第5話 雨が降る。傘を忘れる。

「おーい、雨降ってるってよ」

「まじか」



 ある日の放課後、友人である西山秀にしやましゅうと話していた廉斗は、その一言を聞いて窓の外を眺める。



 外を見てみればしっかりと土砂降りになっており、今日の帰りはびしょ濡れになる事を悟った。




「俺、傘忘れたわ」

「俺もだよ」



 今日はたまたま天気予報を見ていなかったのだが、どうやら雨の確率があったらしい。ちょうど教室から出ようと思っていた時の事だったので、外が雨だと分かると急に足が重くなった。




「秀、お前どうすんの?」

「俺はこの中を駆け抜けていく」

「馬鹿だなぁ」

「だってこの後ずっと降るらしいぜ。時間が経てば周りの気温も下がってくるし、雨も強くなるかもしれないじゃん。なら早めに帰った方が良くね?」

「そうだけどよ」



 階段を降りながら、秀とそんなやり取りを行う。確かに秀の考えも一理あった。どうせ濡れるなら早めに帰ろうという考えで、傘を忘れた廉斗達にはちょうど良かった。




「誰か傘の予備持ってねぇかな〜」

「持ってないだろ。人に貸す事を予想して持ってくるやつがどこにいんだよ」



 そんなお人好しがどこにいるのだろうか。1人で責任を全て背負おうとするお人好しには心当たりがあるが、傘の予備を持ち歩くお人好しには心辺りがない。




「じゃあ誰かに入れてもらうか?」

「俺の帰り道に知ってる人はいない」

「そっかぁ」



 生憎と、廉斗と同じ方向の帰り道に顔見知りはしない。知人程度なら付近を通る人がいるかもしれないが、そこまで親しくない人と同じ傘に入ろうとは思わない。




「やっぱり走るしかないか。」

「脳筋だ」

「お前もそれしか方法ないけどな」

「………まぁ」



 今の廉斗には、それに頷くしかなかった。極力濡れたくないので止むまで待ちたいが、いつまで待つ事になるか分からない。



 軽いため息を溢しながらも、生徒用玄関に立って、雨の威力が弱まるのを待つのだった。




「俺はもう帰るけど、廉斗はどうすんの?」

「んー、俺はもう少し待ってみようかな。少し待てば止みそうだし」

「止むか?これ、」

「少しだけだから、流石に長時間待つつもりはない」



 いくら濡れたくないとはいえ、制服を洗濯してお風呂に入ればこれといって問題はない。制服の洗濯は面倒だが、ここで長時間待つよりはマシである。



 少し待って弱まる気配がなければ、廉斗も秀と同じようにこの土砂降りの中を走って帰るしかない。




「あそう。じゃ先帰るわ」

「おう。気をつけて」

「うーす」



 すでに帰る決断をした秀は、勢いよく駆け抜けていった。こうして客観的に見てみると、秀が雨の中を駆け抜けていく姿は、元気な男の子そのものにしか見えない。



 もうしばらくしたら自分もそんな目で見られるのだから、雨が止むのを願うばかりである。




(くそー、何で傘忘れたんだよ!)



 胸の中でそう叫びながらも、自分の出来の悪さを痛感するばかりだ。




「あら?新城くん?」



 生徒用玄関に立っていれば、後ろから澄んだ綺麗な声が聞こえて来た。




「あ、小南さん。それから古水さん。どうも」



 声に反応して振り向けば、そこには結愛と希空の2人がいた。どうやら今から帰るようだった。靴に履き替えた結愛は廉斗の方に近づいて、パチパチと瞬きをした。




「新城くんは傘でも忘れたの?」

「よく分かったね」

「………あ、雨の日にそんな所に突っ立てればすぐに分かるわよ!」



 謎に強い当たりに少し困惑を見せながらも、廉斗は今立ってる場所からさらに一歩引いて、道を通りやすくした。


 


「結愛ちゃん、そんな強い言い方したら駄目じゃない」

「希空ちゃん?ちょっと楽しそうな顔をしてるのは何故なの?」

「別に理由はありませーん」

「あ、誤魔化した」



 廉斗の空けた道を通りながら、2人はそんな会話をしていた。本当に仲が良いんだなぁと思いながらも、一向に止む気配のない雨に嫌気は増すばかりだ。




「結愛ちゃん、新城くんの事を傘に入れてあげなくていいの?」

「の、希空ちゃん!?」



 廉斗の耳に声が聞こえないくらいの距離に行った2人は、立ち止まってひそひそと何かを話している。当然廉斗には何の話か分からない。




「何で私が新城くんを入れないといけないの!」

「え、だって可哀想じゃない。この中を傘無しで帰ったら、絶対風邪ひくよ?」

「それはそうかもだけど……」

「いいの?結愛ちゃんは彼を見捨てて」

「見捨てるって、大袈裟よ、、」



 見捨てるといえば見捨てるというのかもしれないが、傘を忘れた事に関しては廉斗の自業自得だろう。それを結愛がフォローする理由はないし、必要もない。


 

