第93話 見つからない糸口
「な……」
その光景に、テミスは言葉も出なかった。
テミスの目から見て、民家への衝突は致命的だった。
(生きていたとしても、戦闘に戻れまい……)
テミスはギリッと奥歯を噛みしめた。
力任せの攻撃は、決して正直に受けてはいけない。
受け流すのが基本である。
特に今の一撃は、男が〝突き飛ばそう〟としているのが見え見えだった。
だが、トールは攻撃を正直に受けてしまった。
技術的に男に迫っていたトールは、決して受け流しが出来ないわけではないはずだ。
これは咄嗟の選択ミスだ。
戦闘経験が少ない者が、よくこの手のミスを犯す。
(もし彼が、もう少し戦闘経験を積んでいれば……)
将来有望な少年が、このタイミングで強敵に出会ってしまった運命を、テミスは呪わずにはいられなかった。
○
男に突き飛ばされた透は、瓦解した民家の中から這い出していた。
「ひえぇ……危なかったぁ……」
透は埃にまみれているが、怪我は負っていない。
かなり強烈な力で突き飛ばされたが、その力のすべてを<合気>によって民家側へと受け流したのだ。
民家が綺麗に崩れ落ちたのは、そのためである。
これが出来なかったら、透は大けがを負っていたに違いない。
<合気>様々だ。
「やっぱり、基礎レベルの差は埋められないか……」
透が相手の攻撃を馬鹿正直に受けたのは、現在の透が相手の腕力に、どこまで拮抗できるか確認するためだった。
男の攻撃を受けた瞬間、腕に鈍い衝撃を感じた。
このまま耐えれば、腕が折れる。
咄嗟にそう判断した透は、地面を蹴って自ら後方に飛んだ。
そうして体にかかる負担を軽減したのだ。
今回の一撃でわかったのは、男の身体能力が圧倒的であること。
そして、うまく立ち回らなければ、力任せに潰される可能性があることだ。
透はスキルボードを使って、自らのスキルを大幅に強化した。
だからといって、レベルを上げて物理で殴るといった力技ではいけない。
半端な相手であれば、それも可能だった。
だが相手は半端ではない。
「よしっ!」
透は気合を入れ直し、崩れた民家から飛び出した。
方針は決まった。
あとは、時間をかけずに男を倒すだけだ。
男を封じ込めていたテミスは、体中が血だらけだ。
先ほど彼が口から血を吐いているのを、透は目にしている。
満身創痍の彼が、これまでどうやって男の攻撃を防いでいたのか、透にはわからない。
だが、これだけはわかる。
テミスには、一刻の猶予もない。
透は【魔剣】を弓にして、矢を射出。
放たれた矢は3本。男にまっすぐ向かった。
だが男は矢をいとも容易く払いのけた。
「矢じゃダメだな」
矢が男に刺さるビジョンが全く浮かばない。
それもそのはず。弓矢は一直線にしか進まない。
一定以上の実力者には、不意打ちでなければ通じないのだ。
すぐに気持ちを切り替える。
【魔剣】形態に戻し、透は男に接近した。
「うおおおおお!!」
<威圧>を放ちながら、透は【魔剣】を振るう。
切り、突き、薙ぎ、払い。
フェイントを入れつつ攻め立てる。
透の攻撃は、容易く受けられる。
男が、反撃。
透は攻撃を大きく回避する。
だが、回避動作が大きすぎる。
相手に攻める隙を与えてしまった。
「くっ……」
「おらおらおらおらァ!!」
男が次々と大剣を振るう。
透の【魔剣】より二回り以上大きな大剣が、重さを感じさせぬほど素早く振るわれる。
一撃でもまともに食らえばただじゃ済まない。
透は必死に避ける。
相手の攻撃が早すぎて、反撃に移れない。
透の回避行動に、無駄がありすぎるのだ。
(もっと、コンパクトに避けないと)
<思考>を駆使して、分析、調整、試行。
透の体が、徐々に理想の動きをなぞる。
>><回避Lv1>取得
(少し、楽になったか)
まだまだ油断出来ない。
だが、少しずつ男の攻撃について行けるようになった。
(もっとだ……もっとっ!!)
>><回避Lv1>→<回避Lv2>
反撃に移れる、兆しが見えてきた。
透は相手の攻撃にタイミングを合わせ、【魔剣】を振るう。
>><反攻(カウンター)Lv1>取得
「――しっ!!」
「くっ!」
透の攻撃は、絶妙なタイミングで振るわれた。
だが間一髪。
男が透の攻撃を回避した。
(よし、これで――)
透が続けて攻めようとしたその時だった。
「しゃらくせぇ!!」
男が<無詠唱>で火魔術を発動した。
(まずいッ!!)
即座に透は急停止。
バックステップで間を開けた。
もしそのまま攻撃を仕掛けていれば、今頃透は男が浮かべた火魔術の中に突っ込み、焼かれていたに違いない。
「灰燼に消えろ――《フレア》!!」
男が手をかざし、透に向けて《フレア》を放った。
(どう防ぐ? どうすれば良い!?)
透は《フレア》を、《ウォーターボール》で防ごうかと考えた。
だがここは市街地中心部だ。
かなり破壊されたとはいえ、建物はまだ残っている。
もし透が《ウォーターボール》を使えば、《フレア》で焼かれることはない。
だが、魔術同士がぶつかり合って、水蒸気爆発を起こす可能性がある。
もし爆発が起これば、辺り一帯の建物が消える。
透はこれ以上、被害を広げたくなかった。
コンマ1秒の刹那。
高速回転する<思考>から、過去の光景が浮かび上がった。
(これだッ!!)
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