勝てそうにない

 ───来る翌朝。


 朝食は流石に兄貴の手作りではなかったのだけれど、それでもリンデンベルガー家の人達は喉を唸らせていた。我が家の食事は、上級貴族にも通用する質らしい。

 シェフ達が兄貴と張り合ってるおかげかな?と理由を述べたら、ご納得頂けてしまって俺は若干困惑です。主に、リンデンベルガー家に於けるうちの兄貴の立ち位置に。


「あ、あの、ラヴレンチ様?」

「うん、なぁに?」


 朝食を終えて、お腹が落ち着いた頃に出発しようとなったところで、ファウスティナ嬢が俺を遠慮がちに呼んできた。何だろう?帰る前にどこか寄りたい所があるとかだろうか。


「その…他国で生活する事になったら、わ、私の手料理でも、食べてくれる…?」

「え!?作ってくれるの!?」


 完全に予想外の方角から超弩級のストレートパンチが飛んできて、勢い良く食い付いちゃったんですけど!?

 しかもファウスティナ嬢、素の喋り方だった……めちゃくちゃ勇気を振り絞ってくれたんだろうなぁ。


「ご家庭で食べている味には遠く及ばない事は承知の上なのだけれど……た、食べてほしいと言うか、つつ、作って、あげたいと言うか………」

「……嬉しい。ありがとう。是非お願いします。」


 いやもう、ほんと、何でそんな健気な…こっちは嬉しすぎて昇天出来そうなのに……

 公爵令嬢が料理なんか出来るのかと、普通だったら疑問に思うところなんだろうけど、彼女は平民として暮らすために『練習』してきたと言っていたし、作れる事を疑いはしない。自分の行動には全力で一生懸命な人だと思っているから、味に不安なんてあるはずもない。

 ……うわぁ、楽しみ。


「微笑ましいねぇ。」

「兄貴、俺、幸せ者すぎない?大丈夫?」

「うん?お前はもっと幸せになっていいだろ。頑張れ。」

「これ以上幸せになったら死んじゃう俺……」

「だからそこは頑張って生きろ。」

「うぅ、頑張るぅ……」


 ファウスティナ嬢は可愛いし、大好きな兄貴は優しいしで、もうどうしたら良いのやら。

 兄貴に見られていると思ってなかったのか、ファウスティナ嬢は顔を真っ赤にしたまま固まってしまっている。俺は慣れてるから自然に会話してしまっていたが、この人、気配を消すのも上手いんだったわ…ほんとごめん。


「さて。んじゃ俺はぼちぼち支度してくるかなー。ロルフ、手伝ってもらってイイか?」

「あっ、はい!勿論!」


 俺達をからかって満足したらしい兄貴は、ロルフさんと先に支度に取り掛かる事にしたらしい。昨日とは違って室内で好きに遊んでいるスノウを撫で回すと、ロルフさんを伴って、楽しそうに食堂を出て行った。


 さほど背丈も変わらず、年齢もきっと同じくらい。似たような髪色で、俺よりも兄弟らしく見えそうな二人の後ろ姿を見て、ふと思う。


「そう言えば、ファウスティナ嬢と兄貴の身長って、同じくらいよね…」

「………」

「………」


 俺の呟きに、ファウスティナ嬢はきょとんとしていて、オフェーリアさんは…──物凄く困惑した表情を浮かべていた。それを見て、漸く自分の失言に気付く。

 俺が身長の所為で悩んでた事に、ファウスティナ嬢も共感してくれてたじゃない…!俺とは身長差があるからあんまり気にしてなかったけど、男と背丈が変わらないね、などと言われて喜ぶご令嬢がどこに居ると言うのか!バカ!俺のバカ!!


「……言い訳をしてもイイデスカ。」

「言い訳?ですか?」


 思わず片言になってしまうくらいには、自分の愚かさを悔いてますんで!と思いながら尋ねたけれど、ファウスティナ嬢は心底不思議そうである。あれ?怒ってない…?


