第215話:「再びの招集」

 アルエット共和国での戦役から帰還して以来、エドゥアルドはノルトハーフェン公国の内政に注力していた。

 戦役での結果、公国にはまだ改めねばならないことが山ほどあることを実感したエドゥアルドは、1つずつ課題に取り組み、公国を変革しようとしたのだ。


 公国をより豊かで、強い国家にする。

 その方針そのものに反対する者は少なく、実際に成果をあげているエドゥアルドの治世を人々は高く評価していたが、その一方で、エドゥアルドが進める改革を急進的なものとして、不平・不満をいだく者たちもあらわれつつあった。


 特に、エドゥアルドにとっての支持基盤であるはずの貴族階級からの反発は、少しずつ大きくなり始めていた。

 議会の開設を行ったエドゥアルドのやり方は、貴族が保有している既得権益を破壊する行為にほかならず、このままエドゥアルドに公国の支配を委ねていいのかという思いを、大なり小なり、貴族たちは抱くようになっていた。


 その一方で、民衆からの支持はより強固なものとなりつつあった。

 民衆の政治参加を認めるというエドゥアルドの政策は、他のタウゼント帝国の諸侯とは一線を画すものであり、そして民衆に新たな権利を保障するものでもあった。

 だから人々はエドゥアルドの政策を歓迎したし、エドゥアルドならばこれまでの貴族のための政治ではなく、民衆のための政治を行ってくれるだろうと期待した。


 この民衆からの支持により、不評であった徴兵制の施行も、問題なく進んでいる。

 実際に徴兵を行っても、ボイコットや逃亡などが頻発するのではないかと不安視もされていたのだが、エドゥアルドの治世を支持する民衆は徴兵に大人しく従い、ノルトハーフェン公国の兵営は一気に充実していた。


 取り組むべき課題は数多くありつつも、公国は着実に新しい国家へと生まれ変わりつつある。

 タウゼント帝国の皇帝、カール11世より、軍を招集するとの命令がもたらされたのは、そんな、ノルトハーフェン公国が新たな1歩を踏み出した矢先のことだった。


────────────────────────────────────────


 タウゼント帝国の皇帝、カール11世から、新たに軍を招集することを知らせる使者が到着した時、エドゥアルドはちょうど、クルト男爵と会見していたところだった。


(確か、昨年の出兵の時も、クルト男爵と会っていたような……)


 エドゥアルドは皇帝からの使者の到来をシャルロッテから告げられた時、そんな、既視感を覚えていた。


 しかし、それは別に、奇妙な、運命的なめぐりあわせというわけではなかった。

 この時期、ノルトハーフェン公国では鉄道の建設が軌道に乗り始めていた時であり、エドゥアルドとクルト男爵とは、鉄道建設の今後について話し合うため、頻繁に会っていたからだ。


 話し合っていたのは、東の隣国、オストヴィーゼ公国への鉄道の延伸事業についてのことだった。


 先日、試験線が開業したノルトハーフェン公国の鉄道は、今のところ、致命的な問題は起こさずに試験運行を続けている。

 なにぶんノルトハーフェン公国では初めての鉄道であり、細かなトラブルは頻発し、その対応でオズヴァルトは忙しそうだったが、鉄道の運行を見直さなければならないような事態は生じていない。


 鉄道の建設についても、順調だった。

 これは、鉄道の路線計画を策定する際にクルト男爵自身が参加して入念に測量などを行い、鉄道の路線をどのようにのばしていくかを、慎重に決定してくれていたおかげだった。


 だから、すでにノルトハーフェン公国からクルト男爵領への鉄道の建設事業には、めどがついている。

 エドゥアルドたちはすでに、その次を目指す段階にまでたどり着いているのだった。


「今度は、南への出兵か……」


 皇帝からの使者と謁見し、クルト男爵と共に皇帝からの親書とお言葉を賜(たまわ)った後、他の諸侯にも召集を知らせに行かなければならない使者を見送ったエドゥアルドは、少し困ったような様子でそう呟いていた。


 帝国貴族にとって、皇帝から軍を招集されればそれに応じるのは、義務だ。

 しかしながら、ノルトハーフェン公国では徴兵制が開始されたばかりであり、しかも、バ・メール王国を支援するために現在でも公国軍の一部、5000名ほどを派兵している。

 皇帝からの軍の招集に対応できない、というわけではなかったが、ノルトハーフェン公国軍にとっては、タイミングがあまりよくなかった。


「しかしながら、エドゥアルド公爵。

 今回の招集は、防衛戦争でございましょう?


 我がタウゼント帝国の国内から出ることはないのですから、前回の戦役のような苦労はいたしますまい」


 憂鬱(ゆううつ)そうな様子のエドゥアルドに、クルト男爵は励ますような口調でそう言った。


 クルト男爵が言うとおり、今回の皇帝からの招集は、タウゼント帝国の防衛のためだった。

 敵の方からタウゼント帝国へと侵攻してきているのであり、帝国軍は帝国領内で敵を迎えうつこととなる。


 地の利があった。

 今度は正確な地図がないことで悩む心配はなかったし、補給も円滑に進むはずだった。


 そしてなにより、防衛戦争だ。

 実際に戦場となっているのは、他のどこでもない。

 タウゼント帝国なのだ。


 ノルトハーフェン公国はただちに兵を起こし、皇帝の下に参じて、敵から攻撃を受けている友邦を救援しなければならなかった。


「ああ、クルト男爵の、おっしゃる通りだ。


 シャーリー、すまないが、すぐにアントン殿をお呼びしてくれ」

「かしこまりました、公爵殿下」


 クルト男爵の言葉にうなずいたエドゥアルドがすぐにそうシャルロッテに命じると、彼女はうやうやしく一礼し、静かに、そして素早く去って行った。


 クルト男爵の言うとおり、今回の戦争は防衛戦争。

 帝国軍にとって有利な国内での戦いとなるが、それでも、エドゥアルドは楽観的には考えられなかった。


 なぜなら、今回の敵は、かなり大きいのだ。


 その敵の名は、サーベト帝国。

 タウゼント帝国に対する侵略者は、タウゼント帝国と同じかそれ以上の規模を誇る、南方の大国だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る