第6話 相合傘はラブコメのテンプレ

「ほんと、嫌だったらいつでも追い出してくれて構わないから」

「嫌ではないわよ。というか今更見捨てられないもの」



 結愛が開いた傘の中に、廉斗は入り込む。結愛は体の割には大きめの傘を使っていたので、廉斗も入る事が出来た。



 しかし、廉斗は男子の中でも上背がある方なので、結愛と並ぶと差が生まれてしまう。身長差的に結愛が濡れないか心配になったが、そこら辺はまあ大丈夫だろう。




「傘は俺が持つよ」

「それくらいいいのよ?」

「入れてもらうんだからそれくらいはさせてくれ」

「そういうのなら、任せるわ」



 情けを受けた身として、最低限出来る事といえば傘を持つ事だった。本当なら荷物や鞄も持ってあげたかったが、行きすぎた親切は時に相手に不審さを与えてしまうので、それは辞めておいた。




(……よく入れてくれたな)



今の状況を見ながら、本人には聞こえないように胸の中でそう呟く。まさか廉斗も承諾してくれるとは思っていなかったので、傘に入りながらも驚いている。



 おそらく希空の行動に対する責任を感じたのと、廉斗が傘を持っていないと分かった上で自分は先に帰るのが気まずかったのだろう。どちらにせよ、結愛が純粋に優しかった。




「………念のためにもう一度言っておくけど、別に傘に入れるのは嫌じゃないから。付き合ってもない男女がこういう事するのはどうかと思うけど、雨の中を走って帰ろうとする新城くんをほっとけなかっただけだから」

「分かってるよ」

「ならいいわ」



 よほど誤解はされたくないようで、詳しい説明を長々とうける。結愛は、やはり見捨てられないという親切な心意気で傘に入れてくれたようなので、器の大きさに感謝する。




 2人で1つの傘に入れば歩きにくさはあり、距離もぴったりとくっついているわけじゃないので、廉斗の片方の腕は濡れていた。パッと見た感じでは結愛は雨に濡れていなそうだったので、濡れたのが廉斗だけで良かった時ホッとする。




(……案外相合傘してる人もいるもんだな)



 帰りながら道を見てみれば、学校から2人で傘に入っている人は多数いた。それはカップルは勿論のこと、男同士でも女の子同士でも、それなりに数がいた。そのせいか、そこまで視線を集める事もなく静かに歩く事が出来ている。




「………ねぇ小南さん。俺らってさ、側から見たら付き合ってるように見えるんじゃない?」

「………追い出すわよ?」

「それはごめんなさい」

「嫌ならふざけた事は言わない事ね」



 廉斗が冗談で言ってみたが、結愛はピクリとも表情を動かした素振りは見せなかった。結愛はクラスでも結構人気があるので、中学の頃からそういった経験があるのかもしれない。



 結愛と廉斗が知り合ったのは高校からなので真偽は定かではないが、今の状況を見る限りはそこまで大差ないように感じる。




「………大体、これくらいで噂ができるわけないじゃない」

「まあ確かに」



 廉斗からすれば全然これくらいじゃないし、むしろ女子と相合傘なんてするのは初めての事だ。近くを歩けばふんわりといい香りがするし、それだけで緊張感を伝えてくる。



 そういうのを意識しないようにずっと思考を逸らしてはいるが、100%意識しないようにするのは無理だ。



「………私も、これくらいってわけではないけど」



 廉斗の心の声がひしひしと聞こえてくるので、結愛も似たような気持ちだと濁しながらも言葉を発する。



 結愛がポツリと発した言葉は廉斗の耳に届く事はなく、今も尚降り続ける雨の騒音によって掻き消された。結愛の純粋さを感じさせる発言だったが、1人で空振った事もあって、一気に恥ずかしさを込み上げさせた。




「わ、私は純粋に、新城くんにお礼を言いたかったのよ。そこを邪推されても困るわ」

「……お礼?」

「そうお礼よ?」



 ちょこっとだけ顔に赤らみを帯びている結愛の顔を瞳に映しながらも、廉斗は目線を下げる。




「この前、私が倒れた時に運んでくれたの新城くんでしょ?その時のお礼を言う機会がなかったから、言っておきたかったの」

「あー俺が寝てたやつか」

「そうよ」



 何の話かと聞いてみれば、それはついこの間の事だった。廉斗が保健室に運んで、気がついたら結愛がいなくなっていた日だ。それは廉斗がうたた寝をしてしまったせいなので、結愛は何も悪くはない。



