第321話:「王女とメイド」
※作者よりお知らせ
いつもお世話になっております。熊吉です。
今回、オルリック王国の王女、アリツィアのイメージ画像を作成させていただきましたので、もしよろしければご覧いただけると嬉しいです。
リンク:https://www.pixiv.net/artworks/103780838
(注)ツイッターで公開させていただいたものと内容は一緒です
これからもお楽しみいただけるよう、頑張らせていただきます。
以下、本編となります
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オルリック王国の王女・アリツィアを乗せた馬車は、彼女のノルトハーフェン公国における最初の視察地、大商人・オズヴァルトの経営するヘルシャフト重工業があるノルトハーフェンの港町に向かって、ガラガラと車輪を回しながら進んで行く。
前後を警護の兵士が乗った馬車、そして騎兵たちによって護衛されているその車列は、国賓にふさわしい見事なものだ。
先ぶれの騎兵がいるおかげで、道行く人や馬車はみな進路をゆずり、アリツィアの馬車は滞ることなく進んで行くことができる。
馬車の乗り心地は、最高だった。
車体の上にバネなどを使った衝撃を吸収する装置を備え、その上に乗客を乗せるための客室を設けた馬車は、普段はノルトハーフェン公爵のために用いられている、この公国で最上級の馬車だ。
車輪の揺れはほとんど吸収されてしまうし、防音性も抜群、おまけに御者の腕も良いのか、快適に昼寝ができるほど車内は静かだった。
VIP待遇の車内の中で、しかし、アリツィアの表情は浮かないものだ。
彼女は肘かけに片肘をつき、車窓を流れていくノルトハーフェン公国の景色を眺めながら、なにかを悩んでいる様子だった。
そんなアリツィアのドレスのスカートを、対面に腰かけていた眼鏡メイド、マヤが、指先でチョイチョイと引っ張る
[話したい]という合図だった。
〈エドゥアルド公爵様の手配は、行き届いておられますね〉
アリツィアが視線だけを向けると、マヤは身体の前で手を様々な形に動かし、お互いの間で意思疎通をするために取り決めてある合図(※作者注:手話のようなモノです)を使ってそう言って来る。
「ああ、ありがたいことにな。
もっとも、エドゥアルド公爵は、「すべて宰相のエーアリヒ準伯爵の手配によるものです」と謙遜するだろうがね」
マヤは手を使った合図だったが、アリツィアは普通に声を出して返す。
声は出せなくとも、マヤの耳はきちんと聞こえているので、これで意思の疎通ができるのだ。
〈謙虚なお方です。
並の貴族であれば、自分の手柄のような顔をしているでしょう〉
「それが、普通だし、当たり前だ。
臣下の手柄は、その臣下を選んで任用している主君の手柄でもあるのだからな。
けれど、エドゥアルド公爵はそのようなことはしないお人だと私も思う。
部下であれ、他人の功績は隠さないお人だ」
〈そんなところが、いい、のですね? 〉
アリツィアはそう言われて、痛いところを突かれたかのようにムッとした顔で押し黙る。
だが、彼女はしばらくして、うなずいてみせていた。
ほんのわずかに、その頬を紅潮させながら。
「ああ。
エドゥアルド公爵の、そういうまっすぐで飾らないところ……、正直、好感を持っている。
お若いから、というのもあるのだろうが、他の貴族にはない素質だ。
血統を頼みに、己を飾り立て、実体よりも大きな自己評価をしている。
貴族というのは、多かれ少なかれ、そんあ鼻持ちならない連中だが……、エドゥアルド公爵には、それがない」
すると、その言葉を聞いたマヤは、少しだけ表情を動かす。
仏頂面のような不愛想な表情の口元がわずかに口角をあげ、笑ったようだった。
〈そう言った点では、ユリウス公爵も好印象なお方だったとおっしゃっておりましたね?
ご主人様としては、どちらがより、好みなのでしょうか? 〉
さらに重ねて浴びせられるマヤからの質問に、アリツィアは「調子に乗るな」と言いたそうに、自身のメイドであり、幼馴染であり、親友でもあるマヤのことを軽く睨みつける。
「……正直なところ、どちらも、良いお方だと思っている」
だが、結局アリツィアはマヤからの質問に答えた。
自身にとって腹心とも言っていいマヤには、自分の考えを正確に把握しておいてもらうべきだと考えたからだ。
少なくとも、マヤの[口]から、アリツィアの秘密が
「ユリウス公爵も、良き公爵となるだろう。
エドゥアルド公爵と同様にまっすぐで、民を慈しみ、そして誠実だ。
だが……、そうだな、エドゥアルド公爵と比べると、覇気がない、かな」
〈と、おっしゃいますと? 〉
「ユリウス公爵は聡明なお方だ。
だが、時代の変革者となるような野心がない。
彼が統治すればその国は安泰だろうが、しかし、それは過去から続く平穏を引き継ぐものとなるだろう。
それができるというだけでも、十分に優秀な指導者と言えるけれど……
新しいことはなさらないだろうと、私には思えるんだ」
〈ご主人様は、なにか、変化を求めておいでなのですね? 〉
「ああ、まぁ、そうだね……。
私は、この世界に変わって欲しいのかもしれない」
アリツィアはマヤに向かって、苦笑しながらそう言った。
するとマヤは、何度かうんうんとうなずき、アリツィアのことならなんでもわかっていますよというしたり顔をする。
〈ご主人様は、きっと、退屈をされておられるのですね。
宮廷のしきたりや、自尊心ばかりが大きくて代わり映えのしない貴族の子弟たち。
そして、硬直化してしまった、社会体制。
そういったものを、変えて欲しい。
そうお考えなのですね? 〉
「ああ……、まぁ、確かに、私は退屈しているのかもしれないな……」
〈エドゥアルド公爵も、かまってくださらないし? 〉
マヤの言葉にうなずき返したアリツィアだったが、その一言で、少しムッとしたような顔をする。
だが、アリツィアはマヤに文句を言ったり、余計なことを言うなと注意したりはしなかった。
ただ、彼女は車窓を流れていく景色へと再び視線を向けると、ため息交じりに呟く。
「まったく……。
父上も、無理難題をおっしゃる……」
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