第5話 ようこそ、東京美高等学校へ

 4月1日月曜日。

 俺はリムジン車に揺られていた。退屈に窓の外を見ていると、同じ高校の制服を纏った少年少女が一向の場所に向かって歩いている。それは同じ高校、東京美高等学校だと、すぐにでもわかった。愚民たちをこうして見下ろせるのは、気持ちいいものだ。

 ……俺はすごいだぞ!登校するのにリムジン車で登校しているんだ!すごいだろう、ワハハ!

 など、調子を乗っていると、向かい席に座っている愛香はいつものように険しい顔で注意を払う。


「いいですか?学園長はあなたの作品を見て感動したため、あなたは特別入学が許されました。しかし、あまり調子を乗らないようにしてください。くれぐれも。悪目立ちをしないように」

「へいへい。わかっているよ。それより、これ外さないのか?」


 俺は自分の首に付けられている首輪に指を刺すと、彼女は横に首を振る。


「あなたが、逃げ出さないための首輪よ。勝手に死なれたら、困るわ。あなたはこの坂本家のペットとして高校生活を送るようにしなさい」

「チッ!」

「……舌打ちは聞かなかったことにします。それに私は生徒会長を務めているので、あなたはこの私が推薦したエリートの」

「はいはい。わかっていますよ。有能な生徒会長さん」


 俺は吐き捨てるように、返事をすると、愛香は瞳を細めて俺の方を睨む。

 まあ、愛香の立場を考えればそれもそうだ。後で知った話だが、彼女の祖父がこの高校の学園長を務めている。

 俺がモナリザ・愛香(作品名)を書いたときには大喜びをしたらしい。

 どんだけ親バカなのか、不思議にも思う。

 それより、徒歩で10分通える学校なのに、なぜかリムジン車を使っているんだ?

 ほら、乗ってから3分も立たないうちに到着したじゃないか。

 そんなことを考えていると、扉が自動に開かれる。


「お嬢様。今日は昼過ぎに向かいに行きますわ」

「ええ。ありがとう。セバス。さあ、行きますわよ。ポチ」

「俺はポチじゃねえ、吉田健次だ。覚えておけ」


 はいはい、と愛香は俺の言葉に耳を傾けることなく、車から踏み出す。

 ……くそ。覚えていろよ。と、俺は愚痴を抑え込むと、彼女の後をつけるように車から出る。

 すると、目の前には大きな校門を構えている。「吉田健次、入学おめでとう」とデカデカな看板が飾られていた。それもバルーンアートで俺の名前をうまく文字を調整しているように浮かばせていた。

