第112話 町中で一番強い男

 グラーフが不審な気配に気づいたのは、単なる偶然ではなかった。

 長年磨き上げた冒険者としての勘(スキル)が、良くない雰囲気を敏感に察知したのだ。


「なんだなんだ、まさか喧嘩か?」


 少し前までは、毎日のように冒険者同士で喧嘩をしていたものだが、現在のギルドは閑古鳥が鳴いて久しい。喧嘩を起こすような冒険者がいるとは思えない。


 しかしグラーフは、直感から来る警告を見過ごす男ではない。

 もし見過ごすようであれば、Cランク冒険者に成り上がる前に、荒野に死体を晒している。


 念のため、ギルドの受付へと足早に向かう。

 受付フロアには、頭を抑えるマリィともう一人、やけに影の薄い人物がいた。


(あいつ、重心がかなり左に傾いてんな)


 常日頃から体の片方に武器をつるし続けると、片側の足が短くなってしまう。

 冒険者にとって、両足の長さが揃わないのは普通である。


 しかし影の薄い人物は、その傾きが大きかった。

 おそらくは、かなり重たい武器――たとえばメイスのような――の使い手に違いない。


「あんな奴、うちのギルドにいたか?」


 念のために声をかけようと、一歩足を踏み出したときだった。

 突如、ぼんやりとしか見えなかった姿が、はっきりと視認出来るようになった。


「――ッ!!」


 その姿を見たグラーフの血液が、瞬間的に温度を上げた。

 即座に足に力を込め、前へ。

 Cランク冒険者は伊達ではない。十メートルの間合いが、瞬く間にゼロになる。


「よおルカ、元気してたか?」


 声をかけると、その人物の体がわずかにぎょっと固まった。


 ――ビンゴ。


 グラーフは右拳を全力で握り、魔力を注入する。


「歯ァ食いしばれッ!!」


 全身の筋肉が躍動。

 拳がルカの顔面に直撃。

 瞬間、拳の前面で小爆発が発生。


 ――ドッ!!


 衝撃波が窓ガラスを粉砕。さらに建物を大きく揺らした。


 それは、グラーフの特技〈魔拳術〉のうちの一つ、《フレイム・インパクト》。


 同ランクの魔物であっても、当たれば確実に息の根を止められる。恐るべき威力を誇るスキルである。


 反面、万全の状態でも二発しか撃てないほど燃費が悪い。

 一発でも外せば一気に窮地に陥るだろう。『当たれば死ぬから問題ない』というのがグラーフの持論だ。


 そんな《フレイム・インパクト》を受けたルカが、殴られた勢いそのままに、ギルドの扉を突き破った。


「これで死んでくれてたんならいいんだがな」


 拳をぶらぶらと振りながら、グラーフは足早に外に出た。すぐさま辺りを見回すが、ルカらしき人物の姿はどこにもない。

 続けて神経を研ぎ澄まして、気配を探る。

 ルカの気配がない。だがわずかに魔術の残滓が感じられた。


「チッ! 《緊急転移(バックドア)》の魔道具で逃げやがったか!」


《緊急転移(バックドア)》が込められた魔道具は非常に高価だ。それ一つで家一軒が立つといわれている。いくら最も稼ぎの良いAランク冒険者でも、よほどでなければ使わない。


 ……いや、よほどのことだから使ったのだろう。


「それだけ本気だってことか」


 何に? ――わからない。

 しかしこれだけは言える。今の攻撃でルカを無力化出来なかったのは、かなりの痛手だ。


「せめて深手を負ってりゃいいんだがな……」

「ぐぐ、グラーフさん、なにがあったんですか!?」


 状況が理解出来ていないのだろう、青ざめたマリィが駆けつけた。


 素人があれだけの衝撃波をなんの備えもなく突然受けたのに、すぐに行動出来るとはたいしたものだ。

 さすがは受付部チーフといったところだ。


(これも、トールに鍛(か)えられたんだろうな)


 トールに叩きのめされた記憶が、一瞬で呼び覚まされた。

 あれのおかげで、グラーフのプライドはズタズタになった。しかし同時に、自分を鍛え直すきっかけにもなった。


 全盛期と比べてどうか、まではわからないが、少なくとも数ヶ月前よりは遙かに強くなった自負がある。

 マリィも同じように(どんな目に遭わされたかまではわからないが)、トールに鍛えられたに違いない。

 でなければ、他の受付嬢のように床で伸びていただろう。


「マリィ、緊急事態だ。警戒レベルを上げろ」

「えっ?」

「ルカが出た」

「――ッ!? わ、わかりました!! マスターへは――」

「俺が報告する」


 そう言って、グラーフはアロンの下へと歩き出すのだった。




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ちなみに『町中で一番強い』=冒険者ランクCという意味です。

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