第264話:「密議:1」
アリツィア王女の突然の来訪。
それを伝えに来たミヒャエル大尉も怪訝(けげん)そうな様子だったが、エドゥアルドも不思議でならなかった。
時刻は、すでに夜だった。
冬を目前として日が沈むのが早くなっていたから、夕食をとる時間にはもう辺りは暗くなっている。
かがり火の明かりが届かないところに行けば、星空を思う存分、眺めることができるほどだった。
そんな時間に、アリツィアはやってきた。
しかも、供も連れずに、1人だけで。
どうやら、周囲の目を盗んでやって来たらしい。
オルリック王国軍の士官の服を身につけ、髪はまとめて帽子の中に隠し、男装しての来訪だった。
ミヒャエル大尉が怪訝(けげん)そうにしていたのは、アリツィア王女の突然の来訪だけではなく、その姿にも驚かされたからであったらしい。
一国の王女を冷え込む外で待たせるわけにもいかず、すぐに天幕の中へと通したエドゥアルドも、その男装した姿を見て驚いた。
男装しているという事実に加えて、その男装は、自ら甲冑を身につけ、騎槍(ランス)を手に騎乗突撃するアリツィアの凛々しさと相まって、よく似合っていたからだ。
「夜分の来訪、申し訳ない」
長い髪を帽子の中に隠しているのが窮屈だったのか、ルーシェがエドゥアルドの向かい側に用意したイスに腰かけるなり帽子を取り払ったアリツィア王女は、髪を解きほぐしてから、そう言ってエドゥアルドに向かって頭を下げた。
「少し驚きは致しましたが、気にはいたしません。
アリツィア王女は、僕にとっては恩人のような方ですから。
しかし、いったい、こんな時間に、しかもお1人で、男装までしていらっしゃるとは、いったい、どういうご用件でしょうか? 」
顔をあげたアリツィアに、エドゥアルドは単刀直入にそうたずねる。
おそらく重要な用件で来たのだろうと、雰囲気だけでわかったからだ。
すると、アリツィアは急に、お茶の用意をしていたルーシェの方へ視線を向ける。
「あ、あの、なんでございましょうか……? 」
その視線に気づいたルーシェは、やや戸惑ったように、ぎこちない笑みを浮かべる。
冗談とはいえ、突然、エドゥアルドにルーシェをくれとねだったアリツィア王女に、ルーシェはほんの少し苦手意識というか、警戒心をもっているようだった。
アリツィア王女はそのルーシェの問いかけには返答せず、エドゥアルドへと真剣な表情を向けると、ずいっ、と身を乗り出して言う。
「エドゥアルド公爵、確認なのだが……。
あのコ、口は堅い方かな? 」
その問いかけにエドゥアルドは少しきょとんとしてまばたきをくり返す。
それは、アリツィア王女が人払いを求めているということを理解できなかったわけではなかった。
ルーシェが、秘密を漏らすかもしれない。
そんな可能性を、エドゥアルドは今まで1度も、考えたことがなかったからだ。
「ルーシェは、秘密を漏(も)らしたりはしません。
それは、僕が確約します」
だが、数秒してエドゥアルドはそう言って、はっきりとうなずいてみせていた。
今までルーシェから秘密が漏(も)れるかもと考えたことがなかったのは、元々、そんな可能性など存在しないと、エドゥアルドがそう信じ切っていたからだ。
ならばその信頼をそのまま、アリツィア王女にこたえるだけのことだった。
「そうか、なら、よかった」
するとアリツィア王女は、安心したように、少し嬉しそうな笑みを浮かべてうなずいた。
「あの、エドゥアルドさま。
私、席を外しておきましょうか? 」
だが、秘密を保つことが必要な会話がこれからなされるということを知ったルーシェは、おずおず、といった様子でそう申し出て来る。
エドゥアルドとアリツィアが気にしないと言っても、自分のようなメイドがいることは分不相応だと、そう思った様子だった。
「いや、秘密を守ってくれるのなら、居てくれてかまわない。
せっかくだから、君のいれてくれたコーヒーも、頂戴(ちょうだい)したいしね。
それに、もしも君が秘密を漏(も)らすようなことがあれば、それを口実に、我がオルリック王国に君を連れ去ってしまうだけだからね。
罰として、君には私のメイドになってもらう」
「ひぅっ!? 」
アリツィア王女は、またルーシェのことをからかっているのかもしれない。
しかし、その口調は半ば本気のようにも感じられて、ルーシェはおびえたように小さく悲鳴をあげると、慌てて口を閉じ、絶対に秘密は漏(も)らさないというジェスチャーをする。
そのルーシェの様子に、ルーシェから見えないように小さく、楽しそうに笑ったアリツィアは、すぐに真剣な顔をエドゥアルドへと向けなおしていた。
「では、エドゥアルド公爵。
機密漏洩(きみつろうえい)のおそれがないと確認できたところで、本題に入らせてもらおう」
そしてそう前置きすると、アリツィアは一度言葉を区切った。
ここであえて言葉を区切るのは、聞く者の注意を喚起する手法だ。
頭ではそうとわかってはいても、エドゥアルドは思わず身体を前のめりにし、ルーシェもお茶の用意をする手を止めないようにしながら、耳をそばだてた。
そうして十分にエドゥアルドとルーシェの意識が集中するのを待つと、アリツィア王女はニヤリ、と不敵な笑みを浮かべて、天幕の外には決して漏れないような、ささやくような声で言う。
「私と、抜け駆けをしないか?
我がオルリック王国軍と、エドゥアルド公爵、そしてユリウス公爵の軍で、サーベト帝国軍に奇襲をしかけるんだ」
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