 ふむ。さすがは偏差値70を超えた高校だ。やることが大胆にやる。

 昨日、来た時はなかったのに、一晩で準備したのだろう。

 そして、俺はこの高校の美術部のことを思い出す。それは都市伝説のようで、この高校では、美術部員は必ずしも、あの有名な東京藝術大学に入学できる。

 つまり、美術部は化け物だ。美術を極めている連中しかいないのだ。

 そして、その化け物がこのバルーンアートを創作したのだろう。早さゆえに発想力は化け物並みだな。

 俺は、そのバルーンアートを感心すると、愛香のあとをつけるように着いていく。すると、周囲が騒がしかった。


『きゃあー坂本お嬢様よ』

『あれが坂本さまか、ふつくしい』

『おい。坂本財閥の長女が来たぜ。お前、アタックするか?』

『するかよ、命がいくつあっても足りない』


 などなど、の話声が聞こえてくる。

 みんなはその容姿と態度に騙されている。こいつの根はドSで、容赦がない女だ。

 清楚に振り回しているのは、ただ、傲慢で全てを金で解決するクソ女だ。嫌な女だよ。何より、猫を被っているぞ、この女。


『それより、後ろに着いている男はなんだ?首輪つけているぞ?』

『どMなんじゃないか?』

『それより、坂本さまの車から一緒に出てきたよ?』

『うわ、きも。坂本さんのペットなんじゃないの?』

『もしかして、転入生の吉田健次?うわ、引くわー』


 くそ、俺が好き好んで、首輪をつけたんじゃねえ。

 あのクソ女が俺につけたんだ。俺の命を10億円で売ってしまった。その罰でこの首輪をつけているんだよ。

 いつか、この女をギャフンと言わせるぜ。

 と、俺がそう思っていると、ある人が俺たちの前を立ち塞いだ。

 その少女は太陽のような黄色の髪を風に靡かせて、堂々と腕を組み、愛香の前に立つ。少年漫画のように、愛香のライバル感を出すように仁王立ちしていた。

 外型は日本人よりだが、欧米人のように鼻筋が高くなっており、空と言う青い蒼穹の双眸を持ち主だ。金髪碧眼までにはいかないが、それを彼女と喩えるのは適切でもあった。

 そんな彼女は片方の手を腰に当てて、もう片方は扇子で口元を隠す。

 絵になる悪役令嬢でもあった。

 ……うわあ、ひくわー。


「ふふふ、来ましたわね、坂本愛香」

「ちっ。めんどうくさいのが来た」

「今、なんと?」

「いいえ。ごきげんよう、仲戸川あゆみ様。今日もいい天気ですわね」


 こ、この女、舌打ちしたぞ。あの清楚な猫を被っているのに、仲戸川と呼ばれた少女に舌打ちしやがった。そして、平然に清楚の顔に戻っているぞ。

 ……仲戸川?どこかで聞いたことがあるような。特にホテルの名前とかにつけられる名前だ。

 ああ、そうか。ホテルやレンジャー施設の名前だ。もしかすると、彼女はあの有名な仲戸川グループの人間なのか?

 そう言えば、セバスも言っていたな、仲戸川は愛香様の友人だって。

 でも、なんで、愛香は舌打ちしたんだ?きっと複雑な関係なんだろうな。

 と、俺が色んなことを考えていると、今度は仲戸川は鼻を鳴らし、不機嫌に愛香を責め出した。


「随分と、ごきげん麗しゅうでございますわね。今年も盛大にやらかしましたわね。新学期と合わせて、転校生を編入するのは何を考えているのですか?」

「それはこの学校を思って行動したものですわ。それも、学園長からの許可をとっていますわ」

「その転校生の編入に、花びらの会は大慌てですわ!予算の見直し、転校生の帳簿追加、再度クラスの内訳、他諸々。どうして、あなたはいつも突然に仕事を押し付けるのですか?今回の転入生の剣は、乱暴すぎませんか?」


 二人の口論には着いていけないが、一応俺が知っている範囲で補足をしよう。

 この東京美高等学園は中学校から高校生までいる学校だ。中学生で特に志望校がなければそのまま高校生に上がることになる。

 しかも、それは部活や役割までも引き継けられる。

 例えば、中学校の時に、バスケ部に参加していたら、高校に上がっても、バスケ部のままでいられる。

 生徒会長も同じく、中学校から引き継蹴られている。高校も同じ役目を追うことになっている。

 なので、坂本愛香は中学時代では生徒会長であるため、高校に入っても自然に生徒会長の席でいられる。

 生徒会総選挙は毎年恒例で秋に開催される。その選挙の結果で会長の席が揺らぐ可能性もある。

 ……無論、俺は彼女には投票しないけどな。

 と、そんなことを考えていると、仲戸川と呼ばれた彼女は俺の方へと顔を向けて、こう自己紹介をする。


「そこの転入生。わたくし、仲戸川あゆみと申します。この学園の花びらの会の会長に所属しています。以後、お見知り置きください」

「花びらの会?」

「ええ。この学園内の式典の運営、予算、会計、帳簿の管理を行なっています。転校生の面倒を見るのもわたくしたちの役目でもありますわ」


 あゆみは花びらの会を説明すると、俺は自然に右手を顎に当てる。

 ふむ。どうやら、この学校の会計は、資産管理についてはこの花びらの会が運営しているようだ。本来生徒会が行う仕事でもあるが、この学校は大きすぎるため、こうして花びらの会が存在したのだ。

 と言うわけは、生徒会は行事に手を回しているのだろう。

 仕事の区切りはどうなっているか、気になるが、俺は芸術家だから、これ以上彼女たちの権力争いに手を出さない方がいい。


「あ、そうか。俺も挨拶しないとな。俺は吉田健次だ。よろしく」

「吉田様。本日の入学式にて、どうか皆様の前に立って挨拶していただけませんでしょうか?高校の転入生はあなた一人なので、どうか挨拶をお願いいたします」

「えー。やらなければダメ?」

「今後の学園生活を考慮しますと、人間関係を構築するのに必要かと思ますわ」

「ちぇ。わかったよ。挨拶スピーチなら、やるよ」


 めんどうくさいな。俺は挨拶しても意味ないだろう。

 だって、俺は罪人だ。罪を償うには死ぬしかない。だから、友人は少ない方がいい。あるとしても、俺を同情しない人間が欲しい。千花のように繊細で可愛い女の子はダメだ。

 ああ。いいこと思いついたぜ。俺があれを披露すればいい。

 うん。ありがとう、ルノワール先生。あなたのおかげで俺は卑劣なになれるのだ。


「よかったですわね。吉田さん。これで友達が増えますわね」

「ぶっ殺すぞ。この女…………」

 

