第92話 純粋な力の差
「ぐぬぅ……!!」
テミスの剣が、男に迫る。
だが、届かない。
テミスの攻撃は、男にあっさりと避けられた。
無理もない。テミスが男に対抗出来ているのは、防御力の一点のみ。
攻撃力も素早さも、宝具は底上げしてくれないのだ。
おまけに、テミスの体にはダメージが蓄積されている。
宝具の効果によって男の攻撃を完全に無効化出来るほどの、深刻なダメージだ。
それほどのダメージを抱えて、まともな攻撃が出来るはずもなかった。
「誰が、悪だと? 貴様らは、俺の息子を殺したではないか!」
「なんだと?」
「罪もない俺の息子を、残虐に殺した人間こそが悪だ!!」
「待て、なんの話だ?」
「問答無用!!」
「くっ!」
男の言葉に引っかかったテミスだったが、尋ねる機会は失われた。
そこからテミスは、男からの猛攻撃を受け続けた。
ダメージはない。宝具が底上げした防御力が、ほとんど弾いてしまっている。
だが、攻撃に耐えられても、攻撃を止める力がない。
素手ではダメージが与えられないと気づいたからか、男は何もない空間から剣を取り出した。
(<異空庫>持ちか!)
剣は子どもの身の丈ほどある大剣だった。
その剣の切っ先が、テミスに迫る。
(これは不味いか)
テミスが辛うじて反応する。
だが、まるで間に合わない。
鈍色の刃が、テミスの首元に触れた。
「――ッ!」
「ぬ?」
男の剣は、しかしテミスの首を1ミリしか傷付けられなかった。
(……ふぅ。さすがに、肝が冷えた)
テミスは内心安堵する。
宝具を用いるのは、今日が初めてだ。
だからテミスは実際に、宝具がどこまでの攻撃を退けられるかを知らない。
さすがに武器はダメだろうと慌てたが、どうやら宝具はあらゆる攻撃を退けられるようだ。
続いて男は、掌に《フレア》を浮かべた。
村を焼いてあまりあるほどの上級魔術が、テミスに放たれた。
しかし、それですらテミスには効果がなかった。
「くっ……うおぉぉぉぉ!!」
そこからテミスは、男のありとあらゆる攻撃を受け続けた。
100発か、200発か。
攻撃を受け続けたテミスは、ふと攻撃が止んでいることに気がついた。
「はぁ……はぁ……」
男の息が上がっている。
それほど、男はテミスを激しく責め続けたのだ。
にも拘わらず、テミスに新たに生まれた傷はない。
さすが、悪魔を倒すための武具だけはある。
(……まだか)
もう、新たなダメージは受けない。
だがテミスは、焦っていた。
(まだ毒が回りきらないのか!?)
(オレの寿命は、あとどれだけ持つ?)
(あとどれくらい耐えれば、男は死ぬんだ!?)
テミスは、ずいぶん長く戦っている気がした。
実際はそこまで時間は経過してなのかもしれない。
だが、このままではテミスが先に倒れてしまうかもしれない。
その兆候が、既に現われていた。
「カフッ!!」
テミスが咳をすると、口から大量の血が飛び出した。
これが、蓄積されたダメージのせいか、削られた寿命のせいか、テミスにはわからない。
だが、テミスはこの異変で確信する。
もう長くは持たない……と。
それが相手にも伝わったか。
男が唇をニィっと歪めた。
「このまま黙っていれば、すぐに死にそうだな」
「さて、それはどうかな? そっちも、結界毒がそろそろ回ってきたんじゃないかな?」
「なら試してみるか」
「……」
男は自信ありげに笑った。
さて、ここからどうするか……。
考えていた時だった。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
見覚えのある少年が長剣を振りかぶり、男に斬りかかった。
その少年は――トールだ。
まさかのトールの出現に、テミスは唖然とした。
(逃げたんじゃ……なかったのか)
テミスには、トールがこの男の雰囲気に気圧されていたように見えた。
それも無理はない。
他の冒険者や、銀翼騎士団の団員は全員、身動きが取れなくなる程の圧を持つ相手だったのだ。
真の強敵が出現した時、己の力など関係ない。
最後に体を突き動かすのは、心の強さなのだ。
彼はまだ20歳にも満たない少年だ。
その少年に、並の大人を超える心の強さを望むのは酷というものである。
テミスが動けたのは、いついかなる時も、宝具を使って寿命を燃やし尽くす覚悟を持って、毎日を過ごしていたからだ。
(それほどの覚悟が、この少年にもあったのか……?)
男の雰囲気に飲まれて足を竦ませていた頃のトールはもういない。
黒い長剣を巧みに操り、男を攻めていた。
剣術の技量は、テミス以上だった。
テミスでは、剣筋を線で追うのがギリギリである。
そのトールの攻撃を、受けきっている男も恐ろしい。
(これなら、いけるか!?)
テミスが希望を見いだした、その時だった。
「しゃらくせぇぇぇ!!」
「――ッ!?」
男が力任せに大剣を振るった。
その攻撃を、トールが剣で受ける。
「避け――」
避けろ。
テミスがそう言う前に、剣が接触。
透の体が、小石のように飛ばされた。
力任せに飛ばされた透が、民家に直撃した。
――ズゥゥゥン!!
透が接触した民家が、その衝撃により瓦解したのだった。
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