・第14章:「南方戦役」

第214話:「開業式典」

 ノルトハーフェン公国における議会は、前途多難な出発だった。

 この新しい制度についてノウハウを有している者は公国には誰1人としておらず、エドゥアルドの名のもとに開催された第1回公国議会では、議員たちから様々な意見が出たものの、それらをうまく取りまとめることができず、実際に議会の成果として決定できた物事は少なかった。


 しかしそれでも、エドゥアルドはこの新しい制度を続けるつもりでいた。

 人々が公国のことについて真剣に考え、そして、多くの異なる意見を持っており、その意見を公国の政策に取り入れていくことは有意義なことだと、議会を通じてエドゥアルドはそう実感したからだった。


 エドゥアルドは、ノルトハーフェン公爵としてふさわしい存在となれるように、これまで多くの努力を重ねて来たし、人並み以上の能力を持つことができているという自負もある。

 しかし、自分だけが常に正しく、他人は自分よりも劣るのだなどと、そんなふうにうぬぼれたことはない。


 人々が唱える、エドゥアルドとは異なった意見。

 そこにはそれぞれの筋の通った考え方があり、それらの意見を自分の意に沿わないからと斬り捨てるのは、エドゥアルドにはおかしなことだと思えたし、いくらノルトハーフェン公爵といえども、そんなことをする資格はないとも思っている。


 エドゥアルドは地道に、この議会制度という新しい仕組みを、公国に根づかせていくつもりだった。


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 第1回公国議会が閉会するころには、もう、7月も半ばとなっていた。

 ノルトハーフェン公国は再び夏を迎えていた。


 議会が閉会となって久しぶりにまとまった時間を得ていたエドゥアルドは、その日、一部の区間が完成した鉄道の、その開業式典に出席していた。


 ヘルシャフト重工業。

 ノルトハーフェン公国一、タウゼント帝国全体で見ても指折りの大企業の社長、オズヴァルトが熱心に進めている鉄道事業は、エドゥアルドの支援と、鉄道技術に詳しいクルト男爵の協力によって順調に進んでいる。


 まずは、ノルトハーフェンの港から、クルト男爵の領内にある鉱山まで。

 そういう目標をもって建設を開始された線路は、まだ計画のすべてを完了させてはいなかったが、全長10キロを超える区間がすでに完成している。


 今回行われる開業式典は、開通した区間で試験的に営業列車が運行されることを受けて開催されたものだった。


 ノルトハーフェン公国で建設されつつある鉄道は、別に世界初ということもなく、この世界ではすでに鉄道が走っている場所がある。

 しかし、公国においては間違いなくまったく初めての試みであり、一部区間のみ先行して開業するのは、鉄道を実際に試験運用してみて、その運用上の問題点を明らかにするためだった。


 試験運用という性質上、運用される列車が運ぶのは、主に試験用の重りや、鉄道建設のための資材などだった。

 しかし、この試験運用で問題点が洗い出され、十分な実用性が確保されれば、一般の貨物などの荷物を取り扱い、やがては旅客や郵便などの運搬にも事業を拡大していく計画となっている。


 開業式典は、鉄道の起点であり、今後の運用の拠点ともなる予定の、ノルトハーフェンに建設された車両の製造・整備を行う工場や、使用する機関車などの機材の車両基地などがあるその敷地内で開かれた。

 そこには、エドゥアルドをはじめ、クルト男爵や、鉄道事業に出資している株主たちが招かれ、試験運用される新型の機関車のお披露目も行われた。


 以前、オズヴァルトは鉄道事業を人々にアピールするために模擬線路を作り、そこで試作型の機関車を用いてデモンストレーションを行ったが、今回人々の前に公開された機関車は、営業運転を前提としたより本格的なものだ。

 蒸気機関車の動力の源となる水蒸気を生み出すボイラーはより大型のものとなり、外観にもカバーが取りつけられて、以前のようないかにも開発途中というような印象は薄らいでいる。


 当然、性能も向上している。

 将来的には鉱山で採掘された鉱石などをノルトハーフェンの港に運搬するのだから当然だったが、馬力が向上し、よりたくさんの貨車や客車を牽引(けんいん)することができるようになっている。


 そして、開業式典の目玉は、その機関車が引く列車に来賓たちを実際に乗せて、10キロあまりの試験線路を実際に往復するというものだった。

 このために、将来運用される予定の客車が2両、先行して用意され、機関車の後方に連結された。

 そしてその他には、機関車の力の大きさを示すために3両の重りを乗せた貨車が連結され、そして最後尾には、安全を確保するために車掌車が連結された。


 列車はエドゥアルドたちを乗せると、力強く車輪を駆動させ、走り出した。

 乗客たちにとってはすでに蒸気機関車とはまったくの未知の存在ではなくなっていたが、最初に目にした試作型の機関車と比べ、格段に進歩した蒸気機関車の性能や、客車などの設備にみな驚き、感心している様子だった。


 エドゥアルドのおつきのメイド、ということで特別に同乗する許可を得たルーシェなどは、もう、大はしゃぎだった。

 ルーシェは窓から身を乗り出すようにしながら、走る機関車の姿を観察し、流れ去っていく景色に目を輝かせ、心底楽しそうに、嬉しそうに笑っていた。


 もちろん、ルーシェはただ、はしゃいでいただけではなかった。

 試験線の端に機関車がたどり着き、折り返し運行をするための準備のために機関車と車掌車の位置を入れ替えている時間の間に、エドゥアルドやその他の乗客たちのためにコーヒーを準備してふるまった。


 そのために、機関車にはコーヒーセットが積載されていたのだ。

 そしてルーシェがいれたコーヒーは、アンネ・シュティや、エドゥアルドが以前訪れて以来、時折訪問している喫茶店から習得した技術が生かされ、以前よりもさらにその味わいを増しており、「さすが公爵家のメイドのコーヒー」と、人々に大いに評判となっていた。


 やがて機関車は折り返し作業を終え、ノルトハーフェンへと戻るために再び走り始める。

 誇らしげに汽笛が鳴り響き、ゴトン、ゴトン、と、車輪が回る。

 何頭もの馬を集めなければ動かすこともできないような重い列車が、たった1両の機関車によって、運ばれていく


 エドゥアルドは、機関車が好きになってきていた。

 なぜならそれは、エドゥアルドが公国にもたらした[新しいこと]の1つであり、これからきっと、公国の大勢の人々の役に立つはずのものだったからだ。

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