第312話:「眼鏡メイド、強襲:3」
突然ルーシェの目の前にあらわれた、眼鏡をかけたメイド。
そのメイドが、なぜか、紐を手にしてルーシェにじりじりと迫ってきている。
(どっ、どういうことなのでしょう!?
そ、その紐で、ルーを、どうするつもりなんですか~っ!! )
迫ってくる眼鏡メイドと距離を取るように自分も徐々に後退しつつ、ルーシェは内心でパニックを起こしていた。
まったく状況が飲めないし、意図のわからない相手を前にして、怖いのだ。
しかし、ルーシェは誰かに助けを求めるべく悲鳴をあげようとはしなかった。
呼べばきっと、シャルロッテや衛兵たちが駆けつけてくれるはずだったが、まだルーシェの頭の中には「自分の方に落ち度がある」という意識がある。
眼鏡メイドは、ルーシェがぶつかりそうになったのをうまく回避してくれただけではなく、中身をぶちまけてしまいそうになったバケツも上手に回収してくれた。
もしぶつかりそうになった相手が眼鏡メイドでなければ、ルーシェはまた、ドジっ子としての評判を強めてしまうところだった。
誠心誠意、自分のミスをお詫びし、できればお礼も言いたい。
ルーシェにはそういう気持ちがあった。
だが、怖い。
眼鏡メイドがずっと無言で、じっとルーシェのことを見つめているのも、なにに使うつもりなのかわからない紐を手にしていることも、恐怖の原因になっている。
「あっ、あのっ!
わっ、私が悪いっていうのは、分かっているんですけどっ!
せめて、なにをされたいのか、どうしてにじりよって来るのか、おっしゃっていただけませんかっ!? 」
今すぐに逃げ出したいところだったが、自分は公爵家のメイドで、お客様に対してきちんと対応しなければならない。
そのプロ根性が、ルーシェになけなしの勇気を振り絞らせていた。
しかし、やはり眼鏡メイドはなにも答えない。
ルーシェは、いつの間にか眼鏡メイドの
眼鏡メイドがなにをしたいのかは、まだわからない。
だが、彼女の野獣的な視線に気がついた時、ルーシェは、はっきりと身の危険を感じていた。
「ごっ、ごめんなさい~っ!
よくわからないけどっ、許してください~っ! 」
結局ルーシェは恐怖に耐え切れず、涙目になりながら背中を向け、逃げ出していた。
────────────────────────────────────────
公爵家のメイドにあるまじきことではあったが、ルーシェはお客様から逃亡し、しかもお屋敷の中を駆けていた。
もし、先輩メイドであり、ルーシェの教育係であったシャルロッテがその姿を目にすればきっと、本気で怒るのに違いない。
だが、ルーシェはそれどころではなかった
意思疎通の取れない眼鏡メイドのことが、怖くてしかたがなかったのだ。
逃げ出して走りながら、ルーシェはふと、
なんでもそうやって逃げ出すと、獣はむしろ追いかけてくるのだという。
ちらり、と背後を振り返ってみる。
「ひぃぃっ!? やっぱりぃっ! 」
そこには予想通り、全力でルーシェを追いかけてきている眼鏡メイドの姿があった。
その追跡してくる速度は、速い。
先に逃げ出したはずのルーシェだったが、眼鏡メイドは徐々に距離を詰め、確実に追いついて来ていた。
段々と足音が近づいてくるのがわかる。
それだけではなく、ルーシェは眼鏡メイドから、殺気のようなプレッシャーさえ感じ始めていた。
(なんでっ!?
なんでなんでなんでっ、なんでぇ~っ!! )
もう、わけがわからない。
ルーシェははしたないのは承知で、ヴァイスシュネーの廊下を全力疾走していた。
当然、その姿は目立つ。
立ち番をしていた衛兵たちや、他の使用人たちが逃げるルーシェと追いかける眼鏡メイドを目撃して、
だが、誰もルーシェのピンチだとは気がつかない。
ルーシェは真剣に身の危険を感じていたが、メイドがメイドを追いかけているのを見ても、深刻な危機だとは誰も思わないのだろう。
だが、そんなルーシェの目の前に、とことこと、救世主があらわれた。
スラム街からずっと一緒だった、犬のカイ。
ルーシェにとっての、家族。
カイは心優しい性格の持ち主だったが、勇敢でもあった。
ルーシェやエドゥアルドのために危険を顧みず頑張ってくれたことは、1度や2度のことではない。
彼ならきっと、ルーシェを守ってくれる。
「カイッ、助けてっ! 」
ルーシェは必死にカイに助けを求め、全速力で駆けよって行った。
カイはどうやらヴァイスシュネーの中をお散歩しているだけの様子だったが、すぐにルーシェの声に気づいた。
そして、自分に向かって全力で走ってくるルーシェと、それを背後から追いかけている眼鏡メイドの姿を見て、最初、
だが、すぐにルーシェの必死な表情と声色から、真剣に助けを求めていると理解したらしい。
カイは楽しいお散歩モードからすぐに切り替わり、犬歯をむき出しにし、
「バウッ! 」
そしてカイは鋭く吠えると、敢然と眼鏡メイドに向かって行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます