第17話 ショッピングモールのデート
やって来たのは近くのショッピングモール。
ブランドショップがこのモール全体に配置されている。
庶民の俺は、場違いだと見下される高級のショッピングモールだ。
構造としては、1階から3階まではブランドショップ。4階はカフェテリア。5階は映画館になっている。言うまでもなく、おしゃれなショッピングモールだ。
そんなショッピングモールに着いた俺たちは、階層順に回ることになった。
まずは一階にあるとある店のブランド鞄店へと入り込んだ。
愛香はいくつかのバックを手にするが、どうにかまんざらでも無い様子でいた。
そして、気に入ったバックを見つけた、愛香はある皮の鞄を手に取ると、鏡の前に立つ。
そのピンク色のショルダーバックを肩からかけ、角度を調整しながら、鏡を見る。
自分と合っているかを確認していた。
「この皮のバックどう思う?」
「色が鮮やかすぎないか?黒いシャツに合わせるなら、黒いバックの方がいいのでは?それに黒色であれば、目立たないし、遊び用ではなくて、仕事用にも使えるぞ?」
「ふむ、あなたの案もいいわね」
愛香がそう言うと、チラッと黒いショルダーバックを一瞥する。
そして、ふむ、と考え込む。
どうやら、あの黒いショルダーバックにも気に入ったようでもあった。
そんな悩みを数秒後、ようやく彼女は口を開く。
「ええ。決めたわ。両方とも買うわ」
「うわ、さすがお金持ち。行動がえげつない」
「ふふふ、片方は愛莉にあげるわ」
「わーい!ありがとう!愛莉お姉ちゃん!」
愛香はどこか勝利をしたかのように微笑みを浮かべていた。
いや、なんの競争だよ?勝利なんだよ?センスの競争か?愛莉のお礼を言わせた方が勝ちか?
なら、俺の負けでいいよ!
と、まあツッコミを入れていると、次の店に行く。
今度は2階にあるブランドファッションショップだ。
愛香はいくつかのシャツを選ぶと、試着室に消え去った。
そして、数分後に試着室に出てくると、ポーズを取る。
「これ、どう思う?」
「ふむ……」
愛香はピンク色のスウェットをトップに、茶色のデニムズボンにボトム着用していた。いつも清楚で黒を着用しているイメージはなくなり、プライベートで遊びに行くには打って付けの格好になっている。
「似合っているな。どこかでプライベートに遊びに行く格好だな。ピンク色のスウェットが黒髪と抜群に合っているな」
「そ、そう。ありがとう」
彼女はそう言うと、ほんの僅かに言葉を詰まらせながらもお礼を言う。
ふむ。普段もこんな素直であれば可愛いのに。こやつめ、もっと照れるが良い。
俺がそうニヤニヤしていると、突然、愛香はスイッチを手にして、首輪から電気ショックが走る。
「あら、嫌だわ。手が滑った」
「ぎゃあああああ」
絶対わざとだろ!なんでだよ!俺が何か悪いことしたって言うのだよ!
俺は床を踊り出す。店員はそんな俺が狂っている様子を見ながら、「どうしましたか!お客さま」と驚いた様子で眺める。
しばらく、電気ショックが終わると、俺は店員に「すみません。ただの発作です」と言い訳をした。
その様子で愛香を楽しそうに眺めてから、口を開く。
「ごめんなさいね。ちょっと、あなたの目つきが非常に気に入らなかったから」
「理不尽すぎるぜ☆」
なぜか、理不尽に慣れた俺は、嬉しそうにしていた。
……やばい、マゾヒスト属性が目覚めてしまった。このままだと、俺は本当のドMになってしまいそうだ。
ブランドショップを後にすると、俺たちは4階のレストランで休憩することになった。丁度13時になった今、遅い昼食をとる事になった。
レストランに入ると、俺たちは日替わりランチ、パスタセットを注文する。数分後に出て来たのは、真っ白なカルボナーラだ。
俺はフォークでパスタを巻き上げると、真っ白なパスタの麺はキラキラと輝いている。黄金を入れたのかと、勘違いさせるほどの色だ。
覚悟を決めて、パスタを口に運ぶ。噛み砕くと、コクリ、と飲み込む。
「うおおおお!うまい!こんなパスタは初めてだ!」
それは甘美だった。言語化が完全に死んでしまった。俺はうまいうまいとしか言えがなかったのだ。パスタのクリーミーさと、麺の歯応えは完璧な硬さだった。
口に入れるだけでとろけそうな味に、噛めば噛むほどもちもちさがある。
今まで、食べたパスタで最高のパスタであった。
「ふふふ。子供みたいだね」
「子供で十分!美味しいものは美味しいんだ!ね、愛莉ちゃん!」
「うん!このパスタすごく美味しいよ!愛香お姉ちゃん!」
愛莉はにぱーと、笑みを浮かべている。
彼女は無垢で、素直で、健気で、素晴らしい性格をしている。
愛莉の性格に思わず、こちらもにっこりになってしまうのだ。
「このロリコン」
「どうしてだよ!」
俺は取り乱して、机をパンと叩くと、愛香はジト目で俺の方に向けていた。
その後、俺たちはデサートのジェラードアイスを食べる事になった。
と、美味しいデサートを食べたところで、愛莉が立ち上がる。
「わたし、トイレ」
「はい。いってらっしゃい」
「うん。行ってきます」
たったったっと小走りで走っていく愛莉。
少し危なかしいが、俺はその姿を見守ることしかできなかった。
「で、どうして学校に行かなくなったのかしら?何があったの?」
「く……」
「古傷を責めるようで悪いけど、私には知る権利はあるわ。なぜならば、あなたをこの東京美高等学校に推薦したのだから、引きこもりの事情を話しなさい。ポチ」
