第42話 ライティング・トラップ
「トール、まだ起きてるか?」
透が≪ライティング≫に夢中になっている時、部屋が二度ノックされた。
しかし透は目の前の光景に夢中で、気づかない。
「トールぅ? なにやら窓がとんでもなく光ってるって、女将から言われたのだが……」
再三の呼びかけにも気づかない透だったが、
「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」
エステルの悲鳴を耳にして、我を取り戻した。
「えっ、エステル!?」
「目が、目がぁぁぁぁ!!」
透は慌てて≪ライティング≫を消し去った。
振り返ると扉の向こうでエステルが、目を押さえながらごろんごろん床を転がっていた。
エステルが落ち着くまで、しばしの時間が必要だった。
彼女は目は見えていたが、いまだに光の衝撃が残っているのか、涙をぽろぽろ流している。
「トール。目がしぱしぱするのだ……」
「ご、ごめん。まさか部屋に人が入ってくるなんて考えもしなかったから……」
ただの光反射なのはわかっているが、涙をぽろぽろ流すエステルを前にして、透はあたふた取り乱す。
「なんで、部屋で目潰しなんて使っていたのだ?」
「め、目潰しじゃないよ。≪ライティング≫を使ってたんだ」
「冗談は良くないぞトール。≪ライティング≫で目潰しは出来ない」
「あっ……うん。いや、目潰しじゃなくて――」
そう言って、透は布団を指差した。
「いつも布団の裏に≪ライティング≫を仕込んで寝るんだけど――」
「何故そんな馬鹿な真似をしているのだ? ≪ライティング≫は暗がりを照らすために使うもので、布団の中に仕込むものではないのだぞ?」
「…………」
エステルに正論でズバッと切り込まれ、透は言葉に詰まった。
僅かなオブラートの陰さえ感じられない。
「なるほど。トールの世界では皆、布団の中に灯りを仕込んで寝るものなのか」
「いやいや、それはないよ」
地球民は輝く布団でベッドに眠る。
そんなエステルの勘違いを、透は即座に訂正した。
「僕が≪ライティング≫を使ってたのは、室内で魔術訓練をするためだよ。それともう一つ。エステル、これを見て」
「むっ?」
そう言うと、透は自らとエステルに≪ブラインド≫を使った。
≪ブラインド≫を受けてエステルは僅かに腰を上げたが、術者が透だからか、すぐに落ち着きを取り戻した。
「こうして、布団の中に≪ライティング≫を仕込んでいくんだけど……」
透は次々と布団に≪ライティング≫を灯していく。
すると、≪ライティング≫が100を越えたところで、布団がふわりと宙に持ち上がった。
「えっ!?」
「どういう理屈かはわからないんだけど、≪ライティング≫を重ね掛けすると、布団が浮かぶんだ」
≪ブラインド≫の向こうでは、布団が下方を輝かせながら宙にふよふよと浮かんでいた。
この現象を発見したとき、透は一体どこまで布団を飛ばせるのか気になって、ついつい夢中になってしまった。
おかげで、エステルの目が危うく潰れるところだったのだが……。
「さらにちょっと光りのバランスを変えると」
透が布団の側面にいくつか≪ライティング≫を仕込むと、宙を漂っていた布団が横回転を始めた。
光輝く布団が宙に浮かびクルクル回転する。
その光景に、エステルがひねり出すように言った。
「一体、どうなっているのだこれは?」
「うーん、それが判らないんだよね」
光には質量がない。
どれだけ光を強くしても、なにかを動かす力は生まれない。
だが、≪ライティング≫だけで布団は浮かんだ。
つまり自然光とは違い、魔術で生み出した光には、なんらかの力が働いているのだ。
しかしその力がなんなのかまでは、魔術学者ならざる透にはわからなかった。
宙に浮かぶ布団を見て、当初は呆気にとられていたエステルだったが、その後冷めたように咳払いを一つして口を開いた。
「……えーと、まあ、凄いのだなトール。ただ……えー、布団を浮かせるだけなら、風魔術でもっと簡単に出来るのではないか?」
「うぐっ」
エステルの正論が、ぐさりと胸に突き刺さる。
たしかに彼女の弁は正しい。
下側から風魔術を使えば、布団は簡単に持ち上げられる。
さらに数百の≪ライティング≫を使うよりも、風魔術の方が燃費は圧倒的に良い。
しかし、しかしだ!
