35話・大公妃の暇潰し
大公妃メラリアはフィーリアの母方の祖母の妹である。歳の離れた末妹は両親からも兄姉からも甘やかされて育った。願って叶わぬことなど何ひとつない。これまで誰もメラリアを本気で諌めることはなかった。
若い頃は愛らしい容姿と女王のような振る舞いで数多の男性を魅了した。結婚相手であるモント公国の大公も彼女にベタ惚れで、我が儘を許し、悪戯の後始末を請け負ってきた。
何でも言うことを聞く夫は豊かな国の国家元首。
愛と富、権力、美しさ。全てを手に入れた彼女は何の不満もないはずだと周りは思うだろう。
しかし、メラリアは満たされていなかった。
順風満帆過ぎる人生は刺激が無く、彼女はいつも退屈していたのである。
「大叔母様が今までされてきたこと、周辺諸国の王は気付いております」
「まあ、あたくしが何をしたというの」
まだ頭を下げないフィーリアに対し、メラリアは苛立ちを覚えていた。姉の孫だからと目を掛け、可愛がり、先日も結婚相手を自分で選べるようにとわざわざ痺れ薬を用意してやったのだ。礼を言われこそすれ、責められる筋合いなどない。
「二十年ほど前、サウロ王国とユスタフ帝国が停戦協定を結ぶために設けた会合で使者を攫い、監禁なさいましたよね。そのせいで停戦は成らず、戦争は更に数年長引きました」
カラバスとヴァインが「えっ」と同時に声を上げた。過去に二国間で起きた戦争は大陸で知らぬ者はいない。その戦争に目の前の貴婦人が関わっていたというのは初耳だ。
「アステラ王国とロトム王国が揉めているのも大叔母様が外交担当に圧力を掛けていらっしゃるから」
フィーリアの言葉にメラリアはそっぽを向き、フンと鼻を鳴らした。だが否定はしていない。
「他にも色々と悪戯をされていますよね。全て大公様が揉み消し『なかったこと』にされておりますが」
退屈凌ぎに
妖艶な大公妃は災厄を撒き散らす悪女であった。
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