第256話:「イェニチェリ:1」

 モーント大佐に率いられたズィンゲンガルテン公国軍の1個歩兵連隊は、ヴェーゼンシュタットへの補給が完了するまでの間、補給路を防衛するべく、エドゥアルドの指揮下に入っていた。


 エドゥアルドは、モーント大佐の歩兵連隊をノルトハーフェン公国の歩兵連隊の1つと入れ替え、防衛線の一画を守備してもらっていた。

 そのおかげでノルトハーフェン公国軍は予備兵力として1個連隊を確保することができ、防衛線の維持のための余力を確保することができていた。


 だが、そのモーント大佐の歩兵連隊が、サーベト帝国軍からの集中攻撃を受けていた。


 モーント大佐の部隊は、ヴェーゼンシュタットの城壁にもっとも近い場所を守っている。

 補給作戦が完了すれば彼らはヴェーゼンシュタットに引き返さねばならないのだし、城に近いところを守ってもらった方が、城壁を守るズィンゲンガルテン公国軍との連携がとりやすいだろうと思われたからだった。


 しかし、城壁に近いということは、城門にも近い、ということだった。

 そのため、サーベト帝国軍はモーント大佐の部隊に向けてもっとも強力な部隊を送り込み、突破して、補給部隊が通過中であるためすぐに閉鎖することのできないヴェーゼンシュタットの城門へ突進し、そのまま城内に雪崩れ込もうと考えたようだった。


 城壁に近いため、モーント大佐の部隊を攻撃するサーベト帝国軍は、横合いの城壁の上から攻撃を受けることになる。

 そんな状況で突破を成功させるため、サーベト帝国軍が選んだのは、イェニチェリと呼ばれる精鋭部隊だった。


 他のサーベト帝国軍とは、見た目が異なる部隊だった。

 その服装には鮮やかな色彩が用いられ、背中に長く垂れさがる飾りのついた円筒形の背の高い帽子を被り、マスケット銃で武装している。


 イェニチェリというのは、サーベト帝国の言葉で、[新しい兵隊]を意味する言葉だった。

 それは、イェニチェリが元々は、ヘルデン大陸で銃兵の採用が盛んに行われ始めた時期に、サーベト帝国でも従来存在しなかった銃兵という存在を取り入れるために新しく編成された部隊だったからだ。


 イェニチェリは、精鋭として広く知られている。

 専門の技能を持った職業軍人として、イェニチェリはサーベト帝国の皇帝の直属の軍隊として、帝国の首都に集住させられ、また、戦場で未練を持ったまま戦うことがないよう、妻帯が禁じられていた。

 その代わり、その給与は高く、免税などの特権も与えられ、日頃から訓練に励み、サーベト帝国の精鋭軍団としての地位を獲得するに至っている。


 その名声は、タウゼント帝国の北方にあるノルトハーフェン公国の公爵であり、サーベト帝国からはもっとも遠い位置にいるはずのエドゥアルドでさえ、サーベト帝国にそういった部隊があると知っていたほどだった。


 モーント大佐の歩兵連隊への攻撃は、その、イェニチェリを中核として行われた。

 マスケット銃を装備したイェニチェリが正面から攻撃をしかけるのと同時に、サーベト帝国軍の騎兵がノルトハーフェン公国軍とモーント大佐の部隊との間に突撃して両部隊を分断し、モーント大佐の部隊の後方にまで入り込んで、全方位からモーント大佐の部隊を圧迫しようとしていた。


 その攻撃に、モーント大佐は指揮下の部隊を集めて大きな方陣を作り、対抗しようとしていた。

 だが、騎兵部隊はモーント大佐の部隊の内部にまで入り込んで陣形をかき乱そうとし、モーント大佐は各歩兵部隊に小さな方陣を組ませることで、どうにか全軍の崩壊を阻止しているような状況だった。


 方陣は、四つの面にそれぞれ歩兵の隊列を作り、全方位に対して射撃を可能とする、防御のための陣形だ。

 主に、機動力のある騎兵部隊による包囲攻撃を受けた場合や、敵の歩兵集団から包囲を受けた際に、その場にとどまって防御するために用いられる。


 方陣を取らざるを得ないということは、モーント大佐の部隊が押されているということでもあった。

 しかし、モーント大佐の指揮下の将兵は、その不利な状況でも必死に防戦を続け、組織的な抵抗を続けて、粘り強い戦闘を続けている。


 どうやらモーント大佐の部隊は、アルエット共和国へ侵攻した際には従軍していなかったらしい。

 ラパン・トルチェの会戦でズィンゲンガルテン公国軍は大打撃を受けていたが、その戦いに従軍しなかったためにモーント大佐の部隊は経験十分な熟練兵たちだけで構成されており、不利な状況でも粘り強く戦えているのだろう。


モーント大佐が、日頃から部下に信頼される人物であることも、彼の部隊が窮地にありながらも容易には崩壊しない理由に違いなかった。


 兵士だって、自分の指揮官を[値踏み]している。

 その指揮を信じて従っていいのかどうか、命をあずけていいのかどうかを、兵士たちはみな、それぞれに考えているのだ。


 そしてその傾向は、ベテランの兵士であるほど強くなる。

 兵役についている年数が長くなる分、どんな上官の下なら生き残れるのか、目利きができるようになってくるからだ。


 その点、モーント大佐は、兵士たちから深く信頼されている将校であるようだった。


 ラパン・トルチェの会戦において、ズィンゲンガルテン公国軍はあっさりと壊走したが、モーント大佐の部隊は持ちこたえ続けている。


(ズィンゲンガルテン公国にも、良い将校というのはいたのだな)


 その戦いぶりは、エドゥアルドにズィンゲンガルテン公国軍について見直させていた。

 ラパン・トルチェの会戦での敗走ぶりから、てっきり、ズィンゲンガルテン公国軍は精強な軍隊ではないと、見くびるような気持になってしまっていたのだ。


「モーント大佐を、救援するぞ! 」


 ヴィルヘルムの戦況報告で、モーント大佐がなんとか持ちこたえつつも、自力ではイェニチェリの攻撃を跳ね返せそうにないことを知ったエドゥアルドは、モーント大佐のおかげで予備兵力として温存できていた1個歩兵連隊と、役割を終えて戻って来た軽野戦砲部隊を投入して、現状の持てる力のすべてを投じて反撃を行うことを決めた。


 モーント大佐の部隊が突破されてしまえば、補給作戦が失敗してしまう。

 のみならず、サーベト帝国軍がヴェーゼンシュタットの城内へと突入に成功すれば、ヴェーゼンシュタットが陥落してしまう危険がある。


 そしてなにより、エドゥアルドは、モーント大佐が失うには惜しい将校だと、そう感じていた。

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