第83話:「前夜:4」

 明日、タウゼント帝国軍とバ・メール王国軍からなる連合軍と、アルエット共和国軍の雌雄を決する決戦をしかける。

 そう決を下したカール11世は、その場で自ら、諸侯の部署を言い渡していった。


 もっともこれは、もし現状で会戦に及ぶならばこのような作戦をとるべきだ、と、カール11世には事前に将校団から報告がされていたからこそ、できたことでもある。


 本来であれば、こういったことは、帝国陸軍を指揮下に置き、皇帝の軍事的な助言者であるアントンの口から発表されるべきことだったが、アントンはすでに諸侯に対して[面目を失って]いた。


 彼は自らの職責を忠実に果たそうとしていただけだったが、諸侯はその意見を嘲笑(ちょうしょう)し、「あり得ない」と決めつけてしまっている。

 そんな状態で、今さらアントンがなにかを言っても、誰も耳を貸さないだろう。

 だから、皇帝自身の口から、諸侯に対して部署を命じる必要があったのだ。


 作戦は、敵に対して兵力でおよそ[倍]であることを利用した、両翼からの包囲。

 要するに、数で勝ることをアテにした、[平押し]であった。


 ラパンの街とトルチェの街を結ぶ線に進出し布陣したという共和国軍に対し、帝国軍が南のラパンの街の方面から、王国軍が北のトルチェの街の方面から、一斉に攻撃を開始する。

 連合軍の全体でみれば、左翼側が帝国軍、右翼側が王国軍となり、中央は両軍が共同して戦線を構築するという、いわゆる鶴翼(かくよく)の陣形になっていた。


 帝国軍の配置は、以下のとおりと定められた。


 帝国軍の左翼には、ヴェストヘルゼン公国軍を中心に、皇帝親衛軍の一部と、諸侯の軍勢を加えた、4万。

 帝国軍の中央には、オストヴィーゼ公国軍を中心に諸侯の軍勢を加えた、2万。

 帝国軍の右翼には、ズィンゲンガルテン公国軍を中心とした、3万。

 それら、計9万の将兵によって形成される戦線の後方に、皇帝親衛軍の本隊に、ノルトハーフェン公国軍1万5千を加えた、4万の兵力が予備として配置される。


 帝国軍の左翼、共和国軍を右翼側に相対するところにヴェストヘルゼン公国軍が置かれたのは、その方面の重要性の高さからだった。

 優勢な数を生かし、敵を両翼から包囲し、一挙に殲滅するという作戦をとった連合軍にとって、その作戦の明暗を決めるのは、敵軍に対する両翼からの包囲が成功するか否かにかかっているのだ。


 ヴェストヘルゼン公国は、長年にわたってアルエット共和国と隣接して来たために、アルエット共和国のことを帝国でもっともよく知っていた。

 それだけではなく、武断的な気風を持つヴェストヘルゼン公爵家によって鍛えられたその軍は、帝国で精強との評判が高く、敵軍を包囲して攻撃する作戦の要を任せられる部隊は、他にはないとされた。


 帝国軍の中央を形成するオストヴィーゼ公国軍は、この、ヴェストヘルゼン公国軍を支援するという役割を与えられていた。

 共和国軍の右翼を包囲せんと突き進むことになるヴェストヘルゼン公国軍の後詰となって、共和国軍によって逆にヴェストヘルゼン公国軍が分断され、各個撃破されることを防ぐというのが、その任務だ。


 帝国軍の右翼、連合軍全体で見た場合の中央部分にズィンゲンガルテン公国軍が配置されたのは、ズィンゲンガルテン公爵家とバ・メール王国の王家との関係の深さからだった。

 古来、異なった指揮系統を持つ軍隊同士の間というのは、指揮系統の違いから混乱を生じさせやすく、その欠点を敵軍に突かれる危険があった。

 そのため、バ・メール王国軍を率いるアンペール2世とは義理の兄弟であり、関係が深く連携をとりやすいと考えられたズィンゲンガルテン公爵家が配置された。


 カール11世の親衛軍と共に[予備兵力]とされたエドゥアルドだったが、もちろん、ノルトハーフェン公国軍にも役割はあった。


 [予備兵力]と呼ばれる存在は、軍事においては、[二線級]を意味するものではない。

 戦況の推移に応じ、その戦闘の勝敗を左右する重要な局面で投入される、[切り札]という意味を持っているのだ。


 しかし、今回の場合、エドゥアルド率いるノルトハーフェン公国軍は、そういった本来の予備兵力としてではなく、[二線級]の方の意味であつかわれているフシがあった。


 これには、2つの理由がある。

 1つは、ノルトハーフェン公国軍がエドゥアルドによる改革を受け、その編成を大きく一新したばかりで、まだ十分に訓練を行えていないのではないかと、そう他の諸侯から危惧されていたということ。

