第49話 ダンジョンを安全に、穏便に進め!

「と、トール。一体何をするつもりなのだ? 火魔術は、火魔術だけはダメなのだぞ!?」

「大丈夫。火は使わないから」


 慌てるエステルを安心させてから、透は前方に手をかざす。

 次の瞬間、


 ――ガリガリガリガリガリ!!


 効果範囲を拡大した≪エアカッター≫が、ダンジョンの表面を削りながら通路を進んで行く。

 あとには、表面が削られた通路と、破壊された罠の無残な姿が露わになっていた。


「な、な、な……なんなのだこれは!?」

「斥候が罠を無力化するっていうのを聞いて、同じことを魔術でも出来ないかなって思ってさ」

「どこが同じなのだ!? 全然違うではないか!!」

「でも、罠は上手く破壊出来たよ?」

「罠を破壊するのに、通路ごと破壊する者がいるかっ!」


 斥候は罠を狙い澄まして無効化する。

 だが透は斥候ではないので、繊細な作業は出来ない。


 そこで、魔術である。

 絨毯爆撃よろしく、罠で綺麗に通路の表面を削っていけば、罠がすべて破壊出来るのでは? と透は考えた。


 結果、大成功である。


「これでスムーズに進めるね!」

「ああ……ダンジョンの、醍醐味が……」


 早くダンジョンの奥が拝めるとウキウキする透とは打って変わって、エステルは白い目をして項垂れたのだった。




 罠を破壊しながら進んでいると、透の<察知>が魔物の気配を感知した。

 エステルと目で頷き合い、透は【魔剣】を顕現させた。


 タタタッという足音とともに、通路の奥から数匹の魔物が出現した。

 シルバーウルフの群れだ。


 その姿を見た透は、


「……犬」


【魔剣】を消して、<威圧>を行った。

 瞬間、


「「「ヒャウン?!」」」


 シルバーウルフが急ブレーキ。

 尻尾を巻いて通路の奥へと一目散に逃げて行った。


「……トール。何故シルバーウルフを逃がしたのだ」

「いや、だって……なんか、可哀想じゃない?」


 ゴブリンなら無感情にサクサク倒せる透だが、シルバーウルフは別だ。

 小動物好きなので、命を奪うのに抵抗があった。


 命を奪わずに済むのなら、それに越したことはない。


「相手は魔物なのだぞ?」

「でも……昔飼ってたシロのことが思い浮かんで……ッ!!」


 透の目に涙が溜まっていく。

 シロは幼い頃、河川敷で拾った白いふわふわの犬だ。


 シロは非常に賢く、人なつこい犬だった。

 透はシロを大切にし、共に育っていった。


 しかし東京に雪が降るような、大寒の日のことだった。

 学校から家に帰った透は、既に息を引き取ったシロの亡骸を発見したのだった。


 抱きしめたシロの冷たさを思い出すと、今も涙が――。


「あー、わかった。わかったから泣くなトール」

「なな、泣いてないもん!」


 そう言って、透は目元を乱暴に拭った。


「しかしな、トール。追い払っていても、いずれ無理が来るものなのだ。未来の自分がツケを払うことになるのだと、覚えておいて欲しい」

「……わかった」


 一応、エステルは透の行動を許してくれるようだ。

 気を取り直して、透は通路を削りながらダンジョンの奥へと進んでいくのだった。




「……ほらな?」

「…………」


 罠を破壊しながらダンジョンの奥の一歩手前に到達した透は、エステルに白い視線を突き刺されていた。


 透の奥には、鉄製と思しき黒い扉がある。

 今回目的のアイテム『フレアライト』は、扉の奥にあるのだろう。


 しかし透らは、その扉を前にして足止めを食らっていた。

 その扉の前には、


「「「「「クゥゥゥン」」」」」


 シルバーウルフの大群が、地面に伏せていた。

 透に<威圧>され続けたシルバーウルフは逃げ場を失い、通路の一番奥まで文字通り追い詰められてしまったのだ。


 その数は、シルバーウルフを避けて歩くスペースがないほどだった。


 シルバーウルフは耳をへたっと倒しながら、透を上目遣いで伺っている。

 その姿を見て、透は一匹ずつもふもふする光景を思い浮かべ、現実逃避を試みる。


