第109話 登山
ネイシスに言われて、とにかくめぼしいスキルをと思ったのだが、王都でスキルを取得したきりポイントがゼロのままだった。これではスキルを取得出来ない。
しかし、これから向かう先は強敵が巣くう山だ。レベルなど容易に上がるだろう。ポイントが増えた時に悩まぬよう、あらかじめ取得したいスキルに目星をつけておく。
〈鉋掛け〉〈のこぎり〉〈釘打ち〉〈ほぞ切り〉……。
大工スキル一覧をスワイプし、
〈歌唱〉〈デスヴォイス〉〈化粧(メイク)〉〈アドリブ〉〈早弾き〉〈ギター〉……。
アーティストスキル一覧をさらに飛ばしていく。
(……駄目だ。全然良さそうなものが見つからない!)
ネイシスは『スキルくらい、自由に取ればいいじゃない』などと言っていたが、さすがに何でもお構いなく取得するわけにはいかない。
〈ギター〉や〈ベース〉スキルが、冒険者活動に役立つ未来がさっぱり思い浮かばない。
なんとかスキルを生かす方法を想像してみるけれど、顔を白塗りにしたヘヴィメタル男がデスヴォイスを発しながら、ギターで敵をたこ殴りにする様子しか思い浮かばなかった。
人間の可能性は無限大だ。そういう道も、望めば手に入るだろう。
しかしさすがに尖りすぎだ。劣等人だからではなく、別の意味で距離を置かれるに違いない。
他に良いスキルがないかと探しているうちに、
「トール、着いたようだぞ」
目的地――レアティス山の麓にたどり着いたのだった。
レアティス山は、東西に伸びる山脈の最東端にある峰の名だ。
峰は雲を貫くほどに高い。頂を目指すのならば、最低でも一週間はかかるだろう。
幸い、目的地は中腹にある火山活動によって出来た大きな窪地――カルデラだ。頂上に向かうより時間はかからないだろう。
――登るだけなら、の話だが。
一日目は移動だけで夕刻を迎えてしまったため、中腹へのアタックは翌日に持ち越すことになった。
翌日。太陽が昇ると同時にテントを片付け、念入りに準備を行った。
「エステル、準備は良い?」
「ああ。大丈夫なのだ」
「それじゃあ――」
「あっ、ちょっと待つのだ!」
エステルが深刻な表情を浮かべ、透を引き留めた。
「ん、どうしたの?」
「トール、念のために言うのだが口笛? は使わないようにするのだ」
エステルが疑問形で口にした〈口笛〉とは、以前透が魔物をおびき寄せるために使用したスキルである。レベルが高くなると、魔物の言葉(意味はさっぱりわからないが)も再現出来る優れものである。
ただ、あれは魔物を呼び寄せるために習得したスキルだ。さすがにこの場で使う予定はない。
「もちろん。っていうか、ここで使ったら大変な目にあうから、さすがにやらないよ」
「……本当か? うっかり使うのではないだろうな?」
「信用ないなあ」
「何故疑われるのか、胸に手を当てて考えてみるのだ」
透は胸に手を当てて思い返す。
以前〈口笛〉を使った時は、魔物を(たくさん)狩ったくらいで、決して(透にとって)破天荒な行動を起こしたわけではない。
「……エステルが警戒する理由がわからない」
「はあ……そうだと思ったのだ。と、とにかく、ここにはBランクの魔物がうじゃうじゃいるのだ。戦闘はなるべく避けて通りたい。〈口笛〉だけは使ってくれるなよ」
「わかったよ」
透だって、Bランクの魔物を大量におびき寄せる真似はしたくない。安全第一。エステルが言うように口笛を意識的に封印して、レアティス山を登り始めるのだった。
少し進むと、早速魔物の気配を捕らえた。数は二体。透たちが進む道から少し藪に入った場所を歩いている。
動きは遅い。こちらにはまだ気づいていないようだ。
透はハンドサインでエステルに警戒を促した。同時に【魔剣】を顕現する。
「(こちらから打って出る?)」
小声でエステルに尋ねる。今なら魔弓での奇襲が成功する可能性がある。とはいえ、あたりは草木に囲まれていて、かなり視界が悪い。〈察知〉を頼りにしても、的中率はそう高くないだろう。
「(避けて通るルートはあるか?)」
「(あるにはあるけど、難しいかも)」
現在透たちは草が踏み倒された獣道にいる。ここを外れれば、草をかき分けるため音が発生する。その音で、魔物にこちらの存在が気づかれる可能性がある。
「(あちらが離れる可能性は?)」
「(待ってる間に別の魔物が来る可能性の方が怖いかな)」
「(……仕方ないのだな)」
エステルが戦闘回避を諦め抜剣した。それとほぼ同時に、透は【魔剣】を形態変化。弓状にして、弦を引き絞る。
ドッ、ドッ、ドッ。心音が耳の裏に響く。
遙か格上の魔物との戦いに、緊張感が高まっていく。
一度深呼吸をしてから、息を吸って、止める。
〈察知〉で捕らえた気配に向けて、透は矢を放った。
――スパッ!
即座に弦を引き、二射目を放つ。
――スパッ!
【魔剣】を弓状から剣状に戻し、一気に前へ。
緊張故に、手にじとっと汗が浮かぶ。
柄を握る手に力を込める。
(Bランクの魔物……どれだけ強いんだろう)
念のため、透は【魔剣】に《ファイアボール》をまとわせた。
相手の体勢が整う前に、最大火力をたたき込む。
魔物までの距離――おおよそ十メートル。
九、八、七――。
【魔剣】を上段に構え、
五、四――。
藪を抜け、視界が開ける。
そこには二体の魔物が――
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