はいつか成仏するもの。それなら……」
もし先程の推測が間違っていたとして、もしたまたま昨日までのうちにさらが成仏してしまっていたとしたら……
そうしたら、もう一生会えないことになる。大切で大好きなさらを失ってしまった。
「……はは、やっぱり雨が降った日に失った。」
今日の雨は窓に叩きつけるような強さだった。
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