 もう1つは、まだ若く、跡継ぎのいないエドゥアルドを前線に出して、万が一のことがあれば、ノルトハーフェン公爵家が断絶しかねないという危惧があったことだ。


 前者は、エドゥアルドがまだ若輩者でその実績が諸侯にほとんど知られていないということが原因であったが、後者の理由は、カール11世が内心で感じている、エドゥアルドに対する引け目が原因であった。


 当然、エドゥアルドは自分のこういった扱いに、不満だった。


 エドゥアルドには、現在の地位を、いくつかの幸運が重なったとはいえ自分の力で手にしたという自負があったし、自分が公国の人々と共に進めてきた改革は、意味のあることであったと信じている。

 それなのに、エドゥアルドまだ[若い]というだけで諸侯から侮られ、その指揮下にあるノルトハーフェン公国軍の能力も疑われてしまっている。


 前線に出れば、他のどんな諸侯の軍にも負けない、いや、それ以上の働きをすることができるのに。

 エドゥアルドは、敵軍と雌雄を決する決戦という大きな舞台で、その舞台袖で他の役者たちが思うがまま、その役割を演じるさまを、見物していなければならない。


 だが、皇帝自身の口から命じられた采配に、強く逆らうこともできなかった。

 少し不満を表明するくらいは、「ノルトハーフェン公爵は、血気盛んですなぁ。いやぁ、若い、若い」と笑って済まされるだろうが、あまりにもしつこいと皇帝から悪印象を抱かれることにもなりかねない。


 エドゥアルドは内心で不満をいだきつつも、皇帝の命令には大人しく従った。

 しかし、まったくなにもしないというわけにもいかなかった。

 せっかくここまで引き連れてきた、ノルトハーフェン公国軍の最新式の軍隊を、まったく活躍させないままで終わらせることには、どうじても納得がいかなかったからだ。


 エドゥアルドは軍議の場で、ノルトハーフェン公国軍が保有している野戦砲について、攻撃の要となるヴェストヘルゼン公国軍の指揮かに移したいと申し出た。


 敵将、アレクサンデル・ムナールは、元は砲兵隊の指揮官であり、砲兵をうまく使うことで評判だった。

 中でも、多数の大砲を集中運用する[大放列]という戦い方で、これまで何度も成果をあげている。


 帝国では、兵権は各諸侯に強く紐(ひも)づけされており、その保有する兵器も、諸侯の持ち物であって、ムナールのように全軍の大砲を自由自在に運用するということは、できない仕組みになっている。

だが、エドゥアルドはせめて自軍の大砲だけでもヴェストヘルゼン公国軍に貸し出すことで、ムナール将軍ほどではなくとも、部分的に砲兵火力の集中を実現したかった。


 これには、ノルトハーフェン公国軍が保有する3種類の口径の野戦砲のうち、150ミリ口径の重野戦砲、100ミリ口径の野戦砲は、その重量から戦況に応じて臨機に移動させることが難しいという理由もあった。

予備兵力であるノルトハーフェン公国軍が後生大事に抱え込んでいても、その火力が必要とされる場面で、必要とされる場所に展開することができないのだ。

 だが、初めから前線に展開しておけば、その大火力を存分に発揮させることができる。


 ヴェストヘルゼン公爵・ベネディクトは、このエドゥアルドからの申し出を、喜んで受け入れてくれた。

 ノルトハーフェン公国の軍需企業、大商人・オズヴァルトが経営するヘルシャフト重工業製の最新式の大砲の威力は、ベネディクトも高く評価している様子だった。


 そうして、すべての部署が言い渡されると、カール11世は軍議の終幕を宣言し、そして、タウゼント帝国軍は、運命の決戦に向かって動き始めた。

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