 そこにお礼と言われてもピンと来ないが、結愛が隣でこじんまりとモジモジしているので、それを眺める。




「………ありがと、」

「俺は何もしてないから」

「またそれね」

「また?」

「何でもないわ。」



 結愛が廉斗に伝えようとした事は何かは分からなかったが、若干不満そうな顔をしていた。不満というよりかは納得がいっていないといった方が表現としては近く、唇をムスッとさせていた。




「……てか大丈夫だった?」

「ただの疲れだって言われたわ。けどもう平気よ」



 話を変えるように症状を心配すれば、結愛は平気そうな顔で答える。あれから数日経ったので、体調はすっかり元通りになったようだった。



 まあ元通りの体調も悪い可能性もあるのでそれだけでは当てにはならないが、本人が大丈夫というなら大丈夫なのだろう。




(だけど、疲れが溜まるほどの何かがあったのか?)



 廉斗の中ではそんな風に思考が回っており、疲れが溜まった原因が気になった。だけどもそれを聞くのは失礼な気がした。相手の必死な事に無関係な人が口を挟んでも良いのかと。




「変に気遣おうとしなくていいわよ。これは私個人の問題だから」

「まあ何にしろ、次は倒れないようにしなよ?小南さんは背負いすぎる所がありそうだから、」

「………分かってるわよ!」



 結愛は根が優しいので聞いたら教えてくれるかもしれないが、一段と顔色が悪くなった所を見るに、複雑な事情がありそうだ。



 ただ本当に疲れが溜まっただけで何の理由もない可能性だってある。だが、あの落ち込みようは理由があるようにしか見えなかった。




「見てママー!あの人達相合傘してるよー!すごく仲良いねー!」



 廉斗の家の方へと歩いていれば、後ろからそんな大きな声が聞こえてきた。明るくて無邪気な可愛らしい声。それを耳にした廉斗と結愛は、チラッと後ろを向いた。




「あら本当ね!きっとお付き合いしてるのよ!微笑ましいわねー!」 

「ほほえましい?」

「あははは。まだ難しかったかな?」



 仲の良さそうな親子は、親が傘、子はカッパという防寒具で雨の中を歩いており、こちらの方が見ていて微笑ましかった。




「ねぇねぇ!私もママと相合傘する!」

「はーい一緒に入ろうねー!」



 いつからか忘れてしまった無邪気さを全開に広げており、カッパを着た女の子は隣にいる母の方へと駆け寄っていった。




「俺ら、付き合ってるって思われたらしいよ」



 ほんの冗談のつもりだった。さっきだって似たような発言はしたし、その時は特に反応も見せなかったから平気だと思った。でも違った。顔は茹だったかのように赤く染まっており、瞳をキョロキョロと泳がせて落ち着きがなかった。



 結愛は平然さを装うつもりなのか、顔を廉斗とは反対向きの方に向け、赤くなった耳を見せながら、思考のまとまっていない言葉をぐだくだに並べた。




「そ、そうなのね、、、。う、うん、、そっ………そう見えても仕方ないかもしれないわね、、うん、」



 もはや何を伝えようとしているのか、その意図すら読めない言葉に、廉斗は考えるのをやめた。




(これは反則すぎだろ……)



 意図を読もうと顔をみれば、レッドカードでもあげたいくらいの反則級な表情をしている。美少女にとって、雨にというのは雨という名のエフェクトだった。



 綺麗な薄水色っぽさのある銀髪に顔を包まれながらも、廉斗の思考を停止させた。




「……小南さん、?」

「だって!だってだってだって!」



 普段とは似ても似つかない無邪気さを全開の口調は、廉斗にはまだ早かった。それに耐えうるための免疫や耐性は、廉斗には備え付けられていないのだ。



「お、俺、、先帰るわ」



 そうするしかなかった。あのままじゃお互いに話し始めるまでどれだけ時間がかかるか分からない。結愛のほとぼりはしばらく冷めそうにはなかったし、一つ傘の下の距離感でいるのは不味かった。



 結愛のためを思っての行動だったが、いきなり帰ってしまっては誤解を与えたかもしれない。色々な思いを脳内に浮かべながらも、廉斗は雨の中を走って帰った。



 もうすぐ冬になる日の雨には、少し上がった体温を下げるにはちょうど良かった。






【あとがき】


・本当はもっと甘くするつもりだったんですが、今後のために取っておきました。


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