第115話 留まり続ける理由

「さて、な。どうするトール。逃げるか?」

「やれるだけやってみて、駄目なら戻ろう」

「あいわかった」

「それじゃあ――」


 透は手のひらに《ファイアボール》を生み出した。それを馬鹿正直にシールダーへと放つ。

 相手は迷わず盾を構えた。魔術耐性には自信があるようだ。正面から攻めても、ダメージを与えるのは難しそうだ。


 ならば、


「《火の玉よ(ファイアボール)――」


 盾に接触するタイミングを見計らい、透は魔術に信号を送る。


「――爆ぜろ(バースト)》」


 次の瞬間、《ファイアボール》が前方にはじけた。指向性を持った爆発が、二つの影をもろとも飲み込んだ。


「やったか!?」


 エステルが安堵の声を出した。だが、それはまだ早い。


「エステル、構えて!」

「ぬ?」

「まだピンピンしてる!」


 爆発の向こうからアタッカーが現れ、素早くこちらに近づいてくる。

 体にはほとんどダメージのようなものが見られない。


 爆発の衝撃は盾を壁にしてやり過ごし、発生した熱は自前の耐性でこらえたようだ。

 恐ろしいほど見切りが早い。まるで歴戦の冒険者。ただの魔物にしては判断力が優れすぎている。


 軽い足取りで影が接近。


 ――ギリッ!!


 エステルに斬りかかったアタッカーの剣を、透が寸前のところで受け止めた。


(重いッ!)


 その剣は、非常に重たかった。とはいえ魔人ほどではない。もし彼ほどの膂力があれば、いまごろ透は後方に大きく吹き飛ばされていた。

 アタッカーがさらに剣を押し込んでくる。圧に耐えながら、横目でシールダーを確認していた、その時だった。


 ――たす、けて。


 声が、聞こえた。

 それは、とても悲しげな声だった。


「……えっ?」


 思わず呆けた透の土手っ腹に、アタッカーのつま先が突き刺さる。

 瞬間的に、透はバックステップ。


 ギリギリだったが、ダメージを最小限に食い止められた。


「トール、大丈夫か!?」

「う、うん。大丈夫」


 けれど、と透は二体の影を再度観察する。


(あの声は、なんだったんだ?)


 声の主を、探している遑はない。アタッカーが次々と攻撃を繰り出し、シールダーが絶妙なポジションで注意を引きつけてくる。

 経験の差か、透は簡単に隙を作られてしまう。


 二体はまるで、長年連れ添った冒険者仲間のようだ。その連携は、互いが互いの力を信頼しなければ不可能だろう。付けいる隙が、ちっとも見つからない。


「トール、一旦出直すのだ!」

「そうした方がいいのはわかってるんだけど……」


 透もエステルの意見には賛成だ。だが、なにかが引っかかる。

 引っかかっているのは、これまで得た情報の中の何かだ。ほんの少し絡まりを解せば、この影の正体がなんなのかが理解出来る気がするのだ。


「ごめん、エステル。もう一回ぶつかってみる」

「ちょ、待つのだ!」


 エステルの制止を無視して、透は影の二人組に突っ込んだ。

 透の攻撃姿勢を見て、影は即座に動いていた。


 シールダーが盾を構え、アタッカーがその後ろで隙をうかがっている。

 こちらがわずかでも態勢を崩せば、すぐに横に回り込んで影の剣で断ち切るつもりだ。


 影らの動きは見えるのだが、まったく対応出来ない。それは彼らの戦闘方法が、非常に洗練されているせいだ。まるで熟練の合気道家や柔道家を相手にする素人のような気分だった。


(――であれば)


 技をしのぐパワーで押し切る!

 透は【魔剣】に《フレア》を纏わせて、全力でシールダーに斬りかかった。


 ――ギャリッ!!


 盾と剣が激しくぶつかる音が響く。

 同時に、その後ろからアタッカーが動き出す。

 瞬き一つで、透は反撃を受けるだろう。


 その前に、


「――ぅぉぉぉおおお!」


 雄叫びを上げて剣に力を込めた。

 その時だった。


 ――ギャリッ!!


 激しい金属音とともに、真ん中から真っ二つに割れた。


『『――ッ!?』』


 まさか盾が斬られるなど、微塵も考えていなかったに違いない。

 二体の影がぎょっとしたように動きを止めた。


【魔剣】が盾を抜け、シールダーの眉間に接触。

 そのまま体を一刀両断した。


 透は即座に回転。


 地面近くまで下がっていた切っ先を持ち上げ、横薙ぎに振るう。

 その先にはアタッカー。


 狙い違わず、透はアタッカーの首を【魔剣】で切り裂いた。


 次の瞬間だった。


「――えっ?」


 透の中に、見知らぬ感情が流れ込んできた。

 これは、以前に魔人を斬った時のものと同じ、記憶の塊――。


 この地を訪れた四人のパーティ。

 メンバーは盾士と剣士、そして神官と、魔術士。


 バランスの良いパーティだった。

 それが、壊滅した。


 壊滅させたのは、黒ずくめの人間だった。


 ――守れなかった。


 訳がわからないまま盾士が死に、剣士も死んだ。

 そして、神官は体を乗っ取られた。


 ――口惜しい!!


 透の胸の中で、激情が暴れ出す。


 ――ああ、でも。


 それもすぐに収まって、今度は悲しみで満たされた。


 ――あの娘(エルフ)を一人にしてしまった。


 ――無事に生きているだろうか。一人で生きていられるだろうか。


 ――心配だ。


 ――どうか、幸せでいてくれ。


 ――俺たちの分まで、幸せになってくれ。


「トール!!」

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