第293話:「新たな戦い:2」

 皇帝選挙は、決して、公平なものではなかった。

 その時々の皇帝候補となる公爵の力関係、そして諸侯の思惑によって決まるもので、実際に投票が行われるまでの間に様々な工作、裏取引が行われるのが当たり前だった。


 次の皇帝になる者に投票した者は相応に優遇され、時流を見誤って投票し損ねた者は冷遇される。

 皇帝選挙で見せる態度によっては、自国の将来に少なからぬ影響が生じるのだ。


 今の皇帝、カール11世はまだまだ健康だった。

 すでに老齢の人だったが、帝都・トローンシュタットの戦勝パーティでもその健在ぶりを見せていたし、皇帝選挙など、先のことのように思われる。


 だが、急病ということも起こり得るのだ。

 昔のことだが、タウゼント帝国の皇帝が急病で倒れ、逝去せいきょした際には、次期皇帝となるべき有力候補が定まっていなかったために帝国諸侯は後継者をめぐって混乱し、皇帝選挙をなかなか実施できず、皇帝不在という期間が数年にも及んだことがあった。


 今、そのような事態が起こることは、避けなければならないことだった。

 なぜなら、タウゼント帝国がこれまで守って来た専制君主制を否定し、平民が自らの力で打ち立てた国家、アルエット共和国が、タウゼント帝国の西側で勃興してきているからだ。


 タウゼント帝国は現在、アルエット共和国とは直接的な交戦は行ってはいなかったが、先年、バ・メール王国の要請を受けてアルエット共和国に対し侵攻したことについての公式な講和条約が締結されていないため、正式には戦争状態にあるままだった。

 現状では、アルエット共和国の英雄、アレクサンデル・ムナール将軍に率いられた共和国軍はバ・メール王国にその矛先を向けているが、タウゼント帝国が皇帝不在という大きな隙を見せた時にどう動くかは予想がつかない。


 サーベト帝国との戦争に勝利したことによって、タウゼント帝国は未だに強大な存在であることを示すことができた。

 だからおそらく、このままの体制が続くのであれば、なんの問題もない。

 どの隣国も、タウゼント帝国から簡単に利益を引き出すことはできないと考え、手を出してくることはないはずだからだ。


 だが、もし万が一、老齢のカール11世になにかがあって、皇帝不在の期間が少し長引いたりしたら、大変なことになる。

 態度を豹変させた隣国がたちどころに侵略してくる可能性は、捨てきれないのだ。


 だから、そんな事態を防止するためにはどうしても、カール11世が存命で健康であっても、次の皇帝について考えなければならない。


「エドゥアルド公爵。念のために確認しておくが……、エドゥアルド公爵自身は、皇帝選挙に名乗りをあげるつもりは、ないのだな? 」


「本音を言えば、今の帝国の体制を、僕の手であらためたいとは思っている。

 だけど、僕はまだ、皇帝になれるような存在ではないと自覚している。


 オトナたちを変に怒らせたりはしたくないし、な。

 ただでさえ、僕のやることを気に入らないと考えている諸侯は、多そうだから」


 真面目な口調で確認してくるフェヒターに、エドゥアルドは少しだけおどけて、両手を広げて肩をすくめてみせる。


 そのエドゥアルドのことを、今この部屋にいるエドゥアルド以外の3人はじっと、無言のまま見つめている。


「な、なんだよ、いったい? 」


「ふん、まぁ、気にするな」


 エドゥアルドが少し戸惑ったようにたずねると、フェヒターはなぜ無言でエドゥアルドを見つめたのかには答えず、そう言ってはぐらかした。


「無難なのは、様子見、だろうな」


 それからフェヒターは、話しを本題へと戻した。


「いつどうなっても最大限の利益を得られるようにしようというのなら、情勢次第で支持する相手を変えればいい。

 最初は、ベネディクト公爵。

 だが、長く時間が経って、フランツ公爵が巻き返してくるようだったら、フランツ公爵に鞍替えすればいい。


 鞍替えされた方は後でこちらを恨むだろうが、なに、知ったことじゃない。

 うまく立ちまわって少しでもパイの取り分を自分に多くしようとするのは、どの諸侯もみなやっていることだし、お互い様だ。


 だが、そういうことをするのは、エドゥアルド公爵はあまり好みではないのだろう? 」


「ああ。

 うわべだけとりつくろっておべっかを使い、裏でコソコソ、いつ乗り換えるかを考えるような姑息なマネは、できればしたくはないな。


 それに、乗り換えるタイミングを間違えたら、大やけどしてしまいそうだし」


「まぁ、そうだろうな」


 少しうんざりしたような口調のエドゥアルドに、フェヒターもうなずく。


「いつベネディクト公爵からフランツ公爵に乗り換えればいいのかは、危うい判断になるだろう。

 早すぎればベネディクト公爵に恨まれるだけでなんの利もないし、遅すぎればやはり、フランツ公爵に冷遇されて利はない。


 安全を取るなら、どちらにもつかずに様子見をするしかないだろう。


 それに、そもそもエドゥアルド公爵は、フランツ公爵のやり方も、ベネディクト公爵のやり方も、嫌っているのだろう?

 どちらにもつきたくないというのなら、結局は様子見をするしかない。


 ただ……、エドゥアルド公爵。

 どう情勢が動いても対応しやすいように、国内のことはしっかりと固めておくべきだ」


「……結局はそれが、最優先だな」


 今度は、エドゥアルドがフェヒターの言葉にうなずいていた。


 次期皇帝位をめぐる、フランツ公爵とベネディクト公爵の争い。

 水面下でくり広げられているその戦いにエドゥアルドは参加せず、利もない代わりに損もない傍観ぼうかんの立場をとることに決めた。


 そして同時に、これから自分が行わなければならないことを再確認していた。

 それはすなわち、帝国南方でくり広げられたサーベト帝国との戦争で得られた戦訓を反映した軍隊の改善と、ノルトハーフェン公国でのさらなる富国強兵を推し進め、情勢がどのように変化してもエドゥアルドが自由に行動を選択できるよう、足元であるノルトハーフェン公国をしっかりと固め盤石なものとしておくことだった。

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