愛香は俺の方に向けて指を刺す。
その指摘は正しい。愛香があっての、高校生活だ。俺はこの東京美高等学校に入学できたのは、彼女のおかけでもあった。そんな恩人に俺は誤魔化すことは出来なかった。
何より、俺が学校に行かないと、愛香への知名度が下がる。
だから、俺は引きこもる原因を言葉に起こして伝えた。
「……失恋した」
「失恋ですて……ぷ」
愛香はそう言うと、破顔になり、プルプルと肩を震わせた。
そこで、収まると思いきや、どんどん肩を振わせていると、馬鹿みたいに大声を出して笑い出す。
「ぷははは!失恋ですて!失恋!今の時代に失恋して引きこもる人がいるなんて。今時はやらないわよ。ぷははは!」
「う、うるさいな!相当ダメージを受けているんだぜ!」
「それは失礼しました」
ぷくくく、と愛香は笑えを堪えて、鼻で笑う。
くそ。この女。俺の純愛を馬鹿にしやがって、いつか、殺すぞ。
俺は苦虫を噛み潰したような顔を作りあげた。
「まあ、あれですね。天才様でも恋沙汰には運がないものですね」
「ああ、そうだ」
「なら、こうしませんか?」
愛香は右手で俺の右手の上に置く。その手の温もりは暖かく、俺の心の痛みが和らげていった。
俺は一体何事か、と首を傾けると、彼女は微笑みながらこう語る。
「私とお付き合いしませんか?」
「はあ?なんで?」
「恋の病は恋で治せ、と言うのではないでしょうか?あなた、なら何とかやっていけそうと思いますわ」
「は、冗談ならそこまでにして……」
……置け、と言うとするが、俺は言葉を失う。
なぜならば、彼女はぎゅうと、俺の手を握りしめると共に微笑みを浮かばせる。
彼女は本気なのか?もしかして、彼女は脈アリなのか?
俺はそんな彼女の手に左手で乗せようとすると……彼女は自分の手を退けた。
「ええ。冗談ですよ。どうか、忘れてください」
「くそ。謀ったな!」
「ええ。謀りましたわ。私に恋を抱くなんて、勝負を挑むのですね」
「言ったな!いつか、絶対に、お前が俺に惚れさせてやる」
「ええ。期待していますわ」
そんな冗談を吐かすと、愛香は淡く微笑みかけてくる。
「では、本題に入りましょう」
「本題?ってなんの本題だよ?」
「実は、来月には国際エンデルコンクールが開催されるわ」
「ふむ。その話は聞いている」
国際エンデルコンクール。それは、数年に一度は開催される大きなコンクール。かの有名な芸術家、エンデル氏が開いたコンクールだ。
そのコンクールの大賞は芸術会の少年少女のノーベル賞とも称されている。受賞者には将来成功すると約束される。なぜならば、エンデルコンクール受賞者はエンデル財閥から助成金をもらえるのだ。
「それで、俺にこの公募に出せと?」
「ええ。そうよ。ぜひ、受賞して、この東京美高等学校の名誉をこれ以上、あげさせてください」
「お前は、東京美高等学校が好きなんだな」
「当たり前です。この東京美高等学校は私の先祖が設立した学校です。名誉をあげるのは当たり前です」
愛香はそう言うと、長い髪をほどいた。
彼女がこの学校への愛情を感じる。
俺がこのエンデルコンクールに受賞すれば、この高校の知名度も高くなる。高くなれば、この学校への転入生も多くなる。
それは彼女が狙った、シナリオなだ。
そんなシナリオに、俺はただ踊らされているのだ。
でも、不思議に俺は何も感情を抱かない。ただ、利用されているだと言うのに、俺は全く何も感じないのだ。
それより、大切なのはもう一つある。
「なあ、愛香。俺、すごく大切なことを思い出したんだが……」
「はい。なんでしょう?」
「ここのデサートもう一つ頼んでいいか?すごく美味しいだけど」
カチン、と場が凍りつける。
そうだ。俺はこのジェラードアイスをもう一杯食べたいのだ。
「ええ。もう一つでも二つでもお頼みになればよろしいじゃないですか?」
「ありがとうございます!お優しい愛香様!」
俺はジェラードアイスをもう一つ頼む。すると、ウェトレスがジェラードアイスを運んできた。
丁度、愛莉がトイレから戻って来る。
「ああ!健次お兄ちゃんがもう一つアイスを食べている!」
「半分子しようぜ。愛莉」
「うん!ありがとう!」
俺はジェラードアイスを半分にして、彼女のボールにおいたのだ・
愛莉は嬉しそうにジェラードアイスを食べていた。
スプーンでアイスを掬い口の中に入れる。その顔は幸せそうだった。子供には甘いものは相性がいいものだ。
と、俺が感心していると、愛香は微笑んでいた。
それは一枚の絵にもなる、幸せな笑みだ。
「いい笑顔だね。愛香」
「なっ!?」
俺がそう褒めてやると、彼女は取り乱す。真っ赤な顔で目線を逸らしてから、ごほんと咳払いでごまかす。デレているのは、まるバレだぜ。
わかりやすいほど動揺していた。
……このドS女にも可愛いところがあるんだな。
俺は思わず唇先を端上げていた。
「ボタン、押すわよ?」
「おやめください!お優しい愛香様!」
と、俺は頭を下げた。
おいおい、洒落にならないぞ。スイッチを入れられたら、電撃でビリビリが走るのは笑い事ではない。ここで頭を下げないと!
結局、彼女はボタンを押さず、「では、よろしい」と、放ったのだ。
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