知りたい事


「ちょっと確認しても良い?」

「はい。」

「『俺』はその『物語』とやらには登場するのかな?」


 ファウスティナ嬢の反応を見る限りでは、俺がレイを見定める為に横入りした事自体には驚いていなかったように思う。しかし、『会場を出るまでの自分』を知っていたと言いながら、俺のエスコートは想定外のようだった。

 前者に関しては、彼女の知る結末に至る過程として想像出来ていた事だと言われても、納得は出来る。問題は後者の意味合いが、俺の立ち位置がどこに在るかによって変わってくる事だ。


「……『黄竜を見定める者』が現れる事は知っていました。ラヴレンチ様のお名前までは知りませんでしたけど。殿下の裁定の後、私は独りで・・・会場を後にするはずだったので、まさかエスコートをして頂けるなんて思ってなくて…失礼な態度を取ってしまいましたね。ごめんなさい。」

「あぁ、いや!そんな事は気にしないで!?でもそっか…それってつまり、俺の行動では、君の運命を少しでも変える事が出来たって事よね…?」


 それなら、俺がもっと早く行動に出ていたら?ファウスティナ嬢はそんな嫌がらせなんてしてないと、あの時にちゃんと言ってあげられていたら?

 『物語』の登場人物ではあるけれど、『主要人物』ではない俺なら、結末を変えられた可能性が…───


「ラヴレンチ様。」


 俺の考えに気付いたのだろう。静かな呼び掛けに顔を上げると、ファウスティナ嬢は少し泣きそうになりながら、ふるふると首を振っている。


「私にとっては、全て、決まっていた事・・・・・・・なんです。私があの時、既に諦めていた事をラヴレンチ様は変えてくれたの。それだけで十分。それに、これからもお力を貸して下さるのでしょう?」

「それは勿論。」


 俺の即答に、不安げだったファウスティナ嬢の表情に笑顔が戻る。確かに、変えられない過去を悔やむくらいなら、これから先出来る事を考えた方がよっぽど生産的である。

 それに、俺がこれからも・・・・・ファウスティナ嬢の力になる事を当たり前のように受け入れてくれているのは嬉しい限りだ。不謹慎だけれど、役得だな、なんて思ったりしてしまうのも無理はないのではなかろうか。だって、俺を頼って、甘えて、笑ってくれる彼女がこんなにも可愛い。


「さっきも言いましたが、王族の裁定を簡単に覆す訳にはいきませんし、こちらの要求が呑まれたとしても、多少時間は掛かるでしょう。ラヴレンチ様がゼレノイ卿を通して陛下へ真実を伝えて下さるのなら、わたくしは陛下のご判断が下されるまで待つだけです。元よりこれからは平民で在ろうと覚悟していた身ですので、結果がどうなろうとも後悔は致しません。平民生活をこれでもかってくらいに謳歌してみせますわ!!」

「た、逞しいねぇ…」

「そうよ!そんじょそこらのご令嬢だと思ったら大間違いなんだから!」


 固く握り拳を突き上げて力説するファウスティナ嬢。言動がご令嬢モードと素が混ざっていて、何だか凄みがある。それでも可愛いと思ってしまうのだから末期だろうか。


「折角平民になるのだから、ゼレノイ卿のお屋敷の近くに家を借りようかしら。そうしたら、ラヴレンチ様にもアリアにもきっと沢山会えるわよね?アリア、また私を乗せてくれる?」

「ギャギャウ!」


 当たり前だろう、というようなアリアの返答にファウスティナ嬢は破顔する。『折角』の使いどころがおかしいと思うのは俺だけなの?爵位を疎んでいるようには見えなかったけどなぁ。


「はっ!寧ろゼレノイ家に雇ってもらえば良いのでは!?」

「待って、君は一体何を目指してるの…」

「毎日ラヴレンチ様にも会えて、アリア達、竜のお世話を出来るなら天国だと思ったのだけれど…」


 …ほんとに、何て事を言うのでしょうかこの子は。

 そりゃ、俺だって毎日彼女に会えるのなら嬉しいなと思ったりはしちゃうけど?でも、それは対等の立場での話よ?いや、公爵家と伯爵家で対等も何もないんだけど。

 今後どうなるかはさておいて、仮にも公爵令嬢が、格下の伯爵家で働くって……発想が凄いわ。そんなにいきなり平民思考になれるもん?


「そんな事しなくても、言ってくれればいつでも会いに行くし、空のお散歩も大歓迎だから。」

「そ、そう…?」


 ファウスティナ嬢の照れるポイントがちょっとよく分からない。そういう話じゃなかったっけ?


「な、何だかその、殿下よりも婚約者らしい接され方と言うか……デ、デートにお誘い頂いてるみたいで……」


 ──…っ、そうですねーーーー!!!?出過ぎた真似をしました、ごめんなさい!!


