第114話 難敵出現
「なんか、悲しげな声が聞こえた気がするのだが」
「そう?」
数十体のオーガを倒し終えた透が、血振るいをして魔剣を消した。
一度にこれだけのオーガが現れるなど、想像もしていなかった。どうやら知らず知らずのうちに、鬼の集落におびき寄せられてしまったようだ。
「まさか、エリート・オーガまで出てくるとは思わなかったぞ。まったく、死ぬかと思ったのだ……」
「でも、大丈夫だったよね」
「全然(心が)大丈夫じゃなかったのだ!!」
「痛い痛い!」
頬に涙の跡が残るエステルが、てしてしと透の腕を叩く。
「まったく、トールはいつもそうなのだ。ゴブリンの時も、オークの時も、こちらの実力を無視して大群を引きつけて……。少しは弱い私の身にもなってほしいのだ」
「ごめんごめん」
「クインロックワームの時もそうだったし、魔人が現れた時もそうだったが、トールはとにかく前に突っ込みすぎるのだ。トールはクエスト失敗を案じてるのかもしれないが、失敗したって命までは取られないのだ」
「……たしかに」
「冒険者は命あっての物種。撤退して命をつなぐことも、重要な作戦の一つなのだぞ? 命があれば、再チャレンジも出来る。だから今後は、『危なかったら逃げる』を肝に銘じるのだ」
「わ、わかったよ」
「本当なのだろうな……?」
エステルが訝るように口を尖らせた。
たしかに彼女の言う通り、透の頭には『撤退』の選択肢がない。今思えば、今回の戦闘は回避してもよかった。
しかし『なんとなく切り抜けられそう』だったり、確信はないが『死にはしなさそう』と感じて、逃げずに戦った。
結果的に、透の選択は間違っていなかったが、命を落とす未来だってあったかもしれない。そう考えて、透は反省するのだった。
レアティスを登り始めて半日。Bランクの魔物との戦闘は、すでに十数度は経験してた。
いずれも決して楽な戦いではなかった。だが、戦う毎により魔物を倒しやすくなっていく。それもそのはず、格上相手との戦闘は経験値を大量に獲得出来るためだ。
山の麓では三十三だった透のレベルは、いまや四十一にまで上昇していた。
>>レベル:36→41
「いっぱい戦ったからか、最初よりもオーガが楽に倒せるようになってきたね!」
「はぁ、はぁ……全然、楽ではないのだ……」
いくぶん余裕のある透とは違い、エステルは肩で息をしている。
レベルはそこまで大差ないはずなので、一番はスキルの差だろう。
>>スキルポイント55→30
>>登山Lv5NEW
レアティスの山道は、透が想像していた以上に歩きづらかった。大きい石には足を取られるし、緩い斜面を踏み込めばすぐに陥没する。
ここで戦闘を続ければ、いつか重大な事故が発生する。そう考えて、透は膨大にあるスキルの中から見つけ出し、〈登山〉にポイントを割り振ったのだ。
このスキルの違いが、二人の疲労度の違いだ。
「少し休憩する?」
「……あー、いや、大丈夫なのだ。どうやら目的地も近いようだしな」
少し前から、あたりに焦げたような臭いが漂ってきていた。少し歩けば万年炎が見えるだろう。その先には、ペルシーモの木がある。
ゴールはもうすぐだ。
しばらく前に進むと、突如として景色が開けた。斜面が平らになり、その先が大きく窪んでいる。どうやらこの下に、万年炎があるようだ。
下がどうなっているのか気にはなるが、離れていても熱気を感じる。不用意に近づかない方が良さそうだ。
万年炎を避けて通る道は、あるにはある。だがそちらの方は斜面が厳しく、登山というよりクライミングに近い。
さすがの透も、魔物が出現するこの世界でクライミングをする勇気はない。
空を飛ぶ魔物が現れて、背中をガブガブされるのが容易に想像出来るからだ。
万年炎がある窪地をまっすぐ抜ける方が、まだ突破出来る可能性が高い。
(さて、万年炎はどんな感じなのかな……んっ?)
透が窪地に近づいた、その時だった。ふと、目の前に黒い影が出現した。その影がみるみる人の形に変わっていく。
「トール、下がるのだ!」
エステルの忠告とほぼ同時に、透はバックステップ。
次の瞬間だった。
コンマ一秒前に透がいた空間に、真っ黒い長剣が振り下ろされていた。
もし回避行動が少しでも遅れていれば、透は今頃頭から真っ二つになっていたに違いない。
透のこめかみを、汗が一筋流れ落ちる。
通常、人や動物、それに魔物が攻撃する際は、必ず攻撃の気配が生じる。
透の〈察知〉はかなりレベルが高く、わずかな気配でも高精度で捕らえられる。にも拘わらず、少しも攻撃の気配が感じられなかった。
「なに、これ」
「わからないのだ。でも、これだけは言えるぞ――」
エステルが抜剣しながら、
「あれは、敵なのだ」
透は【魔剣】を弓にして、素早く弦を弾く。
発射された矢が、一直線に黒い影に迫る。
直撃だ。
そう思った矢先、
――キィィィン!!
突如割り込んできた新たな影が、手にした盾で矢をはじき返した。
「ええっ!」
予想外の光景に、透は喫驚した。
これまで透の魔弓は、一度だって対象物を貫通しなかったことはなかった。フィンリス領主邸の石壁だって、何枚もぶち抜いた。それだけの貫通力を誇る弓が、まさか盾に弾かれるとは思ってもみなかった。
これで、正体不明の影が二体に増えた。
片方が長剣、片方が盾だ。
「……まるでパーティみたいだな」
「たしかに」
アタッカーとシールダー。立ち位置も、絶妙だ。
アタッカーはいつでもこちらを攻撃出来る位置におり、シールダーはいつでもアタッカーを守れる位置にいる。
構え、立ち位置、立ち振る舞い。この影、ただ者ではない。
「これも試練なのかな?」
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