 愛香はパチパチと笑っていない笑顔で拍手をすると俺はあゆみに聞こえない音量で俺は愛香を罵しり、眉間の皺を寄せる。

 このドS目。いつか痛い目に合わせてやる。レイプしてやるよ。

 と、冗談はそこまでに置いておいて、まじめな話に顔を戻す。


「では、吉田様。わたくしが案内いたします。諸手続きが必要なので、どうかご協力のお願いいたします」

「はいはい。わかりましたよ。仲戸川のお嬢様。じゃあ、愛香。俺はここで失礼するよ」

「ええ。お気を付けください。あと、行動を慎むように。私の顔に泥を塗るような行為はしないでお願いします」

「わかったよ」


 ……大丈夫だ。問題ない。すぐにでもこの学校から追放されてやるさ。

 俺はそう返事すると、あゆみは「では、こちらへ」と俺を案内するように、前へと進んでいく。

 それにしても、この学校はかなり広くていい場所だ。千代田区にあると言うのに、こうも建物が5つもある高等学校は珍しい。しかも、グラウンドも存在している。どれだけの金があるのだろうか。と、俺がこの学園の雰囲気を堪能していると、前に歩いているあゆみはぽそっと言葉を漏らす。


「あなたは……」

「ふむ?」

「あなたはどうして、この学校に転入しに来たのですか?やはり良い大学へ進学するためでしょうか?話によりますと、あなたは芸術の才能を持っているので、東京藝術大学を目指しているのでしょうか?」


 あゆみは歩んでいる足を止めて、ぐるっと回り、こちらに向いた。

 最初は何かの興味範囲での質問だと思ったが、どうやらそうではないらしい。彼女の眉間を寄せて、綺麗な顔でこちらを問いただしている。

 その青い双眸から俺に本心を求めている。

 この学園の美術部は、さっきも説明した通りに、東京藝術大学を目指すものがここから卒業している話は有名な話だ。

 けど、俺は進学のことを微塵にも関心がない。

 俺が求めているのは、一つだけだ。

 それは……


「いや。進学には興味はない。俺がここに転入したかったのは他の理由があったからだ」

「なら、なぜですか?」

「俺は、ただ知りたかっただけだ。美とは何か?」


 ……美を知りたかったからだ。


 俺はそう答えると、桜の木を見つめる。

 もう、花びらは散って、桜の美しさは枯れてしまった。もしも、ここに桜が満開していたら、どれほど美しいのかを想像して見る。

 俺は瞼を閉じて、スーハーと息を吸う。かすかな、桜の匂いが鼻腔をくすぐる。花びらが全て散っても、俺の瞑想の中には確かに桜は咲いている。

 それは綺麗な綺麗な桜の満開している木があった。


「美……でしょうか?」

「ああ。美だ。美の意味を知るためにこの入学した。俺の知り合いが、この学園に「美」があるって言っていたんだ」


 俺はそう答えると、元の恋人、千花のことを思い出す。

 千花はどうしても、この東京美高等学園に入学したかった。


 ……ねえ、健次くん。この高校にはね、「美」があるんだ。


 千花の言葉に、俺は眉を細める。

 美についてはなんなのか、わからなかった。芸術家の俺は、そんな意味を迷走している。彼女は何を意味して、美があると言ったのか、わからなかった。

 そして、今更、彼女から答えを見出すことはできない。

 

 ……死人には口無し。まさに、このことであった。


「その答えを求めるためにここへ来たのですか?」

「ああ。たったそれだけだ」

「……おかしな人ですわ」

「だろ?だから、俺には近づかない方がいいぜ。火傷するぞ?」

「そのナンパは、今更流行りませんわよ?」


 クスリ、とあゆみは笑う。俺の冗談には少し乗ってくれたのだ。

 よかった、俺の冗談が効いた。さっきから、ムッとしているから、冗談が効かない人間だと思っていたのだ。

 その後、俺は職務室に案内される。教科書を何冊か渡され、分厚い資料が何冊かカバンの中に収まる。

 明日に行われる授業には問題なく、ついていけそうだな。

 と、俺は胸を撫で下ろして、感心する。

 だが、この後に行われる挨拶はどうしても慣れない。大人数の生徒の前で自己紹介をしなければならないのは、どうも慣れない。

 けど、やらなければならないらしい。

 こうなったら、ルノワール先生の言葉を引用してスピーチするか。

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