透は決して、布団をただ浮かせたかったわけではない。
〝光の力で布団を浮遊させたかった〟のだ。
決して不可能だと思える力を結集させて、不可能を可能にするのは男のロマンなのだ。
「まあ、ロマンはわかったし、布団が光で浮かび上がったのが凄いこともわかるのだが……いまは深夜なのだ。外に漏れる光で他の客から文句が出てるようだから、少し自重してくれ」
拳を固めて力説しても、透の熱い思いはエステルには一個も伝わらなかったのだった。
○
翌日。深夜の≪ライティング≫騒動について女将から釘を刺された透は、肩を落としながらエステルと共にギルドへと向かった。
『あんたは普通に泊まれないのかい!?』
≪ライティング≫のせいで他の客からクレームが出たことで、女将はカンカンだった。
しかし、透は普通に泊まっているつもりである。
≪ライティング≫は宿の規約で禁止されてるわけじゃないし、物音も立てていない。
ただ、透の部屋がまぶしすぎたのがいけないだけだ。
(今度はクレームが出ないように、ちゃんと窓にブラインドを施してから練習しよう!)
転んでもただでは起きない透であった。
ギルドに付いた透は早速カウンターに足を運ぶ。
「お早うございますトールさん! ……と、エステルさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「……トールぅ?」
「知らない、知らないから、僕を見ないで」
マリィの対応のランクが違うことで、エステルの瞳がほの暗く輝いた。
呪われそうな程の瞳で見つめられて、透は慌てて首を振る。
マリィの対応の差に心当たりは一つもない。
「……昨日引き受けた依頼なんですけど、完了したのでその報告に来ました」
透は聖印が捺された用紙をマリィに渡す。
捺された聖印をマジマジと見つめ、マリィが言った。
「……間違いありません。これはネイシス教の聖印ですね。まさか1日でクリアするとは思いませんでした。一体、どうやってネイシス教会を見つけられたんですか?」
「うーん。それが僕らにも判らないんですよ」
ネイシス教会まで歩いた道順はわかる。
だが透は再びその道を使っても、教会にたどり着けないのではないかと思えてならない。
「やはり、運命神というだけあって、縁が繋がらないとたどり着けないのでしょうね。聖印も確認出来ましたので、これで依頼完了とさせて頂きます。トールさん、エステルさん、ギルドカードをお預かりいたします」
マリィはギルドカードに依頼完了のポイントを振り分け、巾着ほどの麻袋を透に渡した。
透が中を覗くと、間違いなく金貨一枚が入っていた。
袋のサイズに見合わぬ大金である。
「エステル。あとで半分渡すね」
「了解だ」
透はそれをツールポシェットの中に入れる――ふりをして<異空庫>に放り込んだ。
「これで依頼完了となります。他にはなにかございますか?」
「いえ。ありがとうございました」
マリィの傍を離れ、今度は依頼掲示板に向かう。
「どうしたのだトール。シモンの店に行かないのか?」
「店には行くけど、依頼を一つ受けようかなって思って」
透はEランクの掲示板を眺めながら、続ける。
「ほら、新しい武器が手に入ったら、使い勝手を確かめる必要があるでしょ?」
「……なるほど。だから、丁度良い依頼を受けるのだな」
「その通り」
武器の善し悪しは、使ってからわかることもある。
なので透は丁度良い――命を奪うため、透は試し切りと口に出来なかった――依頼を見繕っていた。
「トール。これが丁度良いのではないか?」
「なるほど、それで決まりだね」
依頼を探す透に、エステルが一つの依頼を指差した。
その依頼を見て、透も満足して頷いたのだった。
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