 思わずピシリと固まった俺を見て、ファウスティナ嬢も自分の発言に混乱したらしい。違うんです、いや、違わないですけど!なんて、あたふたしている。


「ッガァーー……」


 正にこれ見よがしといった風のアリアの溜め息で、俺達は漸く落ち着く事が出来た。ありがとう、アリア。君に感謝するのは今日だけで何度目だろうね……


「と、とにかく、ファウスティナ嬢ならアリアも俺も、いつでも大歓迎だから。公爵様だろうと平民だろうと、気軽に誘って?……まぁ、公爵家だと、その度に大騒動になりそうだけど。」


 苦笑しながら、前方に見えてきた大きなお屋敷とその庭園を見る。アリアの着地にも何の問題もなさそうな広大な庭には、ざっと見ただけでも数十人程の使用人がファウスティナ嬢の出迎えに出ていそうだ。俺の視線の先を追って、ファウスティナ嬢からも乾いた笑いが出ている。


「うちには『祝福』を受けている人は居ないから…きっと竜を間近で見たいのね。見せ物にするみたいでごめんなさい、アリア。」

「ギャーゥ。」

「君が心配なのもあるだろうから気にしてないってさ。」

「…ずっと不思議に思っていたのだけど、ラヴレンチ様は竜の言葉が分かるの?」


 ……おぉ、そうか。こればかりは『祝福』を受けていなければ分からない感覚だし、俺達の仕事では『そういうもの』だという前提として認識されているから、疑問に思われる考えがなかった。人に自分の『当たり前』を押し付けちゃダメだって、ついさっき思い知らされたばかりなのになぁ。


「うーん、『言葉』として分かる訳ではないかな。共感応って言えば良いのかしら…この子達の考えが、自分の考えみたいに自然と浮かんでくる感じ。本来は正式なパートナーじゃないと感じられないらしいけどね。うちの人間は一度マナのやり取りをすれば、感じられるようになる…そういう血筋みたい。」

「へぇ、ゼレノイ家の方ってやっぱり凄いのね!おかげで私もアリアとお話出来るから嬉しいわ!」


 ───はぁ、尊い。なんて良い子なの、本当に。俺が尊さに言葉を無くすのも何度目でしょうかね…


 因みに、『マナのやり取り』なんて曖昧に言ったけれど、方法としては竜に俺達の血を飲んでもらうという物騒なものだったりする。

 シャノン嬢の竜、レイには勿論血を飲ませていないので、彼の考えまでは俺には分からない。ただ、アリアを通じて、彼自身はシャノン嬢をとても大切に思っているだけで、黄竜だの何だのは興味はないらしいと教えてもらった。だからこそ俺は、彼の意志を確認した上での『象徴』としての扱いが無難と考えた訳だ。


 あ、『興味がない』と言えば…──ファウスティナ嬢とはずっと『爵位の剥奪』に関してばかり話していたけれど、『婚約』に関してはどうなんだろうか。無性にモヤモヤした気持ちが湧き上がるけれど、彼女が復縁を望むのであれば、それも陛下に伝えてもらわなきゃだしな……

 リンデンベルガー家のお屋敷まではもう目と鼻の先。使用人の目がある所で、婚約を破棄された話なんて、例え既に知られていようが良い気はしないだろう。確認するなら到着する前に済ませてあげたい。


「最後にもう一個だけ確認して良い?」

「はい、勿論。」

「王子サマとの婚約の事だけど……」


 俺の心のモヤモヤが、その先の言葉をせき止める。しかし、察しの良いファウスティナ嬢はそれだけで何の話か分かってくれた。


「構いませんわ。元々が政略結婚の様式美みたいな流れでの婚約で、破棄される事が分かっていたから愛情なんて微塵もありませんでしたし。」


 み、微塵もなかったのか。それはそれで…同じ男としては若干王子サマに同情を覚…えないな、あれは自業自得だ。うん。


「それにねぇ…プライドがクソほど高い彼の事なので、」


 クソほど!?!?どこでそんな言葉遣いを覚えたの!?え、俺が話してる相手はうちの兄貴じゃないよね?公爵家のご令嬢よね???

 そんな大混乱の俺に構わず、ファウスティナ嬢はもうそれはそれは良い笑顔で、俺にとどめの一言を。


「婚約破棄の一番の理由はきっと、私の方が背が高いからだと思うわ。」

「ごめん、それは俺も思った。」


 まさかの同じ考え…!!!


 あまりの衝撃で思わず賛同した俺に、心底可笑しいと言うようにファウスティナ嬢が腹を抱えて笑うから、俺もじわじわ面白くなってきてしまって。アリアまでもが楽しそうにクルクルと喉を鳴らすから収拾がつかない。

 やだもう、お屋敷に降り立つまでに笑いが収まるかしら……笑いすぎて頬の筋肉が痛いわー。

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