「いや、その…気分悪かったでしょ?背の事言われるの……俺も、覚えがあるし…無神経だったなって。」

「あぁ、なるほど!私が考え込んだ事で誤解させちゃったのね、ごめんなさい。」


 逆に謝られてしまった…何故……


「ほら、ラヴレンチ様と居ると、私でも結構見上げる事になるでしょ?だから、自分の背の高さを忘れてたと言うか…言われてみれば、ヴラディスラフ様は少し目線を高く感じる程度だったなって…思い返してただけなんです。」


 えへへ、なんて、まるで悪戯がバレた子供のような笑みが、俺の心臓にダイレクトアタック!まさか俺と同じ様に、自分達の身長差が染み付いてらっしゃったなんて、思うわけないじゃん…その発想が嬉しすぎるし可愛すぎる。

 オフェーリアさんとスノウ以外に誰も居ないからなのか、素の彼女で接してくれるのも、気を許してくれているからだと思って良いかしら。


「あ!でも、『言い訳』ってのは気になるわ!教えて?」


 うぐぅっ……う、上目遣いは卑怯です、ファウスティナ嬢。これは白状する以外の選択肢がない。


「いやぁ、そのぉ…俺って結構なブラコンじゃない?」

「そうかしら?あんな素敵なお兄様が居たら、当然の範囲だと思うけど…仲が良くて羨ましいくらいよ?」

「そう受け取ってもらえてると助かるけど。6歳離れてるのもあってか、俺、小さい頃からずっと兄貴に引っ付いて回ってて、兄貴も可愛がってくれてたからさ…何か考える時に、無意識で兄貴を基準にしてる事も結構多くて。……ファウスティナ嬢と並んだ時に、妙に落ち着くと言うか、しっくり来るのは、兄貴と背丈が似ているのもあるのかなぁと…思いまして……」


 あの発言に至った訳であります、はい。以上、言い訳にもならない言い訳でした!


 ファウスティナ嬢には呆れられてるだろうけど、この際開き直って行こうと決意して彼女の反応を窺うと、俺の予想を裏切ってキラキラとした眼差しで見つめられていた。え、どういうこと?


「ラヴレンチ様…私、今初めて、自分の背が高くて良かったと思えたわ……」

「マジで?」

「だって、ラヴレンチ様にはしっくり来る身長差なんでしょう?良い事じゃない?」

「そりゃあ、いちいち身長差が気になるよりは…?」


 良い事…にしておこうか。ファウスティナ嬢は何だかご満悦だし。悪い事ではないのも確かだしね。気懸かりだったオフェーリアさんの困惑顔も、安心した表情に変わっていたので、これにて一件落着。


 と、そこへタイミング良くエドガーのじいちゃんが、兄貴の方の準備が整った事を伝えに来た。


「ファウスティナ様とオフェーリアさんが宜しければ、いつでも出発出来るそうですよ。」

「まぁ!それでは待たせてしまっては申し訳ありませんわね。オフェーリア、すぐに支度して向かいましょう。スノウも、いらっしゃい。」

「キュッ!」


 小さな翼をパタパタと動かしながら、食堂の椅子に上ったり降りたりをして遊んでいたスノウは、ファウスティナ嬢に呼ばれて嬉しそうに椅子の上から飛び立ち、本当に短い距離ではあったけれど立派な滑空をしてみせた。

 おぉ、この短時間で飛ぶのが上手くなってる。将来有望だわ。ファウスティナ嬢も、スノウが途中までとは言え飛んで来てくれた事に感動して、沢山褒めてあげているから、きっとあっと言う間に上達していくだろう。


「それじゃあ、俺はエントランスで待ってるね。急がなくても大丈夫だから。」

「はい、ありがとうございます。荷物をまとめたら向かいますね。」


 ファウスティナ嬢は抱き上げたスノウの片手を掴んで、左右に動かしながら「また後ほど」と挨拶を残し、客室へと向かって行った。なんだあの『バイバーイ♪』は。可愛すぎか?


「…じいちゃん。俺、あの子に一生勝てる気がしない…」

「それはそれは。円満なご家庭になりそうですねぇ。」


 思わず顔を覆ってしゃがみ込んだ俺の頭を、じいちゃんはよしよしと撫でてくれるが、慰めの言葉が恥ずかしすぎる。


「旦那様も、奥様には勝てませんでしたから。」

「……そっか。」


 俺には母さんの記憶がないから、今の親父の親馬鹿っぷりから想像するしか出来ないけど…懐かしそうに目を細めるじいちゃんの顔を見たら、それなら悪くないのかな、なんて思ってみたり。


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