夜は更けて

 ファウスティナ嬢のご両親に、ご挨拶という名の報告と説明をしに行くのは良いとして、だ。


「って言うか、親父は来ないの?」


 婚約って普通は両家の親御さんの元で行われるもんじゃないの?親が一度も顔を見せずに、『こっちは問題ないから後は適当に宜しく~』は無礼にも程がない?そんなとこまでフォロー出来ないよ、俺。


「行きたいのは山々だが、残念ながら父さんは明日から調査任務で遠征だ!」

「初耳なんだけど!?」

「そういう事はもっと早く言え!!」


 俺と兄貴の怒号が重なる。いや、別に親父が家を空けて困る訳ではないのだけども。内容が『調査任務』だと、その成果によっては俺にも兄貴にも影響が出て来るものなのだ。出来れば事前に把握しておきたい類いの情報だった……


「心配しなくとも、ラヴには回さねえから。大事な時に迷惑掛けられんからなぁ~。」

「俺に!迷惑が掛かるだろうが!!」


 兄貴がとてもお怒りです…でも、『ラヴに迷惑掛けねぇのは当たり前だろ!』とも怒ってくれて、これから大変になるだろう兄貴には申し訳ないけれど、弟はとても嬉しいです。

 親父のこういったやらかしは今に始まった事でもないし、どんだけ怒ってものらりくらりとかわされるから、兄貴も言うだけは言って、早々に諦める事にしたらしい。うん…それが賢明よね、この人相手だと。

 それにきっと、親父は後で、終始穏やかな笑みで俺達のやり取りを見ていたエドガーのじいちゃんに、こってり絞られるはずだから、放っておいても大丈夫。


「えっと…ごめん。そういう訳らしいから、ご挨拶はまず俺だけでも大丈夫かな?」

「えっ?えぇ、勿論。ゼレノイ家のお仕事は特別ですもの。無理は言えませんわ。」


 呆然と事の成り行きを見守っていたファウスティナ嬢は、急に話を振られた事で少し驚いていたけれど、快く了承してくれた。


「ごめんね、親父にはせめて一筆書かせるから。」


 先程俺が大声をあげた所為で驚かせてしまったスノウにも一言謝罪を入れて、きっともうファウスティナ嬢の感応力も落ち着いた頃だろうと、彼女の腕の中へ返してあげた。「あら、お帰りなさい」なんて冗談めかして笑う姿が可愛い。ご機嫌で答えるスノウも可愛い。


 うん、俺、この子達の為なら何だって頑張れる気がするわ。


「それじゃあ、どの順番で国を回るかは、ご両親の意見も聞きながら考えようか。ここじゃ出なかった考えも出て来るかもしれないし。」

「はい。お父様なら各国の情勢にも詳しいでしょうし、参考に出来れば。」


 なるほど、政治の中枢に居るってそういう事よね。頼りになるわぁ。


「最初の国と出立日が決まったら、教えてくれりゃ送ってやるよ。大荷物になるだろ?」


 そ、そうだった…俺一人の荷物なんて高が知れてるけど、運ぶのは俺のだけじゃないんだった。流石、うちの兄貴も頼りになるぅ。

 ……っと、大荷物になると言えば。見る限り、常にファウスティナ嬢に付き従っているのであろう二人は、これからの事をどう考えているのだろうか。


「そう言えば、お二人は他国にも付いて来られそうな感じです?」


 オフェーリアさんは元々、ファウスティナ嬢に付き従うつもりでいたくらいだし、俺だけに彼女を任せるのは不安だろう。兄貴と違って、家事があまり得意ではない俺としては、オフェーリアさんには付いて来てもらえると、とても助かるのだけど。


「私達も平民でございますので、ずっとお仕えするのは難しいかと思いますが…」


 ああぁそうか、さっきの説明だとそういう解釈になるか!でも、ファウスティナ嬢の傍には居てあげたいとは思ってくれてるみたいで安心した。良い従者に恵まれてるわね、ファウスティナ嬢。


「説明の仕方が悪かったみたい…ごめんなさい。えー、一応ほら、うちも伯爵家ではあるので。従者の同行も、一人なら問題なく認めてもらえますよ。だから、ファウスティナ嬢の侍女としてオフェーリアさん。俺の侍従としてロルフさんで…ほら、ぴったし!」

「しかし、俺には侍従としての学がありません。馬の扱いと、剣術が少し出来るくらいで…ラヴレンチ様の従者を務めるには、荷が勝ちすぎるかと。」


 真面目だなぁ、ロルフさん。俺の言葉通りに受け取らず、ファウスティナ嬢に付いて行く為にゼレノイ家の特例を利用する、くらいの感覚で良いのに。


「ロルフさんはこれまで通りの仕事をしてくれるだけで、何も問題ないよ。そもそも、俺に専属の従者なんて居ないし。他国に行く時に従者を連れて行く事も今までなかったくらいだから、本当に気にせず、ファウスティナ嬢に仕えてあげてくれたら嬉しいです。俺が留守にしなきゃいけない時とか、竜は何頭か残していくつもりではあるけど…女性だけだとやっぱり心配だし。ね?」

