第41話 称号の設定
「気になってはいたんだけど、ずいぶんと遅くなっちゃったな……」
宿の自室に戻った後、透は後回しにしていたスキルボードを顕現させた。
自称神――もといネイシスが口にしていた『称号』という項目の確認を行う。
本来ならば、ネイシスに教わった直後に確認したかったが、傍らにエステルが居たため後回しにしてしまっていた。
透はスキルボードをがんがんスワイプする。だがスキルの終わりが見えない。
いい加減スワイプに飽きてきた頃「そういえばツリーは閉じれるんだったな」と思い出し、上に戻ってツリーを閉じた。
「っていうか、どうしてツリーを閉じるってことに気づかなかったんだろう……」
自分の馬鹿が原因で時間をかなり浪費してしまった。
○ステータス
トール・ミナスキ
レベル:21
種族:人 職業:剣士 副職:魔術師
位階:Ⅱ スキルポイント:12
○基礎
○技術
○称号【 】
透は発見した称号の空白欄をタップする。
すると選択可能な称号の項目が別窓で浮かび上がった。
「結構多いな……って、なんじゃこりゃ!?」
・魂の剪定者 ・迷い人 ・劣等人
・トマト野郎 ・犬の守人 ・|強敵討伐(ジャイアントキリング)
・薬草採取の達人 ・ロックワームキラー
・フォルセルスの祝福を受けし者
・アルファスの祝福を受けし者
・アグニの祝福を受けし者
・エルメティアの祝福を受けし者
・アマノメヒトの祝福を受けし者
・ネイシスのしもべ
透は浮かび上がった称号一覧を見て、しばし固まった。
「…………」
部屋備え付けの木のコップに≪給水≫で水をそそぎ、一気に煽る。
水を飲んで少し落ち着いたところで、透は再度スキルボードを眺めた。
まず魂の剪定者。まったく身に覚えのない称号だ。ただ、ネイシスとの会話で透の【魔剣】が人に特殊な効果をもたらすことが判明した。
おそらくはその関連で得られた称号なのではないか? と推測出来るが、それ以上のことがわからない。
次に迷い人と劣等人。こちらは明快だ。透がフィンリスに来てから何度も呼ばれたことがあるので、それがきっかけで称号一覧に入ったのだ。
「トマト野郎……。まあこれも、何回か呼ばれたことがあったか」
たった数度呼ばれただけで称号一覧入りするとは……。
称号の取得条件はずいぶんとゆるゆるだ。
犬の守人。こちらも謎ではあるが、透には思い当たる節がある。
フィンリスの森に入ってから、何度となくシルバーウルフに遭遇した。だがその度に一度も殺さず、追い払っている。
おそらくそれが、この称号取得の条件なのだ。
薬草採取の達人は、名称通り。
薬草を沢山採取したことで取得出来たとみて間違いない。
「ジャイアントキリングは、レベル差10以上の相手を倒すとかかな? ロックワームキラーは、まあ沢山倒したしね」
鍾乳洞内で倒した数も含めると、透は相当数のロックワームを倒した。
これが称号取得に繋がったとみて間違いない。
ただ、透はゴブリンも大量に倒している。
しかしゴブリンキラーの称号は得られていない。
「違いは……数かな?」
今後、ゴブリンを倒しながら称号が出るかどうか調べることにした。
ここまでは良い。一部納得出来ないものもあったが、理解出来る範疇を超えていない。
だがこの次からが問題だ。
「なんでこんなに沢山の神様から祝福されてるの?」
フォルセルス・アルファス・アグニ・エルメティア・アマノメヒト・ネイシス。
エアルガルドの創造に携わった6柱全てから加護を戴いていた。
「加護は……教会に行ったから、じゃないか。アマノメヒトは教会がなかったしね」
だとすると、エアルガルドに転移したせいか。
いずれにせよ全神から貰えるとは、加護の大安売りである。
「単純に祝福されただけで、力を与えられたわけじゃないのかもしれないしね」
この世界の神の祝福は、神社仏閣に行けば貰える御朱印程度のものなのか。
エアルガルド民ではない透には、祝福の価値がいまいち判断出来なかった。
さておき、神の称号の中で一つだけ異様なものがある。
「ネイシスだけ〝しもべ〟って……。他の神様と僕の扱い違わない!?」
しもべとは、召使いや下僕という意味である。
普通に祝福してくれた神様との扱いの落差に涙が出る。
(あれだけ教会を綺麗にしてあげたのに。酷い……)
そもそも、透はネイシスのしもべになったつもりは一切ない。
教会掃除は召使いの仕事だといわれればそれまでだが……。
「もしかして、初回ログインボーナスって、これのことか?」
だとするなら、ありがた迷惑である。
「この称号を返上する方法はないものか……」
ギリギリと透は奥歯を鳴らす。しかし、神ならざる透には、神から与えられただろう称号の返上方法など思い浮かぶはずもなかった。
ひとしきり称号を確認したあと。
透はどの称号を設定するか頭を悩ませる。
迷い人、劣等人、トマト野郎は論外だ。考えるまでもなく選択肢から除外する。
次に犬の守人、薬草採取の達人。こちらは牧歌的で良いが、称号設定時の恩恵が少なそうなので除外する。
「そもそも称号設定すると、ステータスアップとかあるのかな?」
ネイシスにそれを尋ねればよかったと、透は今更ながらに後悔した。
いろいろ悩んでも答えは出ない。
透がプレイしたことのあるゲームでの称号は、大抵付加効果がつきものだった。
また、ネイシスがわざわざ透を引き留めてまで『設定しろ』と伝えたのだ。なにかしらの効果があるものだという前提で考える。
「魂の剪定者は……うーん。特殊効果はありそうだけど、なんか効果が特殊なものっぽいよなあ」
名前の中二度の高さから、そこはかとなく強い称号のように感じられる。
だがステータスアップではなく、特殊効果付与の気配を感じる。
称号の効果は、スキルボードで確認出来ない。
もし魂の剪定者に、人として致命的な効果があった場合が恐ろしい。
気軽に設定するのは危険である。
「ジャイアントキリングは、対強敵時にステータスアップ。ロックワームキラーは対ロックワーム戦でのステータスアップかな? ロックワームはもう良いとして、ジャイアントキリングは少し魅力かなあ」
透は選択肢に、ジャイアントキリングを保留した。
残るは神の祝福シリーズと神の下僕……もとい神のしもべだ。
透は水をぐいっと煽り、空になったコップに≪給水≫した。
「まず、しもべは論外として――」
透が選択肢から排除しようとした時、テーブルに置いた、水がたっぷりはいったコップがひとりでに倒れた。
「ありゃま。なにか引っかけちゃったかな」
テーブルの上から下まで水浸しだ。
透は濡れたテーブルや床を≪乾燥≫で乾かした。
コップを立てて、再び中に水を入れる。
「さて、と。しもべは除外――」
再びコップが倒れた。
透はコップをじっと睨みつけた。
「……しもべとか論外だから――」
コップがテーブルから落ちてカランと音を立てた。
「見ているなッ!?」
透は天井を睨みながら叫んだ。
しかし、反応はない。
しばし天井を見上げた透がふと我に返る。
(この状態を他の誰かに見られたら、絶対痛い奴だと思われるな……)
中二的行動に赤面した透は、再び濡れたテーブルや床を手早く≪乾燥≫させた。
そして、コップを手に持って強く握りしめる。
ネイシスのしもべは論外だ。選択肢に入る余地さえない。
それは横においといて、残る祝福シリーズである。
フォルセルスが正義。アルファスが技術。
アグニが戦。エルメティアが魔術。
アマノメヒトが自然を、それぞれ司っている。
「一番良いのは、やっぱり冒険者だしアグニかなあ」
透が呟くと、コップがカタカタと横揺れを始めた。
ネイシスの『なんでよ!?』という叫び声が聞こえるようだ。
ネイシスのしもべは、祝福よりも神に近いイメージを受ける。
神に近い分だけ、ステータス上昇効果もあるだろう。
だがその分、透はネイシスに厄介な仕事を押しつけられそうな気がするのだ。
|召使い(しもべ)なだけに……。
「これ、設定しなくても、取得してるだけで多少効果があるとかならいいんだけどなあ」
世の中そこまでうまい話はない。
透は諦めて、冒険者としてもっとも恩恵がありそうな【アグニの祝福を受けし者】に決めた。
最後の悪あがきのつもりか。
指で称号をタップする時、コップが一際激しく横揺れした。
その揺れで、狙いが僅かに狂った。
「あっ」
>>○称号【 】→【ネイシスのしもべ】
「…………」
透は思わず、手にしたコップを全力で投げつけたい衝動に駆られた。
ひぃひぃふぅー、と何度も呼吸を繰返し、暴走する衝動を抑え込む。
「……大丈夫だいじょうぶ。どうせ称号は変更可能――」
>>称号【ネイシスのしもべ】は変更出来ません。
何度タップしても、称号再設定画面が現われない。
「……ぐぎぎっ!!」
透がギリギリと奥歯を鳴らす。
そんな透をあざ笑うかのように、コップがカタカタと揺れた。
――パァン!!
手の平でコップが粉々にはじけ飛んだ。
「次に会ったら、覚えてろよ……ッ」
透は心の中で血の涙を流しながら、ネイシスに向けて全力で怨嗟の念を送るのだった。
称号の設定に失敗した透は、そのままふて寝しようとした。
だがふと思い直し、ベッドに座り込む。
たとえ怒っていたのだとしても、このまま眠るのは怠惰に変わらない。
なので、やり場のない怒りを睡眠前の魔術訓練に向けることにした。
「≪ライティング≫≪ライティング≫≪ライティング≫……くっ、目がっ!」
普段よりも布団に光を灯しすぎて、うっかり自分の目を潰しそうになった。
透は慌てて発動した≪ライティング≫を消去した。
「うーん。なにか良い方法があれば……っそうだ。≪ブラインド≫だ!」
≪ブラインド≫は闇属性の魔術で、相手の目を暗ませる効果がある。
試しに透は自らに≪ブラインド≫をかける。
「暗い……けど、これは目が見えないだけかな?」
視神経が遮断されて見えないのか、それとも黒い靄に目が覆われて見えないのかが、わからない。
透は目の前に≪ライティング≫を灯す。
「んー? 少し光って見える、かな? よしっ、これなら――!」
透は思い立った傍から、次々と布団の中に≪ライティング≫を仕込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます