第56話 対ワーウルフ

「あなたは、一体誰だ?」

「…………あー」


 透の質問に、ルカが気の抜けた声を発した。


「まさかメイン武器を間違えるとはー。わたしとしたことが、初歩的なミスをしてしまいましたねー」


 それまでのお嬢様言葉とは打って変わって、現在のルカの口調は酷く軽薄なものだった。

 また口調だけでなく、雰囲気まで変化した。


 声だけを聞けば、気の抜けた炭酸みたいに巫山戯ている。

 だが透は、安易に身動きが出来ないほどのプレッシャーを感じた。


「さてー、トールさん。わたしから質問ですー。あなたはどうして、こんなに早くフィンリスに戻って来たんですか-? フレアライト・ダンジョンの攻略はー、もっと時間がかかるもののはずー。罠が沢山ありますからねー。もしかして、攻略せずに引き返したんですかー?」

「いや、罠なら、風魔術で破壊しながら進んだよ」

「……は、ははー。予想の斜め上を行きますねー」


 ルカの表情が引きつった。


「あなたが素早く駆けつけたことも想定外でしたしー、聖水を大量に保有していたのもー、想定外でしたー。いやー、なにか持ってる人だと思ってましたけどー、まさかこれほどとは思いませんでしたー」

「それで、あなたは誰なんだ? 本物のルカさんはどうしたんだ」

「本物のルカなら、ここですよー」


 ルカが自らの胸を差し、ニマッと不気味な笑みを浮かべた。

 彼女もまた、フィリップと同じように〝何者かに体を乗っ取られている〟のだ。


 透は油断せず、【魔剣】を顕現させた。


「おっとー、その剣は怖いですねー。怖いのでー、ここらでお暇させていただきますねー」

「させると思う?」

「いえいえー。無理にでもお暇しますよ」


 そう呟いた彼女の背後から、透は強い殺気を感じ後ろに飛んだ。

 瞬間。

 ――ガッ!!


 透が立っていた場所に、深々と爪痕が刻まれていた。


 爪痕を刻んだのは、透よりも背丈のある魔物だった。

 それは頭部には耳、犬のような口、体中が銀色の体毛で覆われた、二足歩行の魔物だった。


「じゃあワーウルフさんー、あとは宜しくお願いしますねー」

「あ、ちょ――ッ!!」


 ルカがワーウルフと呼んだ魔物が、透の前に立ち塞がる。


(この魔物、強い……!)


