第103話 試練の手紙
『……な、にを……』
この光景が理解出来ない。リリィは口を開けたまま立ち尽くした。
トゥコの胸に短剣を差したミナが、むぅっと口角を下げた。
『だからー、悪手だって言ったじゃないですかー』
そのねっとりとした口調に、リリィの背筋が凍り付いた。
ミナの声で、ミナの姿なのに、中身があの男だと気がついた。
『どう……して……』
『《
『そん、な……』
リリィは呆然と首を振る。
自分が男の肉体を破壊したせいで、男の魂が仲間に入り込んだ――手助けしてしまったなど、信じたくなかった。
『んー、肉体の性能は良くないですねー。ここに来るくらいだからマシだと思ってたんですけどー。だからといって、いまさらエルフで条件をクリアするのは不可能でしょうしー。まっ、当面のあいだはこれで良いでしょうー』
『あ……あなたは、誰……』
『アミィ。神の王に仕える魂ですー』
『かみの……おう……?』
相手が何を言っているのか、にわかには理解出来ない。
だがこれだけはわかる。
相手はミナではない。
――敵だ。
リリィは素早く杖を構えた。
『さすがにこの体じゃー、あなたには敵いそうもないですからー、逃げますねー』
アミィがくるり踵を返し、街の中心部に向けて走り出した。
速度はさほどでもない。
今なら確実に殺せる。
杖にマナを込め、魔術を組み上げる。
(あれは、リィグとトゥコを殺した!)
それはわかっている。わかっているのだが――、
『……くっ!』
強く噛んだ唇から、血がしたたり落ちる。仲間との記憶が、魔術の邪魔をする。
今すぐ殺すべき相手なのはわかっている。
でも、でも、でも……。
リリィが迷っている間に、アミィの姿が消えていた。
後に残されたのは、これまで手に入れた仲間達の思い出と、その仲間達の死体が二つ。
リリィは膝から崩れ落ち、しばらく身動きが取れなかった。
Bランクパーティ『猫の手』は、こうして壊滅したのだった。
○
ギルドの一室で、〝神眼〟のアロン・ディルムトは難しい表情を浮かべていた。このような顔をしている原因は、王都から届いた親書にある。
親書の主は、ユステル国王フェリペからだった。
「まさかボクに、王サマからの手紙が来るとはね。それも――」
素早く中身に目を通したアロンが、目頭を指先で強く押した。
手紙の中身は、フィンリス襲撃や、冒険者ギルドの信頼失墜の責任を取らせ、ギルドマスターの職を解任する。そんな中身ではなかった。
驚くべきことに、フィンリスで活動するとある二名の冒険者に向けたもの――その冒険者に対して、特別な計らいをすべしとの下命だった。
二人は先日、指名依頼を遂行するため首都へと向かった。
そこでめざましい活躍を見せたため、このような特別な手紙が届いたようだ。
王都で何が起こったのか、詳しい話はアロンの耳に入っている。魔人族の古強者が暴れ、多くの民が死に、無数の建物が被害にあった。
警邏を行っていた銀翼騎士団副団長の力添えもあり、二人は魔人を撃退。王都の被害を最小限に食い止めた。
被害はさることながら、事件が起こったタイミングが最悪だった。
この日、王位継承権発表の儀を執り行っていた。厳戒態勢の中、事件が発生した意味は重い。
『ユステル王国は罪人一人、即座に鎮圧出来ないのか』という他国からの誹りは免れない。王国側の面子は丸つぶれである。
そのような最悪の事態を早々と食い止めたのが、現在呼び出し中の冒険者二人である。
「
それは、国王が許可した特別待遇だった。
ただし、無条件に与えられるご褒美ではない。
「条件が最悪なんだよねぇ。これ、ランクアップさせたいのか、させたくないのかわからないなぁ」
手紙には(冒険者ギルド本部のギルドマスターが書いたものだろう)クエストの条件が付記されていた。
条件にあるクエストをいきなり用意せよといわれても、そう簡単に見つかるものではない。
――普通ならば。
何の因果か、手紙に書かれた条件に合致するクエストが偶然にも、一つだけ存在していた。
それはかつて、Aランクを目指すとある冒険者パーティがチャレンジし、メンバー四人中三人死亡という形で失敗したクエストだ。それ以降、チャレンジする者は現れず、百年ものあいだ塩漬けされていた。
もしかすると、本部のマスターがこちらのクエスト一覧の中から、一番難しいものを選んだかのような条件だった。
あるいは――、
「運命の神が魔法をかけたのか」
アロンはぼそっと呟いた。
実際に、あの運命神は二人に加護を与えているのだろう。
――では一体、彼らにはどのような運命が課せられているのだ?
神は褒美だけを与えない。必ず試練を用意している。
(あの二人が、神からの特別待遇を受けているのだとすれば……)
今後待ち受ける試練がどのようなものになるのか、アロンは不安を覚えずにはいられない。
コンコンコン。
部屋のドアが三度叩かれた。
音でわかる、ノックをしたのはマリィだ。
あの二人を連れてきたのだ。
「……さて、と」
長いようで短かった思索を終えて、アロンは二人の冒険者を迎え入れるのだった。
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