第59話:「軍議:3」

 ベネディクトとフランツは、お互いに立場をゆずらず、その後も口論をし続けた。


 2人は、水と油、対照的な性格をしているようだ。

 ベネディクトはまっすぐで裏表のない、武人らしい性格で、正面からフランツのことをなじっている。

 それに対し、フランツはのらりくらりとかわしながら、チクチクと嫌味ったらしい口調で反論している。


 個人的な好悪(こうお)を言えば、エドゥアルドはベネディクトの方が好みであったが、政治家としてはフランツの方が一枚、上手(うわて)であるように思われた。

 ベネディクトの主張には一貫性と分かりやすさがあったが、フランツの主張は多彩でバリエーションがあり、嫌味ったらしくても説得力はある。


「ヴェストヘルゼン公爵様と、ズィンゲンガルテン公爵様は、元々、仲がお悪いのです」


 公爵という、タウゼント帝国の支柱となるべき存在が口論しているという状況にハラハラとしていたエドゥアルドに、ヴィルヘルムがこれまでと少しも変わらない落ち着いた口調で耳打ちしてくる。


「お2人は、あのようなご性格ですから、これまでも度々そりが合わず、対立することがあったそうでございます。

 また、ヴェストヘルゼン公爵様には、これまで国境の守りとして軍事において多大な貢献をしてきたという自負がおありになり、ズィンゲンガルテン公爵様には、タウゼント帝国の諸侯でもっとも広大な領地を持つという自信がおありになります。


 加えて、お2人は、年が近く、互いにライバル視しておられるのです。

 お2人とも40代で、次の皇帝になるとしたら自分こそが、とお考えなのでしょう」


 そう言われてみると、確かに、その場にいる人々は困惑こそしてはいるものの、ベネディクトとフランツの言い争いを驚いている者は少なかった。


 クラウスはもうすっかり見慣れてしまっているのか、退屈そうにあくびをし、隣でケンカをされているデニスは、冷や汗を浮かべながらただただ困ったように体を小さくしている。

 他の諸侯や、エドゥアルドたちの対面に腰かけているアントンら将校団も、やれやれ、と呆れた様子だった。


「プロフェート殿。

 そうやって教えてくれるのはありがたいのだが、今は、この口論を収める方法を聞かせてはくれまいか? 」


 エドゥアルドはこんな時でも柔和な笑みを崩さないヴィルヘルムに、少し怒ったような視線を向けた。

 他の人々にとっては[これが日常]なのかもしれなかったが、エドゥアルドにとっては、帝国の屋台骨を揺るがしかねない事態なのではないかと、心配だったのだ。


 なにしろ、エドゥアルドにとっては、今回が初陣なのだ。

 皇帝や諸侯に対してエドゥアルドの実力を示し、また、内政と外交において人々から信頼を勝ち得たエドゥアルドが、軍事でも人々から信頼を得るために、重要な機会なのだ。


 その大切なチャンスを、他の公爵家の対立によって台無しにされたのでは、たまらない。


「ご心配には及びませんよ、殿下。

 間もなく、ことは収まりましょう」


 しかし、やはりヴィルヘルムは柔和な笑みを浮かべたまま、自信ありげにそう言うだけだった。


────────────────────────────────────────


「皇帝陛下の、お越しでございます! 」


 ヴィルヘルムの言葉を信じたエドゥアルドが待っていると、ほどなくして、天幕の外から、カール11世の侍従がそう声を張りあげた。


 その侍従の声を聞いた諸侯も将校団も、一斉に席から立ちあがって、皇帝を出迎える姿勢をとる。

 元々、侍従が大声で皇帝の到着を知らせて来たのは、事前にその場にいる人々に皇帝を出迎えさせる準備を整えさせ、万が一にも皇帝に対して不敬にあたることが起こらないようにという配慮によるものなのだ。


 皇帝の侍従は、天幕の中にいる人々が皇帝を出迎える準備を整えるのに十分な時間をとってから、天幕の入り口を開いた。


 すると、皇帝、カール11世が、ゆっくりと杖をつきながら天幕の中へと入って来る。

 そしてその瞬間、居並んだ諸侯や将校たちはみな、深々と頭を下げ、皇帝を出迎えた。


 カール11世は茫洋(ぼうよう)とした様子で居並んだ臣下たちを見渡すと、特になにかを感じた様子もなく表情を変えずに、入って来た時と同じようにゆっくりとした足取りで天幕の奥へと向かって行った。

 深く頭を下げたままのエドゥアルドの耳に、段々と近づいてきて、通り過ぎていく、皇帝の足音と杖の音が聞こえ、やがて、皇帝が自身のために用意されたイスに腰かける音も聞こえてくる。


「みな、座るがよい」


 皇帝の席についたカール11世が短くそう述べると、諸侯と臣下たちはそこでようやく顔をあげて、イスに腰かける。


 席次を争っていたヴェストヘルゼン公爵とズィンゲンガルテン公爵だったが、結局、フランツがゆずらないまま、もっとも上座に座り続けていた。

 ベネディクトはそれが不服そうではあったものの、皇帝の前であからさまに不満を口にすることはせず、黙ってフランツの下座に甘んじる様子だった。


(なるほど。

 これが、皇帝というものなのか)


 エドゥアルドは、ヴィルヘルムが言っていたようにあっさりと、表面上は2人の公爵の対立が解消されてしまったことに感心していた。


 皇帝、カール11世。

 エドゥアルドはカール11世に対して、凡庸な人物であり、皇帝と聞いて誰もが思い描くような覇気を持たない、皇帝らしくない存在だと思っていたが、やはり、カール11世は皇帝なのだと、そう思い知らされるような気分だった。


「みなの者、参集、大義である。

 諸侯らの忠誠、朕は、まことに嬉しく思うておる。


 親しく言葉を交わしたいところではあるが、しかし、時はすでに夜であり、ことは、軍事に関わることである。

 さっそく、軍議の方を、始めたいと思う」


 やがて、カール11世が物憂げな口調でそう言うと、将校団を代表してアントン・フォン・シュタム大将が立ち上がり、現在のアルエット共和国の状況について説明をし始めた。

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