 したいかしたくないかでいえば、話は別になってくるが。




「………そういうのは付き合ってる男女がするものでしょ?私と新城くんはそんなんじゃないわ。ただのクラス委員。それだけなの!」

「ぶっー!結愛ちゃんのケチー!」

「……予備の傘を持ってれば貸すけど、」



 いつになく希空が元気なので、変な方に向かないように予備の傘を持っていないか確認する。いつもなら折り畳み傘をカバンに忍ばせているのだが、前回使った時から鞄にしまい忘れていたので、今日という日に限って入っていなかった。




「持ってないわね。仕方ない。……希空ちゃん、帰りましょ?新城くんには悪いけど、、、」



 結愛がそこまで話せば、希空からの返答や反応がない事に気がついた。




「……希空ちゃん?」



 結愛が周りを見渡せば、先程まで横にいた希空は姿を消していた。結愛が折り畳み傘をさがしている時に、どこかへ行ってしまったようだった。




(希空ちゃん、もしかして、、)



 思い当たる節なんて一つしかなかった。パッと勢いよく後ろを振り向けば、希空は明るい表情で廉斗の隣に立っている。



 結愛がそれに気づいた時には、時はすでに遅かった。




「新城くん!傘無いんでしょ?だったら結愛ちゃんと一緒に帰って、傘入れてもらいなよ!」

「……は?」



 ずっと2人でこそこそ話していたかと思えば、希空がニヤニヤして近づいて来て、廉斗にそんな要求をしてきた。



 突然の出来事に、廉斗には戸惑いしか浮かんでいなかった。なので、ひとまず要求の再確認を行うことにした。

 



「俺と小南さんが一緒に?」

「そう。駄目?」



 再確認した結果、廉斗の聞き間違いではないらしい。傘を忘れた事で、まさかこうなるとは予想もしていなかった。



 しかし、廉斗にはすんなりと頷けない理由がいくつかあった。もちろんその提案は傘を持たない廉斗にとっては感謝でしかない。だが、多分だけど廉斗と結愛は帰る道が違う。



 それに、結愛が自らお願いしに来てない所を見るに、希空が勝手に言っているのだろう。彼女が何を考えているかは分からないが、状況から見て間違いではなさそうだ。



 ただ一つ思うのは、お願いされた側が拒否するのは、あんまり良くないという事だ。だから判断は結愛や希空に任せる事にした。




「………帰り道とかも違うし、迷惑もかけると思う。でも俺が断るのは小南さんに失礼な気がする」

「じゃあ決定ね!」



 一応廉斗の今の心情を素直に話したのだが、希空には聞こえていなかったのか、凄まじいスピードで返答が行われた。



 そして、廉斗にそれを告げた希空は、今度は結愛の方へとまた戻って行った。




「結愛ちゃーん!新城くんと帰ってあげてね!」

「……希空ちゃん?何してるの?」

「んー、お手伝い?」

「何のよ!………というか、私の話を聞いてなかったの?」

「きゃー!結愛ちゃんが怒ったぁー!逃げろー!」

「ちょっと!希空ちゃん?」



 自分の役割を果たしたと思った希空は、廉斗と結愛から詳しい追求がある前に、勢いよく傘を差して雨の中へと消えていった。




「どうするのよ、これ」

「小南さんは、気にせず1人で帰りな?」



 顔に笑みを浮かべながら、結愛の顔を目に入れる。申し訳なさそうな表情をしつつも、廉斗の事を心配するような瞳をしていた。それは瞳だけでなく、言葉としても出てきた。




「………新城くんはどうするのよ」

「どうするっていうか、元々この中を走って帰る予定だけど?」

「それじゃ風邪引くじゃない」

「でも小南さんに迷惑はかけたくないから」



 廉斗は、結愛にとって迷惑になる事はしたくなかった。彼女はきっと優しいから、希空に言われた事も含めて悩んでいるのだろう。



 それなら廉斗が断った方が良い。お願いされた側が断るのはおこがましいと思ったが、それが相手にとっては面倒になるかもしれない。



 結愛が廉斗の事を好きならまだしも、その気配はない。むしろ他の人に比べて当たりが強いくらいなので、嫌われてはないと思うが、好きだなんてあるはずがない。



 廉斗が濡れるだけですべて平和に解決するなら、喜んで濡れる。てか、こんな事なら秀と一緒に帰っておくべきだった。




「べ、別に迷惑じゃないから!」

「え?」

「だから、新城くんの事を好きとかそういうんじゃないけど、迷惑でも面倒でもないから!」



 結愛はまるで廉斗のこころを読んでいるかのような返答をして、ひょいと傘を開いて振り向いた。




「いっ、一緒に帰るんでしょ?早くしてよね?」



 その表情がどこか初々しく、ほんのりと上気した頬が廉斗の心臓に大打撃を与えた。






【あとがき】


・1話の結愛ちゃんと希空ちゃんの立場が完全に逆転している……。てか希空ちゃんこんなキャラだったか?



これからどんどん可愛いくしていきます!多分!

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