 ワーウルフは、透の気の分散を許さぬほどの相手だ。

 透は天井にいくつか≪ライティング≫を設置し、意識のすべてを対ワーウルフに充てた。


 透が油断なく【魔剣】を構えると、ワーウルフがにたりと笑った。

 次の瞬間、


 ワーウルフの爪が頭上から振り下ろされた。

 目にも留まらぬ一撃に、しかし透は反応。

【魔剣】を柔らかく使い、攻撃をいなした。


 すぐさま反撃。

 しかし相手の追撃が早い。

 ワーウルフの回し蹴りを、バックステップで回避。

 即座に反転。

【魔剣】を下から掬い上げた。




 この反撃に、ワーウルフは冷静に対処した。

 ギリギリだが、目で追える速さだ。

 ウルフ系魔物の王として蓄積された戦闘経験が、ワーウルフを突き動かす。


 この剣士は強い。ワーウルフがこれまで遭った人間の中で、もっとも強いと言って良い。

 おそらく先ほどの〝小娘〟よりも、肉体性能は高いはずだ。


 それでも、ワーウルフは負ける気がしなかった。


 剣士はどういう理屈か、己の力に振り回されている。

 生まれながらに強靱な肉体を持つ者特有の〝力任せな動き〟が目立った。


 そういう手合いは、どれほど乱暴に動いても負けることがないため、自らの技を〝業〟へと磨き上げることがない。


 対してワーウルフは、成り上がりの王だった。

 シルバーウルフとして生を受けてから、ただひたすら頂を目指した。


 人間に殺されそうになったことは、数え切れないほどある。

 だがその度に策を練り、動きの極限を目指すことで死地を切り抜けてきた。


 力を得、進化してなお、ワーウルフの力への渇望は留まることを知らなかった。


 そんなワーウルフにとって、ただ力が強いだけの人間など、恐るるに足らない。

 十手先、二十手先の攻撃を見据え、手を積み重ねる。ただそれだけで、


「ぐっ!!」


 これまで擦りもしなかったワーウルフの攻撃が、あっさり剣士を捉えた。


 剣士の攻撃を一撃食らえば死ぬ。

 だが、当たらなければどうということはない。


 ワーウルフは死をもたらす攻撃を、笑いながら躱し続けた。

 剣士もまた、笑っていた。


 ――そうか、お前もオレと同じ戦士か。

 ――ぎりぎりの戦いが、胸焦がす興奮が、楽しくて楽しくて、仕方がないのだな。


 ワーウルフと剣士は笑いながら、まるで円舞を舞うようにお互いの攻撃を繰り出し続けた。


「――うぐッ!」


 三十手目で、ワーウルフの拳が剣士にクリーンヒットした。

 剣士は光が届かぬ闇の中まで吹き飛ばされた。


 これで、終わりか。

 はたまたまた同じ手で攻め続けるか。


 ワーウルフが次なる交わりに心躍らせた、その時だった。


 異変を感じて重心をずらす。

 次の瞬間、自らの肩に一本の黒い矢が突き立った。


「……っ!?」


 矢が放たれたことに、ワーウルフは気づけなかった。

 矢の色が闇に同化していたためだ。


 しかし通常であれば、決して避けられない攻撃ではなかった。

 ワーウルフが避けられなかったのは、偏に相手を〝剣士〟だと思い込んでしまったためだ。


 怒りにまかせて抜いた矢を、ワーウルフは握りつぶした。

 痛みはあったがそれよりも、怒りが勝っていた。


 ――オレが、この程度の攻撃に対処出来ないとは!!


 完全に油断していた。

 痛みを意識から消し去り、ワーウルフは気を引き締め直した。

 もう、二度と弓矢は食らわない!


 再び闇の中から姿を表した少年は、しかし弓ではなくあの禍々しい剣を手にしていた。


(また剣で戦うつもりか?)


 あの少年の剣技では、ワーウルフには適わない。

 それは、先ほどの戦闘で実証済みである。


 遠くから矢を放つほうが、まだ勝算が高い。

 とはいえワーウルフは放たれる矢をすべて回避してしまえる自信があったが……。


 少年は剣を構えた。

 先ほどの焼き直しだ。


 しかし、何故かワーウルフはその姿に、背筋がぞくりと粟だった。

 少年は先ほどから、なにも変わっていない。

 だが、覇気が明らかに違う。


 覇気に当てられたワーウルフは、僅かに冷静さを欠いて、自ら前に飛び出した。


 ワーウルフの初手は、届かない。

 先ほどもそうだった。

 焦らず手を積み重ねていく。


 最後の一手で、少年の胸に爪を立てる。

 その攻撃に、


「その攻撃は、もう見たよ」


 少年が反応した。


>><物真似Lv5>発動


 いや、反応しただけではない。

 繰り出した右手首を、なんと少年は剣で切り落とした。


 ワーウルフは決して、隙など作らなかった。

 ただ少年の反撃が、あまりに早すぎたのだ。


 あたかもその攻撃が、事前に来ることを知っていたかのように。


 ――なんと、美しい……。


 ワーウルフは業の頂を見た。

 まるで〝自らの動きを鏡で映したかのような攻撃〟に、ワーウルフは見とれた。


 見とれた時間は刹那だったが、それだけあれば、少年には十分だった。


「もう終わり? じゃあ、さようなら」


 その言葉と同時に、ワーウルフの意識が消え失せたのだった。


>>Lv30→31

>>スキルポイント61→71

>>位階Ⅱ→Ⅲ

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