第14話 カードを手に入れ本日のお宿へ

「あのぅ、申請手続きを進めて頂いてもいいですか?」

「あ、はい。脱線して申し訳ありませんでした。それでは実力テストが完了致しましたので、ギルドカードの発行を行います。今回の実力テストは少々特殊な事例でして、私としてどうしようか迷うところなのですが……。念のためにという意味でトールさんはFランクからスタートさせて頂きたいのですが、よろしいですか?」

「もちろん」


 透は首を縦に振る。


「ありがとうございます。それでは冒険者ギルドの規約についてお話させて頂きます」


 受付嬢はカウンターの下から使い込まれた羊皮紙を取り出した。

 その羊皮紙に書かれた文字をなぞるように、ギルドの規約を説明する。


 規約は、特に難しいことはない。一般人をみだりに攻撃してはいけないとか、依頼人に不利益を与えてはいけないとか、勘定をごまかしてはいけないとか。社会人として十年近く生きてきた透にとって、ごく当たり前のものばかりだった。


 また依頼の受け方や、報告方法、素材の買取などの簡単なレクチャーを受ける。


「同じ冒険者同士での諍いは御法度となっておりますが、自衛や任務が絡む場合はその限りではありません。同じ冒険者だからと安心しすぎないよう、ご注意ください。

 依頼を一定数こなしますと、冒険者ランクが上昇します。ランクが上昇しますと、より報酬の高い依頼を受けることが出来ますが、難易度も高くなります。依頼の失敗だけでなく、命の危険も高まりますので、ご了承ください。

 注意点ですが、事前準備をおろそかにしたですとか、そもそも実力に見合っていなかったなどの理由により依頼を失敗しますと、違約金が発生します。さらに失敗を重ねますと、冒険者ランクが下がることがございます。

 ランクに拘わらず、失敗の内容によっては登録抹消もございます。登録が抹消された場合、一定期間再登録不可となりますのでご注意ください」


「はい。あの、ギルドのランクについて少し詳しく教えていただけますか?」


「はい。ギルドのランクですが、下はFから上はAまでございます。こちらのランクですが、魔物のランクと紐付けされております。ですが、必ずしも自分のランクと同じランクの魔物が倒せるわけではありませんので、ご注意ください。ランクの具体例につきましては、こちらの紙をご覧下さい」


 冒険者と魔物のランクについての具体例が紙に記されていた。


Aランク=世界一位級の冒険者:ドラゴンなど

Bランク=国一位級の冒険者:オーガキングなど

Cランク=街一位級の冒険者:トロルなど

Dランク=中堅冒険者:ゴブリンキングなど

Eランク=一般冒険者:ゴブリンなど

Fランク=駆け出し冒険者


(へぇ……。ゴブリンって、Eランクの魔物だったんだ)


「他にはなにかございますか?」

「いえ、大丈夫です」

「それでは、ギルドカードをお渡し致します」


 受付嬢が名刺サイズのカードを差し出した。

 透が持つと、カードの表面に文字が浮かび上がる。


「おおー! 文字が浮かび上がった」

「先ほどトールさんから読み取りました魂の波長を、ギルドカードに登録しております。これによりカードが持ち主の魂の波長を読み取り、表面に文字が浮かび上がる仕組みとなっております。カードを紛失しても、悪用される危険性はないのでご安心ください。ただ紛失いたしますと、再発行料として銀貨10枚頂きますのでご注意くださいませ」


 銀貨10枚となると、10万円相当だ。

 10万円近いものなど日本ですら持ったことがない透は、カードを持つ手が僅かに震えた。


「あ、ありがとうございます」

「おめでとう。これでトールも晴れて冒険者だな」

「ああ、そうだね」

「ここで一つ、先輩として忠告するぞ」


 唐突にエステルが先輩風を吹かせるように、人差し指を立てて僅かに顎を上げた。


「冒険者は舐められたらダメなのだ。依頼の取り合いになったら、依頼人は〝強そうな方〟を選ぶだろう? トールの口調は丁寧で好ましいが、口調が弱そうだと、依頼の周りも悪いらしいのだ。ほかにも依頼人によっては、冒険者じゃなくて商人崩れだと判断するから、丁寧な口調は避けた方が良いぞ」

「そう、なんですか?」


 エステルの弁が間違っているとは思わないが、偏っている可能性はある。透は受付嬢を向いて首を傾げた。


「エステルさんの言葉は概ね正しいですよ。冒険者のあいだでは、そういう風潮があるのは事実です」

「概ね、ですか」

「時と場合と相手によります」

「なるほど」


 たとえば組織の長と会談する場合は、それ相応の態度が求められる。冒険者だからといって乱暴な態度では教養を疑われる。

 ようはTPOはわきまえろ、ということだ。


「ちなみに私たちは、口調で冒険者を区別いたしませんので、お気遣いなく」


 いくら冒険者を区別しないとはいっても、受付嬢はロボットじゃない。人間だ。態度が悪ければ、心証が悪くなる。


 これは日本でも同じ。相手が自分より立場が低いからと威丈高な対応をしていては、人心は離れて行くばかりだ。


 さておき。この場合、舐められてはいけないのは冒険者間と依頼人なので、それ以外の人にあえて乱暴な口調で接する必要は無い。


「わかりました。ご忠告、ありがとうございます」


 受付嬢の言葉に、透は丁寧語で返した。

 すると受付嬢は満面の笑みを浮かべた。どうやら透は彼女の〝試験〟に合格したようだ。


「……とーるぅ?」

「ひゃう!?」


 エステルのおどろおどろしい声に、透はギクリと肩を振るわせた。

 危うくギルドカードを取り落としそうになった。


 再発行に10万円もかかるカードを誤って放り投げ、隙間に入って取れなくなった、なんて状態はシャレにならない。

 無くさないよう、透はギルドカードを<異空庫>へと大切に収納した。


「……先ほどはお伝えするのを忘れておりましたが」


 受付嬢がカウンターから身を乗り出し、透に顔を近づけた。


「<異空庫>は非常に珍しく、それだけで有用なスキルです。実力が付くまでは<異空庫>持ちであることがバレないようご注意ください。人を操る方法など、いくらでもございますので」


(ひえっ!? なにそれこわい……)


 受付嬢の脅しは、透の心胆を寒からしめた。


「以上でギルドの説明は終了となります。なにか質問はございますか?」

「いいえ、大丈夫です」

「それでは、先ほど頂いておりました土の精霊結晶のお話をさせて頂きます」


 受付嬢が査定結果の書かれた紙を取り出し、透に見えるよう差しだした。


「精霊結晶は全部で15個。非常に高品質なものばかりでしたので、1つ銀貨10枚に若干色を付けさせて頂きました」


 合計には15500ガルドと書かれていた。精霊結晶の15000ガルドに、500ガルドほど上乗せされている。


(たった1日で日本での給料数ヶ月分くらい稼いじゃったんだけど!)


「こちらの結果でよろしいでしょうか?」

「え、あっ、はひ」


 その金額に畏れ戦いていた透は、若干うわずりながらもなんとか頷いた。


 受付嬢が金貨1枚と銀貨55枚入った布袋を運び込み、透は<異空庫>に放り込もうとする。

 だが先ほど言われた『バレぬよう注意しろ』との忠告を思い出し、しぶしぶその手にがっちりと抱えた。


 いきなり大金を手にしてしまったものだから、透は気が気でない。通り過ぎる人や後ろから近づく人が、まるで自分のお金を狙っているように感じられる。


(ふえぇ……。早く<異空庫>に放り込みたいよぉ)


 泣きそうになる透を余所に、エステルは笑みを浮かべながらトールに話しかける。


「それじゃあ、トール。まずは共用井戸に行くぞ」

「井戸?」

「ああ。街の誰もが使える自由に井戸があるのだ」

「井戸よりも、先に宿を確保したいかなぁって思うんだけど」


 既に太陽は落ちて、辺りは暗くなっている。

 まだ眠気を感じる時間ではないが、透は今夜の宿を早めに確保しておきたかった。

 だがエステルは、苦笑を浮かべて首を振った。


「まずはその格好をなんとかしなければ、衛兵を呼ばれるのだ」

「……あっ」


 指摘されてやっと思い出した。

 透はまだ、ゴブリンのあれこれで汚れたままだった。


          ○


 周りの人に奇異の眼差しを向けられながら、透は共用井戸で服ごと体を洗った。

 あらかた洗い終わると、エステルにタオルを貰い、体を拭く。


 透は濡れた服をなるたけ堅く絞ったが、体にペタペタ張り付いて冷たい。

 それでも、洗わないより断然マシである。


「ずいぶん良くなったぞトール。これならお店に入っても衛兵は呼ばれないのだ」

「そっか。ありがとう」

「これくらい、なんてことないぞ! 私が受けた恩義は、この程度では返しきれないほどだからなっ」

「いやいや。これでも十分有りがたいよ」


 なんたって、透はゴブリンの血や臓物に塗れ、カピカピになっていたのだ。エステルの好意が心に染みる。


「次は新しい服だな。ゴブリンの血はしつこいのだ。血は落ちるが、生臭さは消えない。全部新しいものに替えた方が良いのだ」

「そうだね。じゃあ服屋さんに案内してもらっていい?」

「了解した」


 エステルとともに服屋に向かい、中古の古着を数着購入した。そのお金はエステルが払ってくれた。

 自分が払うと言ったのだが、「私を助けたことで衣服が汚れたのだ。これくらい私がはらうぞ。むしろ払わせてほしい!」と、がんとして譲らなかった。


 透は衣服の購入くらいなんてことない大金を抱えていたが、エステルの言葉に甘えることにした。そうしなければ、いつまで経っても平行線で終わらなさそうだったためだ。

 最後に、透はエステルに宿を教えて貰った。


「他には、なにか知りたいことはあるか?」

「うーん。あっ、そうだ。魔術ってどうやって使うかわかる?」

「あー、魔術か。わかるにはわかるのだが……」


 これまでハキハキ答えていたエステルだったが、ここへきてどうも歯切れが悪い。


「どうしたの?」

「いや、トールは迷い人だろう? 魔術が使えるのかどうか、わからなくてな」

「ああ、そういえばそうだね」


 なんせ迷い人は劣等人と呼ばれるくらい、エアルガルド人よりも性能が劣っていると言われている。

 魔術は扱えないかもしれない。そうエステルに思われても、無理はない。


「元の世界にはないものだから、使ってみたいとは思うけど、使えなかったら諦めるよ」

「そうか。魔術は大通りを少し歩いて、あそこの小道を抜けた先にある店で売ってるぞ」

「売ってる?」

「ああ。魔術は基本的に購入するものだぞ」

「そうなんだ!」


 日本では存在しなかった魔術が、いよいよ使えるかもしれない。

 そう思うと、透はすぐさまお店に向かいたくなった。

 だが、フィンリスの店は既にほぼ全てが閉まっている。お店への突撃を泣く泣く諦める。


「ほ、他にはなにかあるか?」

「うーん……特にないかな」

「なんだったら、明日も私がフィンリスを案内するぞ!」

「いやいやいや。さすがにそれは悪いよ」


 エステルはランクEの冒険者と、透よりも格上であり、そして先輩だ。

 もちろん彼女から手ほどきを受けたい気持ちはあった。しかし、透が彼女を時間的に拘束することで、彼女の稼ぎを目減りさせるわけにはいかない。


「冒険者同士でパーティを組むということも出来るのだが、どうだ?」

「有りがたい申し出だけど……。僕じゃ役立たずだよ」


 透は新人冒険者であり、劣等人だ。パーティを組んでも彼女の足を引っ張る未来しか、透には見えなかった。


「いや、しかし――」

「いろいろありがとう、エステル。本当に助かったよ。もしエステルに出会えなかったら、僕はどこかで野垂れ死んでたかもしれない」

「……」

「何か困ったことがあったら、真っ先に頼らせてもらう。それまでは、一人で頑張ってみようと思う。まずは一人で頑張らないと、誰かに頼る癖が付くし、成長出来ないからね」

「……そうか。そう、だな」


 透の言葉に、エステルの表情がずーんと沈んだ。

 彼女には悪いとは思ったが、透のそれは本心である。


 自ら手を動かし、考えなければ、いつまで経っても成長しない。


 透がエアルガルドで生き抜く上で、最も大切な基礎知識をこれから養わなければいけない。そのためには、まず一人でトライ&エラーを繰返すのが良いだろうと、透は考えている。


 エステルから教わった宿の前で、透はエステルに向き直った。


「それじゃあ、エステル。またいつか」

「えっ、あ、ああ……」


 エステルが曖昧に頷いた。

 その様子を最後まで見ずに、透は踵を返した。


 このまま彼女を見ていたら、後ろ髪が引かれそうだった。明日一緒に冒険に出よう! と言いたくなってしまいそうだった。

 だから透は振り切るように、足早に宿に入っていった。


「いらっしゃいませー!」


 宿に入るとすぐに、割腹の良い中年女性が威勢の良い声を上げた。


「ご宿泊のお客様でしょうか?」

「はい。一部屋お願いします」

「お食事は朝晩とありますが、如何なさいますか?」

「両方お願いします」

「それでは一泊40ガルドでございます」


 40ガルド――日本円で4000円だ。朝晩の食事が付いてこの値段はかなりのものだ。透はその値段の安さに驚いた。


「どうだトール。この宿は安いだろう?」

「あ、ああ。すごくビックリした。まさか食事もついて40ガルドなんて――って、えっ?」


 後ろから話しかけられた透は、振り返って眦を決した。

 そこには先ほど別れたはずだった、エステルの姿があった。


「……なんでエステルがいるの?」

「私もこの宿に泊まっているからな!」

「そうだったのか……」


 意を決して振り切った覚悟を返せ。


「女将。良い客を連れてきたぞっ。私の恩人でもあるので、たんまりサービスしてやってほしい」

「エステルちゃんお帰りなさい。あいわかったよ、任せておきな」

「ああ、それとトールの部屋は201号室が空いてたらそこで頼む」

「201号室?」


 透は首を傾げた。


(エステルが女将に『たんまりサービスしてやって欲しい』と口にしていたので、他よりも良い部屋なのかかな?)


「ああ、私の部屋の隣だぞ!」

「おいっ」


 さすがに女性の隣部屋はまずいだろう、と思った透だったが、日本のホテルではそういうことは普通だったか、と思い直す。


 しかし女性から『部屋、隣同士だね』などと言われれば、これはこれで恥ずかしい。

 透はこれでも(中身はオッサンだが)体は健全な青少年なのだ。

 相手にまったくその気がなくても、男として意識してしまうので、辞めて頂きたい。


「女将さん。201号室じゃなくて他の部屋でお願いします」

「いんやぁ、悪いねトールさん。丁度201号室しか空いてないみたいなんだよ」

「なん、だと……」


 そんな馬鹿な。透が唖然とする目の前で、女将がニヒヒと笑った。

 部屋がないというのは嘘か。確信犯め。透はぐぬぬと喉の奥で唸る。


 袋の中から銀貨を取り出し、ひとまず7泊分精算する。女将がカウンターに鍵を載せると、横からひょいっと鍵が取り上げられた。


「それじゃあトール、部屋に案内しよう!」


 鍵を素早く盗み取ったエステルが、透を部屋に先導する。


「いや、部屋くらい一人で行けるから」

「迷ったらどうするのだ?」

「迷わん。ほら鍵を渡せ」

「いいからいいから。どうせ私の部屋の隣なのだぞ。同じ道征く仲間ではないか」

「格好良い言い方してるけど、ただの隣室の人だからね?」

「まあまあ堅いことを言うな。ほら行くぞっ!」


 腕をぐいっと引かれ、透は宣言通りエステルに201号室(階段を上ってすぐの部屋だった)へと案内されたのだった。

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