第40話:「鉄道:1」

 今回、エドゥアルドが視察を行う目的は、ノルトハーフェンに新たにヘルシャフト重工業が建設する工場の、その建設開始を祝うセレモニーに来賓(らいひん)として招かれたためだった。

 ヘルシャフト重工業を経営する大商人、オズヴァルトはエドゥアルドを招くことで自身の財力と影響力を人々にアピールし、自社の宣伝につなげたいということであるらしい。


 エドゥアルドとしても、断るのは惜しい誘いだった。

 ヘルシャフト重工業はノルトハーフェン公国でももっとも大きな企業であるし、ノルトハーフェン公国軍だけではなく、タウゼント帝国の各諸侯の軍隊のために小銃や大砲を生産して納品する、巨大な軍需企業でもある。

 それと協力関係を維持しておくことは、将来的にエドゥアルドにとっても利益になるに違いなかった。


 オズヴァルトがエドゥアルドを招くために、けっこうな量の献上品を持参したという理由もある。

 彼はエドゥアルドが公爵としての親政を始めた祝いとして、最新式の大砲を1度に12門と、エドゥアルドが公国軍の再編を進めるのにあたり拡充する軽歩兵部隊のための前装式ライフル銃を1個中隊分、献上してきたのだ。


 合計すると、かなりの金額になる献上品だった。

 もちろんオズヴァルトはただ献上しただけではなく、エドゥアルドを招く他にも、自身が持っている工場の生産能力の高さと品質の良さを示し、公国の中における自身の価値を示そうという狙いもあってのことだった。


 抜け目のない、商人なのだ。


 そして、オズヴァルトがエドゥアルドに対して献上する品の目玉商品は、エドゥアルドが来賓として招かれる、工場の建設予定地でエドゥアルドたちが訪れるのを待っていた。


 それは、鉄道と呼ばれるものだった。

 蒸気の力を動力に変えて客車や貨車を運搬する機関車が、鋼鉄のレールの上を走行する、近年各国で導入と実験が進められている、新しい移動手段だった。


 どうやらオズヴァルドは、この鉄道を自社の新しい事業として拡大したいと考えているようだった。

 ノルトハーフェン公国に鉄道を敷き、馬車に代わって人や物を運搬させることで運賃の収入を得て、また、そのために必要な車両類の製造も手がけようと計画をしているらしい。


 タウゼント帝国の中では比較的工業化の進んでいるノルトハーフェン公国では、蒸気機関はすでに珍しいものではなかった。

 多くの工場や鉱山などで蒸気機関は活躍していたし、ルーシェでさえ、そういうものがあるということは知っていた。


 しかし、地上に線路をひき、その上を機関車に引かれた客車や貨車を走らせる鉄道という存在はまだ、ほとんど知られてはいない。

 産業化の先進国であるイーンスラ王国ではすでに初期の鉄道が開業し、人や物の運搬に利用されているということだったが、公国の人々はその実物をまだ目にしたことがない。


 だから人々はまだ、鉄道という存在について、その機能に懐疑的(かいぎてき)になっている。

 このままではおそらく、オズヴァルトが始める新しい鉄道事業のために必要な資金はきっと、集まらない。


 百聞は一見にしかず、という言葉がある。

 オズヴァルトは今回、その鉄道の実物を、エドゥアルドをはじめ多くの人々が集まるセレモニーで派手にお披露目(ひろめ)することによって、自身の鉄道事業を大きく宣伝し、資金集めに役立てようとしている様子だった。


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 ヘルシャフト重工業の新工場の建設開始を祝うセレモニーは、盛大に執り行われた。

 国家元首であるエドゥアルドが来賓(らいひん)として招かれたということもあり、地元の有力者たちがこぞって参加し、また、地元以外からも企業家や有力者たちが訪れたのだ。

 そしてオズヴァルトはそこで、多くの人々を前に、鉄道事業の開始を宣言した。

 これから建設を開始する工場も、その、鉄道事業のためのものだということだった。


 人々は最初、鉄道事業が成功するのかどうか懐疑的な態度であって、オズヴァルトの高らかな宣言にも反応はまばらなものだった。

 しかし、集まった人々の前で実際に蒸気機関車が動き出すと、その評価は一変した。


 蒸気機関車、といっても、まだまだ実験段階のもので、その構造は洗練されていない。

 2軸の車輪を持つ台車の上に円筒形のボイラーが置かれ、そこで石炭を燃やすことで水蒸気を発生させ、ピストンを運動させることによって巨大な歯車を回転させる。

 そしてその回転力を車輪へと伝達させることで、オズヴァルトが用意した試作型の蒸気機関車は、1両の客車と1両の貨車をひき、楕円形に敷設(ふせつ)された試験線路をグルグルと走行して見せた。


 機関車は、ガッチャンガッチャン、ピストンを動かしながら、蒸気の力で、人が小走りするくらいの速度で走り回った。

 それだけではなく、オズヴァルトは客車に来賓の人々を乗せ、また、貨車には機関車の燃料も兼ねている石炭を乗せて、蒸気機関車がそれらの重量を牽引することのできる、力強い存在であることを示した。


 さらにオズヴァルトは、数頭の馬を用意して、蒸気機関車と綱引きをさせるというデモンストレーションも行った。

 蒸気機関車の力は強く馬が数頭がかりでも引っ張ることができず、やがて馬たちはみな疲労してしまい、勝負は蒸気機関車の勝ちとなった。


 初期の鉄道のライバルとなるのは、主に馬車などだ。

 馬は古くから人間に利用されて来た存在であり、その力強さは誰もが知っていることだった。

 だから人々は、まだ見知らぬ鉄道という存在について懐疑的であり、[これまでのように、馬車でいいのでは? ]と思っていた。


 オズヴァルトはそんな人々の意識を改めさせ、鉄道の威力を示すために、あえてこんなデモンストレーションを行って見せたのだ。


 このデモンストレーションによってオズヴァルトは、蒸気機関の優位性を人々に明らかにした。

 蒸気機関は、水と燃料さえあれば馬のように疲労せず使うことができ、馬にも負けない力強さを発揮できると見せつけたのだ。


 ノルトハーフェン公国で鉄道が開業すれば、大きな利益になる。

 それを、オズヴァルトは証明してみせた。


 今まで何台もの馬車を連ねて運んでいた人や物が、鉄道が開業した区間では、たった1両の機関車によって運搬できるようになるのだ。

 その輸送のコストの低さ、そして効率は、土地を開拓して線路を敷設(ふせつ)する費用と労力を補って余りあるものだと思われた。

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