30話・杯の中身

 フィーリアの言葉に、大公妃メラリアはクッとわらった。


「何を言ってるのフィーリア。あなたこそ自分の悪事を暴露されたら困るのではなくて?」

「わたくしに後ろ暗いことなどありません」

「あぁら、そうかしら。あなた、?」


 決闘前日、メラリアがフィーリアに渡した小瓶の中身は痺れ薬。勝敗を左右する効果がある代物だ。


 主人あるじが怪しげな薬を飲まされたと聞いて、カラバスは慌てて闘技場を見下ろした。まだ戦いは続いており、ローガンの猛攻をラシオスが防いでいるところだった。防戦一方だが普通に動けている。盛られた薬はごく微量だったのだろうか、とカラバスは首を傾げた。


「あたくしはあなたが望む結果を手助けしようとしただけよ。あたくしを断罪するのなら、同時にあなたも断罪されることになるわ。その覚悟はあって?フィーリア」


 婚約者の座を賭けた決闘という女性を戦利品のように扱う王子たちにお灸をすえるつもりだったのか。決闘の結果を裏で操作して、フィーリアの望む相手を勝たせたかったのか。


 しかし、どちらも違うとフィーリアは知っている。


「頂いた薬は使っておりません」

「なんですって?」


 フィーリアは小瓶を取り出した。蓋の封は剥がされておらず、中身は減っていない。


「馬鹿な。では、ラシオス王子は何故……」


 最初に膝をついた時点で、メラリアは薬が盛られたのがラシオスだと思った。


「簡単なことです。決闘前に渡したさかずきにはごく少量のお酒を入れただけですから」


 そこでようやくカラバスにも合点がいった。


「うちのラシオス様、お酒にめちゃくちゃ弱いんですよ」

「でも、今は普通に動けてますよね?」


 ヴァインの指摘はもっともだ。酔って足元が覚束なくなるほどなら、あんなに動けるはずがない。


「酔いが回ると逆に動けるようになるんです」

「はぁ?」


 メラリアとヴァインが同時に間の抜けた声を上げた。

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