第187話:「仇敵:3」
エドゥアルドと、フェヒター。
かつての仇敵であり、今でも犬猿の仲である2人は、久しぶりの再会を果たそうとしていた。
場所は、エーアリヒ準伯爵の屋敷の応接室だ。
先に部屋に通されていたエドゥアルドは、警護について来たシャルロッテ、そして助言役としてついて来たヴィルヘルムを背後にひかえさせながら、快適な座り心地のソファにゆったりと腰かけ、出されたコーヒーの味を楽しんでいた。
表面的には穏やかで、余裕のある態度だ。
しかし、エドゥアルドの内心は決して、穏やかなものではなかった。
やはり、仇敵であるフェヒターと顔を合わせることは、それだけでも不愉快なことなのだ。
その不愉快さに耐えながら、エドゥアルドは1時間ほど、たっぷりと待たされることとなった。
(もう、帰ってやろうか)
わざとフェヒターがエドゥアルドを待たせているのではないか。
そう思ったエドゥアルドは、何度もそう思った。
アンネが示した忠誠心に、帝国貴族として相応の[褒美(ほうび)]を与えてやろう。
そういう気持ちでエドゥアルドはこの場にやってきていたのだが、しかし、フェヒターが相変わらず自分のことをなめていると思うと、そんな気持ちも消えてしまいそうになる。
だが、エドゥアルドがかろうじて待ち続けることができたのは、フェヒターは面会に応じるが時間がかかるということを、先にコンラートから知らされていたからだった。
なんでも、風呂に入ってから来るらしい。
というのも、フェヒターはヒマな時は熱心に鍛錬に励んでおり、今も汗を流したばかりで、そのままでは「公爵に会うことはできない」からであるらしい。
相応にエドゥアルドに対して礼節を保とうとしているように思えはするものの、(あの、フェヒターがそんなことをするものか)と、エドゥアルドにはフェヒターの嫌がらせとしか思えなかった。
「大変、お待たせいたしました。
フェヒター準男爵様が、おいでになりました」
やがてコンラートが部屋に入ってきて恐縮しながらそう告げると、ようやく、エドゥアルドの前にフェヒターが姿をあらわした。
そのいでたちは、以前よりもずいぶん、目立たないものとなっている。
以前は破廉恥(はれんち)さを感じさせるほど派手な衣装に身を包んでいたのだが、今、部屋に入って来たフェヒターの趣味は、比較的エドゥアルドに近い、質実剛健とした機能性重視のものとなっていた。
幽閉されているとはいえ、同じ公爵家の血を引く者として、相応の生活費をエドゥアルドはフェヒターのために出費していたから、この服装の変化は、フェヒターの趣向が変化したからだと思わざるを得なかった。
そのいでたちに少し驚きはしたものの、エドゥアルドはすぐに、不快そうな表情を見せていた。
服の趣味が変わったところで、フェヒターは、フェヒターだったからだ。
だからエドゥアルドは、フェヒターを出迎える際、ソファから立ち上がることもしなかったし、会釈(えしゃく)さえして見せなかった。
「フン。
さすがは、公爵様だな」
そんなエドゥアルドの態度を見て、フェヒターも鼻を鳴らして不愉快そうな表情を作り、仕返しとばかりにエドゥアルドに向かって一礼もせず、威張るように大股でエドゥアルドの対面に用意されたソファへと向かい、そして誰の許可も得ずに、どかっと乱暴に腰かけていた。
2人の対面は、最初から、険悪な雰囲気で始まった。
元々仲良くなるような要素などまるでないのだから、そうなるのは当然だった。
「それで?
本日はいったい、ノルトハーフェン公爵様が、私(わたくし)ごときにどのようなご用件で? 」
無言のままエドゥアルドと睨み合った後、フェヒターは少しおどけたような、あからさまにエドゥアルドを挑発するような口調でそう言った。
立場的に、不敬罪を適用して即刻、フェヒターを斬り捨てることも今のエドゥアルドには可能だったが、しかし、エドゥアルドはぐっと怒りをこらえる。
今の自分は公爵で、相手はなんの実権も持たない無力な存在なのだという事実が気持ちの余裕を生み出し、エドゥアルドの冷静さを保たせてくれていた。
「喜べ、フェヒター。
お前に、身元引受人があらわれたぞ」
「身元引受人、だと? 」
フェヒターの境遇を嘲笑するような薄ら笑いを浮かべならそう言ったエドゥアルドに、フェヒターは鋭く、疑うような視線を向けていた。
「フン、バカバカしい。
エーアリヒ準伯爵からは捨てられ、部下はみんな逃げ散って、オレは孤立無援だ。
しかも、エドゥアルド、お前の命を狙った大罪人と来ている。
そんなオレの身元引受人になど、いったい、どこの誰がなろうというんだ? 」
エーアリヒ準伯爵の屋敷に身柄を移され、自分に味方などまったくないのだということを思い知らされ、もうなにかを得られる望みもなく、半ば自暴自棄になっているらしいフェヒターは、見え透いたウソでこのオレをからかおうとしても無駄だぞ、と言いたそうな様子だった。
(なるほど。
自分のおかれている状況は、きちんと理解しているのか)
かつてのフェヒターであったら、決して、エドゥアルドに対する負けなど認めなかっただろう。
しかし、今目の前にいるフェヒターは、相変わらず不遜(ふそん)な態度を見せているものの、少なくとも自分自身の状況を冷静に理解できているようだった。
その変化に少し感心しながら、エドゥアルドはその名を口にする。
「アンネ・シュティ。
お前のところで働いていたメイドらしいのだが、聞き覚えは? 」
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