第168話:「ルーシェ、ざわつく:1」
(エドゥアルドさまのお世話を、私以外のメイドがする……?
シャーリーお姉さまや、マーリアさまでもない、別の……? )
ルーシェは、胸の中がざわつく、不愉快な感覚を覚えていた。
そんなルーシェの脳裏で、顔も背格好もわからない誰か別のメイドが、エドゥアルドの身の回りの世話をしている光景が再生される。
(なんだか……、すごく、嫌)
ルーシェではない誰かがエドゥアルドにコーヒーをつぎ、それに、「ありがとう」とエドゥアルドが笑顔を向ける光景を想像した瞬間、ルーシェの胸の中にあった不快感は、今までにルーシェが感じたこともない、まだルーシェにはなんとも定義のしようもない、どす黒いものへと変わっていた。
「ああ、そうだ、別のメイドだ。
いつまでもお前にばっかり僕の世話をしてもらっていたんじゃ、本当に、お前が休めなくなってしまうからな。
お前が休みの日に、代わりに仕事をしてくれるメイドを増やすことにしたんだ」
「は、はぁ……、そうなん……ですか……」
悶々(もんもん)としているルーシェの様子には気づかないエドゥアルドは、そう素っ気ない口調で言うと、ルーシェが半ば呆然としながら呟く声には気づかず、ナプキンで口元をふいてから、部屋の外に向かって呼びかけた。
「アン!
入ってきてくれ! 」
それは、ルーシェもすでに知っているメイドだった。
────────────────────────────────────────
エドゥアルドに呼ばれて、ルーシェが休みの間、その代わりにエドゥアルドのお世話を担当することになったメイド、アンネが、部屋の中に入って来る。
「はい、お呼びでしょうか、公爵殿下! 」
アンネの、周囲を元気にするようなハキハキとした快活な声。
そのアンネの声を聞きながら、ルーシェはきゅっと、自分の胸のあたりを手で押さえていた。
今朝、知り合って、すっかり仲良くなったメイド。
ルーシェに初めてできた、[後輩]。
ルーシェは、アンネのことは出会ったばかりなので詳しくは知らなかったが、いいお友達になれそうだと、そう思っていた。
ルーシェよりも年上なのに、ルーシェのことを「センパイ! 」と呼んでくるのは少しこそばゆい感じもするものの、アンネは賢く、その明るさの裏でしっかり周囲を気づかうことのできる繊細さもあわせ持っている。
そんなアンネのことを、ルーシェは、尊敬していた。
アンネの気づかいは自分にはまだとてもできないことで、それをごく自然にやって見せ、その気づかいや配慮を人に悟らせないアンネの働きぶりは、メイドとして目指すべきものであるように思っていた。
だからきっと、アンネがルーシェの代わりであるのなら、エドゥアルドが不便を感じるようなこともないだろう。
最初は慣れていないからぎこちないかもしれなかったが、アンネほどの器量であれば、すぐにエドゥアルドの望みを理解し、以心伝心で、働けるようになるのに違いない。
だが、そうわかるからこそ、ルーシェの心情は、複雑なものだった。
「アン、こちらが、いつも僕の身の回りの世話を担当してくれているメイド、ルーシェだ」
「はい、公爵殿下!
存じ上げておりますよ!
今朝も、一緒にお仕事をさせていただきましたし! 」
「そうなのか? なら、話しが早くて、助かる」
ルーシェは、エドゥアルドとアンネの会話を右から左へと聞き流しながら、胸の内が苦しくなるのに耐えていた。
アンネは、いい子だ。
メイドとしての実力もあるし、正確もいい。
だからきっと、エドゥアルドはアンネのことを気に入るだろう。
気に入って、しまうのだ。
(そうなったら、私は……。
もう、エドゥアルドさまのお側に、いられなくなる……? )
だからルーシェは、そう、深刻に危惧(きぐ)しなければならなかった。
エドゥアルドは、アンネに身の回りの世話をしてもらうのは、あくまでルーシェが休みの間だけだと言っている。
だが、ルーシェが休んでいる間に、[ルーシェより、アンネの方がいいな]と、そう思うようになるかもしれない。
アンネの性格の良さや器量の良さを考えれば、それは、十分にあり得ることなのだ。
もちろん、ルーシェだってこれまで一生懸命に働いて来たし、シャルロッテやマーリアを除けば、エドゥアルドのことをもっともよく理解しているのは、自分だという自負がある。
だが、ルーシェは今でも、ドジをする。
エドゥアルドの前でも過度に緊張しなくなったので頻度(ひんど)は減っているのだが、それでも、突然足元が[ふわっ]っとなって自分の足をもつれさせて転んでしまうことがあるのだ。
それも大抵、エドゥアルドからなにかほめてもらったりした矢先に、だ。
どういうわけか、少しエドゥアルドから認められたりほめられたりすると、ルーシェの身体は[ふわっ]っとなってしまう。
アンネは、そんなドジはしないだろう。
その仕事ぶりを見ていれば、ルーシェのようなミスはしないとわかるのだ。
そしたら、きっと、ルーシェはいらなくなる。
もっと器量がよくて性格のいいメイドがお世話をするようになるのだから、ドジで未熟なルーシェは、エドゥアルドの側にいられなくなる。
(そんなの……、嫌っ! )
ルーシェの心は、大きくざわついていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます