第27話 修得したスキルが発動する時
「今回のエステルさんの任務ですが、成功と判断させて頂きます。クイーンロックワームの魔石は買取でよろしいですか?」
「ああ。他にもロックワームの魔石もあるので、こちらも買い取ってもらいたい」
「では――」
マリィが口を開き書けたときだった。突然、ノックもなしに個室の扉が開かれた。
透は少し前から<察知>で気づいていたが、エステルとマリィは予想外だったようで、ビクンと肩を振るわせ固まった。
「……フィリップさんでしたか。なにか問題がございましたか?」
「ええ。エステルさんが戻ってきたという話を耳にしましてねぇ。状況の確認をしに来たんです」
「その件については、後ほど報告させて頂きます」
「いえいえ。いま確認させてください。一応、エステルさんに依頼を振ったのは、わたしですからねぇ」
フィリップは、以前もエステルの依頼に携わっていた、ねちっこいしゃべり方の男である。
彼は上から見下すようにエステルを見る。まるで「どうせ森から逃げ帰ってきたのだろう」とでも思っているような、相手を小馬鹿にするような表情だった。
そのとき、「おやっ?」とフィリップが透を見とがめた。
「そこの少年は?」
「彼は冒険者のトールさんとおっしゃいまして、今回の依頼で重要な役割を担っておりました」
「んん、トールさんは部外者なのかなぁ?」
フィリップが言う部外者とは、パーティにも依頼にも関係のない者という意味だ。
だがずいぶんとトゲがある。
「そうですが……」
「なら席を外して貰えますかねぇ? ああ、そうそう、マリィくん。彼をこの場に同席させたことは、守秘義務違反に当たる可能性がありますねぇ。このことは上に報告させて頂きますねぇ」
「……はい」
マリィが唇を噛みしめる。反論したいが、彼の言葉の正当性に太刀打ち出来なかったようだ。
透はフィリップの言動に、やや苛立ちを覚えた。
一応透も関係者である。その透を、唐突に現われた人物が出て行けと言ったのだ。いくら相手が正しいことを言っていても、素直に従う気にはなれなかった。
「大変申し訳ありませんけど、僕とエステルは今日パーティを組んだんです」
「――ッ!」
透のそれは、売り言葉に買い言葉のようなものだった。
つい勢いで言った台詞に、隣にいたエステルが声にならない声を上げ、一センチほど浮き上がった。
後頭部のポニーテールが、ブンブンと音を立てて揺れている。まるで犬の尻尾である。
(前から思ってたけど……この髪の毛、どうなってんの?)
摩訶不思議なエステルの髪の毛に、透は首を傾げた。
「パーティメンバーであれば部外者ではないと思いますが、如何ですか?」
「エステルさん。トールさんの言葉は事実ですかぁ?」
「そそ、そうだぞ! 私とトールはパーティを組んだのだ。だから部外者ではない!」
「はあ。ならば不問としましょう」
フィリップはしょうがないと言わんばかりに首を振った。
「それではマリィくん。報告を」
「は、はい。エステルさんの任務は成功しました。まだ整理しておりませんが、こちらが調書です」
「成功? ……貸してください」
マリィから調書を受け取ったフィリップが、素早く中身に目を通した。
彼の視線が調書の終盤辺りにさしかかった時だった。
常に薄ら笑いを浮かべていた彼の表情に、僅かな変化が現われた。その変化はすぐに薄ら笑いにかき消される。
しかし透は、それを見逃さなかった。
「……内容は把握しましたぁ。エステルさん、任務の達成おめでとうございます。マリィくん。エステルさんを魔石の鑑定にお連れしてください」
「り、了解しました。エステルさん。それではカウンターまでお願いします」
「わかった。トールも行くぞ」
エステルに言われ、透が立ち上がろうとしたとき、フィリップが待ったをかけた。
「少々お待ちを。彼と少しだけお話をさせてください」
なにを考えているのか、フィリップの表情からは伺えない。だが、透としては好都合だった。
「エステル。先に行ってて」
「しかし……」
「大丈夫だよ」
フィリップになにかされるのではないかと考えたのだろう。エステルが不安げな表情を浮かべた。
繰り返し「大丈夫だから」と伝えて透がひらひらと手を振ると、後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、エステルは小部屋を後にした。
小部屋に残された透が、フィリップと向かい合う。
やはり、表情を見てもなにを考えているのかがわからない。彼は内心を隠す術に長けている。ギルドのカウンター業務の長を務めるだけはあるということか。
「ここは防音設計になってましてねぇ。なにを話しても、一切外に漏れませんのでご安心ください」
「はあ……」
「それではまず始めに伺います」
そのとき、フィリップの瞳の色が明らかに変化した。
これまでヴェールに隠されていた彼の本性が、僅かに垣間見える。
「あなたは何者ですか?」
刃を首筋に当てるような声色だった。それは威圧ではないし、威嚇でもない。彼の本性は、そういう鋭さを持っているのだ。
「あなたたちが言う迷い人ですが」
「わたしが知る迷い人は、決してロックワームを倒せるような人間じゃありません」
「じゃあ僕は、ロックワームを倒せる迷い人だったんでしょうね」
「……決して〝1からレベルが上がらない〟劣等人が、どうやってレベル30のクイーンロックワームを倒せると?」
なるほど、と透は思った。
エステルがクイーンを〝絶対に〟倒せないと強調したのは、これが理由だったのだ。
(そっか。迷い人ってレベルの上限が1だったんだ。けど、僕は普通に上がってるよなあ。……あっそうか。<限界突破>か!)
透はその可能性に思い至った。
スキルを振る時は特になにを考えたわけでもなく、単純に名前が強そうだからと<限界突破>に振ったが、どうやらそれは透のレベル上限を突破するためのスキルだったようだ。
(ってことは、これに振らなかったら永遠にレベルは上がらないし、ステータスが上がらないから弱いままだし、おまけにスキルポイントも稼げなかったってことだよね……。危なかったあ!)
もしもの可能性を考えた透の背筋に、冷たい汗が流れた。
これまでエアルガルドを訪れた迷い人はスキルボードを持っていなかったのではなく、<限界突破>にポイントを振り忘れたか、あるいは振れないほどポイントを持っていなかったか……。そのいずれかである可能性が高い。
透は無意識に、所謂〝詰み状態〟を回避していたのだった。
もし詰んでもここは現実だ。ゲームのようにリセットは出来ない。
レベルアップ不可は透が生存する上で、人生を終わらせかねない程の足かせとなっていたに違いない。
「再度お尋ねします。あなたは何者ですか?」
「僕の答えは変わりません。ただの迷い人です」
フィリップの鋭い雰囲気にも、透は一切揺るがず答えた。
しばし、互いに視線をぶつけ合う時間が流れた。
その間を破ったのは、フィリップのため息だった。
「話は以上です。もう結構ですよぉ」
「それじゃあ、僕から一つお尋ねします」
話を終えようとしたフィリップに、透は僅かに姿勢を正した。
ここに来る前に、ポイントを振っていたスキルを意識する。
「どうしてエステルを殺そうとしたんですか?」
>><断罪+2>発動
透が付き出した言刃が、フィリップの呼吸を僅かに止めた。
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