第58話:「軍議:2」
まだ軍議の場に姿をあらわしていなかった2つの公爵家のうち、先にやって来たのは、ヴェストヘルゼン公爵、ベネディクト・フォン・ヴェストヘルゼンだった。
ベネディクトは43歳の男性で、オールバックにした黒髪と立派な口ひげとあごひげを持つ、体格の良い、いかつい印象の人だった。
その表情は岩を思わせる険しさで、多くの貴族が少なからず持っている優美さよりも、自ら陣頭に立つような武人然とした雰囲気を持っている。
だが、ベネディクトは立ち上がって出迎えたエドゥアルドの姿を見ると、意外なことに気さくそうな笑顔を見せた。
「おお、貴殿、もしやノルトハーフェン公爵の、エドゥアルド殿ではないか? 」
「はい。
お初にお目にかかります、ヴェストヘルゼン公爵、ベネディクト殿。
ノルトハーフェン公爵、エドゥアルドと申します」
気難しい性格かと思えば、初対面のエドゥアルドにも親しそうな態度を見せるベネディクトの距離感の小ささに、エドゥアルドは少し戸惑いながらもなんとか形通りの挨拶をすうことができた。
そんなエドゥアルドに、「おお、おお、やはり、貴殿が! 」と嬉しそうに呟きながら近づいて来たベネディクトは、エドゥアルドの前に立つとその大きな手でバシンバシンとエドゥアルドの肩を叩く。
「わしは、貴殿の父君とは戦場でくつわを並べて戦った戦友であったのだ。
父君は、よく、故郷に残して来た貴殿のことを話しておられたぞ。
それで、わしも1度、貴殿と話をしてみたいと思っておったのだ。
いや、なかなか、若いながらも立派ではないか!
勇敢な武人でもあった父君に負けぬよう、貴殿、励めよ! 」
「は、はい。
僕、いえ、私(わたくし)も、お会いできて光栄でございます」
エドゥアルドにとってベネディクトは初対面の相手であったが、ベネディクトの態度は、なんというか、[親戚のおじさん]に近いものがあった。
もっとも、エドゥアルドにはそんな親戚はいなかったので、彼はただ、戸惑うしかない。
(いったい、なにを考えておられるのだろう……? )
そして、わけがわからなくなると、そんな風に疑念も出てきてしまう。
ベネディクトがこんな風に親しそうにエドゥアルドに接したり、エドゥアルドの父親とは戦友であったのだとわざわざ吹聴したりするのは、なにか思惑があってのことなのではないかと思えてきてしまう。
エドゥアルドは愛想笑いを浮かべながら、ちらりとヴィルヘルムの方を視線だけでうかがうと、ヴィルヘルムはエドゥアルドにうなずいてみせる。
(大丈夫です。ヴェストヘルゼン公爵様は、元々、こういうお方なのです)と、エドゥアルドに保証しているようだった。
「ベネディクト殿。
もう間もなく、皇帝陛下もおいでになろう。
ひとまず、席におつきになられてはどうかな?
どうせこれから、同じ陣営で長く過ごすのだ。
いろいろ、話す機会はいくらでも得られるじゃろうて」
ガハハ、と豪快に笑いながら、エドゥアルドの肩をバシンバシン叩いているベネディクトに、クラウスがそう言ってそっとエドゥアルドのために助け舟を出してくれる。
「おお、オストヴィーゼ公爵、クラウス殿か。
確かに、おっしゃる通りだ」
するとベネディクトは納得したようにうなずき、残っている席に座るべくエドゥアルドから離れてくれる。
エドゥアルドがほっとしたのも、束の間のことだった。
「貴殿、席次が、違っているのではないか? 」
今までに出会ったことのない種類の人物であったベネディクトがひとまず去ってくれて、安心してため息をついていたエドゥアルドの背後で、突然、いかにも不愉快そうなベネディクトの声が響く。
「なにをおっしゃいますか、ヴェストヘルゼン公爵。
我がズィンゲンガルテン公爵家が、皇帝陛下にもっとも近しい席に座るのは、当然のことでございましょう? 」
驚いたエドゥアルドが振り返ると、公爵のために残されていた2つの席のうち、もっとも上座に、いつの間にかやってきていたズィンゲンガルテン公爵が腰かけていた。
ズィンゲンガルテン公爵、フランツ・フォン・ズィンゲンガルテンは、41歳の男性だ。
栄養状態が良いのか、血色と肉づきの良い肉体を持ち、美しいブロンドの長い髪を幾重にもカールさせた、貴族が良く身に着けているカツラをかぶっている。
その衣服も、この場に集まった5人の公爵たちの中でももっとも華美なもので、見るからに裕福で身分の高そうないでたちをしていた。
どうやらフランツは、ベネディクトがエドゥアルドと話している間にこの場にやってきて、上座を占領したらしい。
「それは、心得違いであろう、フランツ殿。
この場には、我がヴェストヘルゼン公爵家が、諸侯の中でもっとも多くの軍勢を率いてはせ参じておるのだ。
また、我がヴェストヘルゼン公爵家は、代々、タウゼント帝国西の国境を守り、アルエット王国と相対して来た。
此度(こたび)、アルエット共和国を名乗る反逆の輩(やから)に懲罰(ちょうばつ)を加えるにあたり、皇帝陛下に対し奉り、もっとも適切な助言ができるのは、わしをおいて他にはおらぬはずだ。
ならば、このわしが、もっとも陛下に近しい場所に座るのが、筋というものであろう? 」
「しかし、ベネディクト殿。
どうやら、ここにおられる他の公爵の方々は、率いて来られた兵力の順番には並んでおられぬご様子ですぞ?
加えて、此度(こたび)の出兵は、元々、我がズィンゲンガルテン公爵家が、バ・メール王国より使者を取り次ぎ、皇帝陛下に言上いたしましたもの。
いわば、我がズィンゲンガルテン公爵家こそが、此度(こたび)の出兵の第一人者でありましょう。
ならば、私(わたくし)がここに座るのが、当然でございますよね? 」
ベネディクトはそのいかつい顔に青筋を浮かべながらフランツのことを睨みつけていたが、フランツは涼しそうな顔で言う。
だが、その口調には、あからさまにベネディクトのことを小馬鹿にしているというか、煽(あお)るような雰囲気があった。
つい先ほどまでは、和やかな雰囲気であった軍議の場だったが、突然起こった2人の公爵の対立で、一気にピリピリと張り詰めた空気となってしまった。
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