ピアノレッスン

味噌醤一郎

ハウリング・ウルフ

「武君、跳躍音の所は、家で少し練習してきてください。忙しいから鍵盤に向かう時間もあんまり取れないと思うけど」

「いや。ちゃんとやってきます。できるようにしておく」

「無理しないでね。じゃ、次は父のソルフェージュ。ちょっと休んでて。お茶持ってくるね」

「あ。ありがとうございます。ひろみちゃん」

「ええと。冷たいの?あったかいの?」

「じゃ。冷たいので」

「はい。お父さんも冷たいのでいいかなあ」

「・・・」


ん?

あ。集中してるのね。冷たいのでいいね。

部屋、乾燥してるし、暖房であったかいし。


父は同じ部屋の窓のそば。

あっちを向いてヘッドホンをしたまま、パソコンに向かって作曲に集中している。

父は作曲家。本業の他に、週に何人か家で大学生を教えている。


私は、2階の防音室を出て階段を降り、台所に立った。

夜の七時半。

雑誌の編集の仕事をしている母はまだ帰ってこない。


「お茶、お茶、ええと。あった」


こんな風に週に一度、武君が家に来て音楽のレッスンを受けるようになったのは秋から。今は歳の暮れ。もう二か月になる。よくがんばってるな、武君。


武君も私も、高校一年生。

武君は、県内の普通高校に通っている。

私は、県立の芸術高校。そこの音楽科で作曲を専攻している。


武君と私は、中学でずっと同じクラスだった。

動物で言えばゴリラにしか例えようのない大きな体の武君は一年生の時、クラスのクリスマス会でギターを弾きながらブルースを披露した。

ハウリング・ウルフという昔のブルースマンが大好きな武君は、彼の真似ですと言いながら、振り絞るようなだみ声で歌を歌ったのだった。

私はその時の個性的な歌唱をすごくかっこいいと思った。初めて彼が気になった。


私は武君に好かれていることを何となくわかっていた。でも、彼は私の前ではどもってばかりで、いつもたいしたお喋りができない。


で、そうだ。


中学二年の秋。

帰り道を待ち伏せして、告白したのは私の方だった。

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