第377話:「魔法の一言:3」

 いつものように侍従に案内されて査問会が開かれる部屋に入ったエドゥアルドだったが、そこに、自分よりも先にベネディクトとフランツの姿があるのを見つけて、驚いていた。


 いつもなら、ベネディクトもフランツもエドゥアルドよりも後からやってくる。

 そのはずなのに、今日に限って2人がそろって待っていたのだ。


「いかがされたのだ? エドゥアルド殿。

 我らが先に来ていたのが、それほど意外なことなのかね? 」


 立ちつくしているエドゥアルドに、ズィンゲンガルテン公爵・フランツが、肩をすくめながらそう言う。


「貴殿が立ったままでは、かえってこちらが落ち着かぬ。

 目上がいようと遠慮せずに、腰かけられよ」


 続いて、ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトが、身体の前で腕組みをしながら気難しい顔でそう言葉を続けた。


「……では、座らせていただきましょう」


 なにかがいつもと違う。

 これが、クラウスが準備して来た策略が、形となって姿をあらわしたということか。


 内心でそう考えたエドゥアルドは、ぐっと下腹部に力を入れて動揺を抑え込むと、勧められた通りにイスに腰かける。


 その背後では、「皇帝陛下にお知らせしてまいります。……おでましは、15分ほどかかるはずでございます」と、ここまでエドゥアルドを案内して来た侍従がうやうやしく一礼して部屋から出て行った。


タウゼント帝国の皇帝、カール11世がやって来るまで、15分ほどかかる。

 今までそんな告知などされたことはなかったから、エドゥアルドには違和感があった。


(そうか。……すべて、打ち合わせ済みということか)


 エドゥアルドはすぐにそう気づき、納得していた。

 今日、いつもより早くベネディクトとフランツが待っていることについて侍従はすでに承知していて、そして、その[目的]を済ますことのできる時間的な余裕を調整するという風に便宜を図っているのだろう。


 つまり、あの侍従はベネディクトかフランツの息のかかった、宮中の協力者だった、ということになる。


(どうりで、宮中にも謀反などという噂が広まるわけだ)


 ベネディクトとフランツの諜報網の広さ、根深さを思い知らされる心地がしたエドゥアルドは背筋が寒くしたが、膝の上に置いた拳を強く握りしめてこらえ、動揺を表情には出さない。


「それで、いったいどのようなご用件でしょうか?

 なにか、皇帝陛下がいらっしゃらない場所で、内々のお話があるとお見受けいたしますが」


「ほぅ、物わかりが良いな。

話が早いのはこちらとしても助かる」


 エドゥアルドがたずねると、ベネディクトは感心と小憎らしさが半々という様子で鼻を使って笑い、それから本題をきりだした。


「口にするのも、はばかられることではあるが。


 もし、カール11世陛下が崩御されたら、我がタウゼント帝国の伝統ある制度にのっとり、皇帝選挙を実施せねばならぬ。

 その時、候補となるのは、陛下のご出身でもあるアルトクローネ公爵家を除いた、4つの公爵家の当主。


 つまり、我々だ。


 その中で、エドゥアルド殿。

 貴殿は誰に投票するつもりなのだ?


 ……あるいは、我こそはと、自ら立候補するつもりはあるのだろうか? 」


(単刀直入だ)


 エドゥアルドはベネディクトの言葉に驚きつつも、いよいよ来たか、と、内心で不敵な笑みを浮かべていた。

 クラウスから教えられた[魔法の言葉]を口にするタイミングが訪れたからだ。


わたくし自身が皇帝選挙に出るなど、思いもよらないことでございます。


 わたくしは、このように若輩な身。

 自国のことだけでも手探りで、精一杯という有様でございます。


 ましてや、タウゼント帝国という、ヘルデン大陸に冠たる大国の皇帝など、務まるはずがないと自覚しております」


「さもあろうとも」


 そのエドゥアルドの言葉に、フランツが高圧的な声でうなずく。


「謀反などという大それた噂に、大層困っておるところであるしな。

 どうにか窮地を脱しようと方々で人と会っておるようだが、なかなかうまくは行っておらぬようだし、皇帝など、夢のまた夢、といったところであろうな」


「はい。まったくでございます」


 謀反の噂を広めている張本人に、「お前の行動は知っているのだぞ」と得意げに言われて不愉快ではあったが、エドゥアルドはそれもこらえた。

 ここでしくじっては、これまでの苦労が水の泡なのだ。


「エドゥアルド殿が皇帝に名乗りをあげないとすれば、残る候補は3人。


 ユリウス殿はお越しではないが、その内の2人はここにいる。

 せっかくだ、この場で貴殿の去就をはっきりとしてみてはいかがかな? 」


 フランツのその一言で、部屋の中は沈黙に陥った。


 2人の公爵が、エドゥアルドのことを鋭い眼光でじっと見つめている。


 お前は、いったいどちらの側につくのか。

 敵になるのか、味方になるのか。

 2つに1つ、ここではっきりと表明せよ。


 ベネディクトとフランツは、無言の内にエドゥアルドのことを威圧している。


「正直なところ、決めかねております」


 固唾を飲んでこちらを見すえている2人の公爵の前で、少年公爵は薄ら笑いを浮かべながら、クラウスから教えられた言葉をいよいよ口に出すことにした。


わたくしにとっては、皇帝位などそもそも遥か彼方、星の世界のような、手の届かない地位でございます。


 ですが、わたくしとて、1国の領主。

 我が国にとってどなたに皇帝になっていただくのがもっとも良いのか、その点についてよく熟慮して、どなたに投票するかを決めたいと考えております。


 しかしながら、果たしてどなたがもっとも我がノルトハーフェン公国によくしてくださるのか、僕をよく用いてくださるのか。

 どうにも、判断しかねております。


 ですから、まだどなたに投票するかは、決めておりません。


 [今のところは]」

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