第130話 怒るエステル
劣等人の魔剣使い 小説4巻
12月上旬発売予定
何卒、宜しくお願いいたします!
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静かな怒りが収まらぬまま、エステルは自室の扉を閉める。
トールはむちゃくちゃだ。隣にいては、命がいくつあっても足りない。
ドラゴンの背中に乗ってフィンリスに戻るまでの数十分間は、エステルの人生で最も恐ろしい時間だった。にも拘わらず、トールは一切こちらの気持ちなどわかってくれなかった。
(少しでも共感してくれていれば、こんなに怒らなかったものを……)
そもそも、彼は決して逃げようとはしない。どんな相手にでも立ち向かっていく。
何故彼はそうも逃げないのか?
どんなに危険でも逃亡を選択しない理由が、エステルにはさっぱりわからない。
だが、そんなトールだからこそ、隣にいたいという思いもある。目を離した途端に、死んでしまうのでは? と不安になるからだ。
(そのせいで、私は何度も死にそうな目に遭ってきたのだ……)
一つ一つ思い出していくと、怒りがふつふつとわき上がってきた。そしてそんな怒りを堪えられない懐の小さい自分に嫌気がさす。
「ああ、これでは全然駄目なのだ!」
頭を冷やそうと、窓を開けた。
その時、窓の外に光の粒が舞い上がった。
「わぁ……これは、すごいのだ」
光は蝶となり、ゆっくりと空へと舞い上がっていく。
見下ろすと、中庭にリリィの姿を発見した。どうやらこの光は彼女が生み出したもののようだ。
そしてもう一人、トールの姿もあった。
「…………むぅ」
庭に行って光の蝶の感想を言いたい。綺麗だって、感情を共有したい。しかし、少し前まで怒っていた自分が邪魔をして、正直な行動が起こせない。
もしなにもせずトールを許してしまえば、それまで怒っていた自分が馬鹿みたいだからだ。
どうしようか、悶々としている時、中庭に何者かが現れた。
エステルの角度では、誰が現れたのかわからない。だが、尋常な相手ではない雰囲気がある。それを裏付けるように、トールが剣を構え、リリィが魔力を高めていく。
「……これは、まずいのだ」
エステルは慌てて窓から離れ、立てかけていた剣を腰につけた。
そのまま部屋から飛び出して階段を降りようとした、その瞬間だった。
――ドッ!!
鼓膜が破れんばかりの音が響き、視界がホワイトアウト。
平衡感覚が、激しく揺さぶられる。
自分がいま、どこを向いているのかがわからない。
体中が痛い。
「な、なんなのだ……」
エステルは暗がりの中、うつ伏せで倒れていた。起き上がろうとするも、体の上にあるなにかが邪魔をする。《マイトフォース》をかけて、力任せに体を押し上げる。
ガラガラガラ。重たい何かがエステルの背中から落ちていった。
「一体……どうなっているのだ?」
立ち上がり、辺りを見回す。瞳が徐々に闇になれていくと、想像もしない光景が広がっていた。
「わ……私たちの、家が……壊れてるのだ!?」
領主から頂いた立派な家が、完全に破壊されていた。
何故このようになったのか、さっぱりわからない。エステルがあたりを呆然と眺めていた時だった。瓦礫の山の中から飛び出した、トールの手を発見した。
「――トール!?」
慌てて駆け寄り、瓦礫を力任せによけていく。もはやエステルの頭には、トールへの怒りなど微塵も存在しなかった。
「トール、大丈夫か、トール!!」
瓦礫から姿を現したトールに声をかけるが、反応がない。さらに肩を揺さぶるも、やはり目を覚まさない。彼の体はかちかちに固まっていて、まるで氷漬けにされたかのようだった。
「……ま、まさかっ!」
恐る恐る、トールの胸に耳をつけた。十秒、二十秒。待っても待っても、聞こえるはずの音が聞こえない。
「そ、そんな……トールが、死んだ?」
頭が真っ白になった。現実が受け入れられず、エステルは何度も心音を確認する。しかしやはり、音は聞こえない。
「なんで、なのだ……。とーるぅ。なんで、こんなにあっけなく死んでしまうのだ。トールなら、この程度、何でもないはずではないか。けろっと目を覚まして『おはようエステル』って脳天気に言って欲しいのだ。トールゥゥゥッ!!」
体を保持していられず、エステルは崩れ落ちた。ボロボロと、涙がこぼれ落ちる。
「こんなことなら、怒らなきゃよかった。ちゃんとトールに話をして、自分の気持ちを伝えておくべきだったのだ……。こんなふうに、別れるなんて、私は、認めないのだッ!!」
涙を流しながら、エステルはトールの体に腕を回した。その体に、あたかも自身の生命力を、分け与えるかのように強く、強く抱きしめる。
「起きてくれ、トール。私はもっと、お前と旅をしたかったのだ。いろんな場所を巡り、いろんな経験をして、笑って泣いて喜んで……、一つ一つ、記憶を刻んで行きたかった。ずっと一緒に居たかったのだ! だからトール、頼む。目を開けてくれッ!!」
ぎゅ、と硬くなったトールの体を抱きしめる。
エステルの頬から涙が落ちる。
その滴がトールの体に触れた、次の瞬間だった。
ふわり。暗闇の中に五色の光が灯った。
光はそれぞれ魔剣、腕輪、ブーツ、ローブから発生していた。
その光は瞬く間に、トールの体を包み込んだのだった。
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