第5章 王子と王太子

19話・秘密のお茶会

 決闘前日、広大な庭園に建つ離宮のひとつにフィーリアの姿があった。この離宮には他国からの招待客が滞在している。お茶会の名目で個人的に呼び出された彼女はドレスの裾を摘んで身体を屈めた。


「そんなに畏まらなくて結構。あたくしと貴女の仲でしょう?」

「はい、大叔母様」


 大叔母様と呼ばれたのは四十代後半の妖艶な貴婦人である。彼女はフィーリアに向かいの椅子を勧めて座らせ、侍女にお茶を運ばせた。他には誰も招かれていない。人払いが済めば広い客室に二人きりとなる。


「ねぇフィーリア。貴女を巡って二人の殿方が争うなんて悲劇よねぇ?」

「ええ、まあ……」

「ラシオス王子との婚約は物心つく前に決められたのでしょう?決闘を申し込んできたローガン王子だって最近知り合ったばかりの御方。どちらが勝つかで貴女の人生は変わってしまうのよ。それでよろしいの?」


 俯くフィーリアをよそに、貴婦人は自分の意見を捲し立てた。どうやら今回の決闘騒ぎに憤慨している様子である。


「で、ここからが本題なのだけれど」


 コツ、と何かが目の前のテーブルに置かれた。赤い液体が入った小さなガラス瓶だ。それをスッとフィーリアのほうへ差し出し、貴婦人はにっこりと微笑んだ。


「これを使えば決闘の結果を思う通りに変えられるわ」

「大叔母様、この液体は一体……」

「弱い痺れ薬よ。試合の直前に飲ませれば身体の自由が効かなくなるわ。負けてほしいと願う殿方に飲ませればいいのよ。簡単でしょう?」


 つまり王子に毒を盛るということだ。もし明るみに出れば侯爵家令嬢のフィーリアとて只では済まない。


「そのようなこと、わたくしには」


 貴婦人の声がやや低くなり、フィーリアはビクッと身体を震わせた。恐る恐る顔を上げると、向かいに座る貴婦人は綺麗な指先で小瓶を弾いてみせた。


「自分の運命は自分の手で切り拓くのです。貴女のために言っているのよ」

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