「トール。トール!」


 しかし、エステルがそれを許さない。

 現実を見ろと、強く透の脇腹を突いた。


「これは、トールが招いたことなのだぞ。トールが責任をもって処理をするべきだ」


 エステルの言葉は非情だが、シルバーウルフは魔物――人間を襲い、食らう生物だ。

 人類の敵に塩を送りまくった結果、こうして集団化してしまったのだから、すべての責任は透にある。


 現在はダンジョンの中だから良い。

 だがこれがもし地上であれば、透が逃がしたシルバーウルフが集団化し、透のいない町を襲っているかもしれないのだ。


 透は【魔剣】を顕現させ、一歩前に踏み出した。

 それだけで、シルバーウルフたちは『もうダメだぁ!!』と言わんばかりに鼻を鳴らした。


 そんなシルバーウルフに視線を合せるよう、透はかがみ込んだ。


「キミたちの中で、リーダーは誰?」

「「「……」」」

「リーダー!」

「ひゃうん!!」


 透が叫ぶと、一匹のシルバーウルフが勢いよく立ち上がった。

 立ち上がったのだが、腰が完全に砕けている。


 あまりに怯えすぎて、ジョボボ……と失禁までしている。

 見るに堪えない。


 透は集団を纏めるリーダーに視線を合わせ、<威圧>をしながら言った。


「全員を纏めて、壁際に一列に立たせろ」

「…………」

「早く!!」

「ひゃんっ!!」


 一喝すると、これまでビクビクしていたとは思えぬほどの機敏さで、リーダー含むシルバーウルフの集団が通路の壁に整列を始めた。


 前足を素早く動かしてはいるが、腰がガクンガクンと砕けている。

 機敏ではあるが鈍足というおかしな動きだ。


 恐慌状態に陥りながらも、シルバーウルフは透の指令を遵守した。

 守らなければ確実な死が待っている。

 それは、生存本能が正しく機能した結果だった。


 シルバーウルフが通路に沿って一列に並んだおかげで、透たちの行く手を塞ぐものが消えた。


「よしっ、これで奥に進めるね!」

「……いや、トール。それはおかしい」


 最奥の部屋へと元気よく進む透に、エステルががくりと項垂れた。


「邪魔は排除したでしょ?」

「いや、そういう意味ではなく、シルバーウルフを倒せという意味だったのだが……」


 エステルが壁際で息を潜めるシルバーウルフをちらり横目で見た。

 見られたシルバーウルフが「きゃうん!?」と反応する。


『えっ、ボク死ぬんすか? 死んじゃうんっすか!?』と言うかのように、がくがくと体を震わせていた。


「エステルは言ったよね。ダンジョンは基本的に魔物を一定数まで生み出すけど、大きなダンジョンにならない限り、魔物を外に排出することはないって。だったら、このシルバーウルフは別に、倒さなくてもいい魔物なんじゃないかな」


 この魔物がダンジョンの中に引きこもっている限りは、誰にも迷惑を掛けない。

 時々冒険者は現われるだろうが、地上で普通に暮らしている町人や村人とは違う。怪我や落命を覚悟の上でダンジョンに入っているのだから、シルバーウルフに攻撃をされても文句はいえない。


「う~~~む」


 トールの答えに、エステルは腕を組んで難しい表情を浮かべた。

 どう反論して良いか悩んでいるのだ。


 だがトールの弁はなかなか反論しにくい。

「魔物は殺せ」と強弁することも可能だが、それでは命を軽く扱っているようで、エステルの人格が疑われかねない。


 かといって、エアルガルドでは受け入れにくい考えでもある。


 魔物は人類の敵だ。決して相成れない存在である。

 それがエアルガルドで育った人類の、共通認識である。


 しかし、中には人間と共存するタイプの魔物も一定数いる。

 たとえばスライムがそうだ。


 決して人に仇成すものでない魔物は、無闇に命を奪うべきではない。

 その理屈がわかるエステルは散々悩んだ挙げ句、透への抗弁を諦めるのだった。

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