「……だから、ラヴレンチ様…そういうところですよ、ほんと……」


 ええぇ、何で頭抱えて呻かれてんの俺…


「すまんな。天然なんだ、こいつ。」


 そしてどういう事よ、兄貴。ファウスティナ嬢とオフェーリアさんはくすくすと笑ってるし…何なの、もう。不思議そうに首を傾げているスノウだけが、俺の味方な気がする。

 男同士、頑張ろうね、スノウ。いや、ロルフさんも男だけどさ。


「んじゃまぁ、『お引っ越し』の面子はこの四人だな。ロルフが一緒なら馬車があっても困らねぇか。リンデンベルガーに簡素な馬車はあるのか?」


 買い出しで街に降りても目立たなそうなやつ、と付け足されてすぐに『是』と答えられるロルフさんは、仕事が出来る男だと思うの。問われた理由は、分かってなさそうだけれど、分からなくて当然の事を兄貴は訊いてるし。


「ラヴ、リンデンベルガー家の庭なら降りられる・・・・・よな?」

「うん。『ウィズ』でも大丈夫なくらい広かったよ。」

「なら問題なし。明日もまとめて俺が送って行ってやる。」

「わーい、ありがと。兄貴大好きー!」


 兄貴が送ってくれるなら、ファウスティナ嬢と密着せずに済む…!自分の気持ちを自覚した後な上に、婚約にまで話が突き抜けちゃったから、ファウスティナ嬢との過度な接触は平静を保っていられる自信なかったのよね!助かる!!

 親父は、オフェーリアさんとロルフさんには馬車で帰ってもらって、俺とファウスティナ嬢の二人だけで親睦を深めさせたかったんだろうけど……あ、もしかして兄貴、さっきの仕返しにわざと提案した感じ?


 少し面白くなさそうな顔をした親父に対して、兄貴が『ざまぁみろ』みたいな悪い顔をしているので、そういう事っぽいな。それぞれの思惑としては狡猾なのに、やってる事自体は稚拙なんだよなぁ…変な家族よ、ほんと。


「あの、ヴラディスラフ様?まとめて送って下さると言うのは…?」

「言葉のまんま。ジャルパなら送ってやれるから。馬車も含めて、な。」

「馬車も、ですか!?」


 よくぞ訊いてくれました、といった感じで兄貴は答えるが、ファウスティナ嬢は余計に混乱している。我関せずと寝そべったままのジャルパと兄貴を見比べて、馬車の大きさを考えて、余計に謎が深まったのだろう。何だか彼女の頭上に疑問符が一杯見える気がする。


「北のルツフェンの『飛竜艇ひりゅうてい』は知ってるか?」

「は、はい。何でもルツフェン公国を治める大公、バザロフ様の竜が、世界でも数頭しか居ないとされる10m級の竜だそうで…確か、その竜が身体に装着したゴンドラに、人々や物資を載せて運んで下さるというものだったかと。」

「そうそう、それな。あんな洒落たゴンドラとはいかねぇが、荷物を積んだ『箱』を運ぶくらい、ジャルパなら余裕だぜ。」


 …兄貴が敢えて・・・言わずにいるのは分かってるんだけど。ファウスティナ嬢はジャルパを見つめながら、頻りに首を傾げている。


「アリアよりも小さな身体で…?いえ、でも、先程急に姿を現した事にも何か関係が……」


 考察が独り言となって口に出てしまっていますが、そんなところも可愛いと思います。はい。そして、なかなかイイ線・・・行ってるのが流石です。兄貴も彼女の聡明さに、満足げだ。


「今日はもう遅い。全ては明日のお楽しみ、ってな。」

「そ、そうですね。ゼレノイ卿は明日から大変なお仕事もあるというのに…こんなに遅くまで申し訳ありませんでした。」

「スノウも眠そうだねぇ。」


 ファウスティナ嬢の腕の中で舟を漕ぎ始めているスノウの姿に、頬が緩んだのは俺だけではなかった。ふっと笑うように息を吐いた親父の、「今日はもうお開きだな」という言葉に、反対の声は上がらない。


「俺は明日、夜明け頃には出ちまうから見送ってはやれないが…改めて、うちの息子を頼むな?」

「はい。ゼレノイ卿もお気を付けて行ってらして下さいね。またお会い出来るのを楽しみにしております。」

「…それでは、皆様。客室へご案内致しますので、どうぞこちらへ。」


 エドガーのじいちゃんに案内されて食堂を出ようとしたところで、ファウスティナ嬢はくるりとこちらに振り返る。スノウを抱いていて手を離せないようなので、腰を落とすだけの簡易なものではあったが、それでも文句の付け所のない美しい礼を一つ。


「おやすみなさいませ。」


 少し、照れ臭そうに。上品だけれど、どこか幼さを感じさせる笑顔で踵を返した彼女に、ゼレノイ家の男三人は見事に射抜かれました。


「……やっぱちゃんと脈ありじゃねぇのか、あれ。」

「ラヴ…お前、絶対手放すなよ?あんな良いはそうそう居ないからな?」

「……頑張りまーす。」


 えぇ。あんな可愛い顔を毎日見られるのなら、言われずとも。

 しかし、本当に可愛かったなぁ……今日は何だか、良い夢が見られそう。

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