第11話 冒険者ギルドで一波乱の予兆

 男性はつかつかとこちらに歩み寄り、エステルを睥睨した。

 エステル「さん」と口にしているが、その実彼女をちっとも敬ってないのが丸わかりだった。


「きちんと依頼のゴブリンは討伐されたんですかあ?」

「もちろん。ただ、依頼されていた内容と実際のゴブリンの数に大きな乖離があったぞ」

「それはそれは……」


 男はそこで、透に目を向けた。

 視線が向いた瞬間、透の背筋がぞっと粟だった。まるでゴキブリでも見るような目つきである。


「そちらの少年は?」

「トールだ。私がゴブリン討伐に巻き込んでしまったのだ」

「なるほどなるほど。エステルさんはそこの少年を救って、ゴブリンを規定数討伐出来なかったと。依頼失敗ですねぇ、実に残念です」

「それは違う。依頼は成功したぞ」


 キッパリ言い放つと、エステルは胸当ての内側から布の袋を取り出した。ゴブリンの耳が詰まった袋だ。


(エステルの胸当ての中ってどうなってるんだろう?)


 これまで冒険者カードに巾着袋と色々出て来たが、今回は極めつけ。その袋の大きさは、ブレストプレートに入るほど小さくない。


 想像よりも胸部が凹んでいるのか? などと想像したら、エステルに横目でギロっと睨まれた。


(ひえっ!)


 袋を受け取り口を開いた受付嬢は、目を大きく見開いた。


「エ、エステルさん、一体何匹のゴブリンを討伐されたんですか!?」

「んー、三十から五十体くらいだったか」

「そんなに……」

「確認してもらえるか?」

「わ、わかりました。すぐに査定させて頂きます」

「――ふん」


 慌てた受付嬢の横で、男が鼻を鳴らした。


「その子を守りながらの討伐とは。本当にエステルさんがやったんですか? なにか、ズルをしたんじゃないでしょうねぇ?」

「失礼な……と言いたいところだが、私一人ではゴブリンに殺されていただろうな」

「ほう。では助っ人が?」

「ああ。ゴブリンのほとんどを、このトールが倒したのだぞ」

「へぇ?」


 まるで自分事のようにエステルは胸を張った。

 彼女は頬が上気し、口角が緩んでいる。


(なんでエステルが自慢げなんだ……)


 透の緊張感が緩んだ、その時だった。


「この小汚い子どもが、ねえ」

「……その言葉、取り消すのだ」


 男の言葉にエステルが殺気立った。

 ゴブリンとの戦闘時でも感じられなかったほどの、強い気配だった。その雰囲気に男が気圧された。


「わ、わかった、取り消す」

「……それだけか?」

「ぐっ……。トールさん、大変失礼いたしました」

「いえいえ。汚いのは事実ですからね。なんかスミマセン」


 透の軽い口調に、エステルと男がきょとんとした。


 透の口調が軽いのは場を和ませるためではない。男に小汚いと言われても、透は「まあそうだよなー」としか思わなかったのだ。

 汚いのは事実なのだから仕方がない。


「ふふっ。透は懐が深いのだな」


 そんな透の様子に、エステルが吹き出した。


「良かったな、フィリップ。首の皮が一枚繋がったぞ」

「……」

「大変お待たせいたしました。査定が終わりましたのでご確認ください」


 そうしている間にも、受付嬢がゴブリンの耳の鑑定を終わらせた。それを合図にして、フィリップと呼ばれた男はなにも無かったかのようにカウンターの奥へと戻っていった。


「全部で四十三匹分の耳を確認いたしました。こちらがエステルさんが引き受けた依頼の達成報酬となります。ゴブリンの討伐数がかなり多かったため、今回は特別に常設依頼の分もクリア扱いとし、上乗せさせて頂きました」

「ああ、それは助かる」


 エステルは受付嬢から報酬が入った小さな麻袋を受け取った。

 その中から大銅貨数枚を取り出すと、自らの巾着袋に入れる。

 残った麻袋を、彼女はぐいと透に差しだした。


「……これは?」

「トールの分の報酬だ」

「いや、でも――」

「ゴブリンのほとんどをトールが倒したのだ。これを受け取って貰わねば、私が困る」


 逡巡した透だったが、現在一文無しだ。有り難く頂戴する。

 だが、借りはすぐに返す。

 透は麻袋の中から大銅貨を取り出し、エステルに押しつけた。


「これは入門の時のお金。これで貸し借りなしね」

「えっ、あ、ああ……いや、これは別に気にしなくても良かったのだが」

「受け取って貰わないと、僕が困る」

「…………わかった」


 言葉を真似た透に、エステルが苦笑した。


「査定は以上ですが、他になにかございますか?」

「それでは一つ。こちらのトールをギルドに登録してもらいたい」

「了解いたしました。それではまずこちらに必要事項の記入をお願いいたします」


 透はペンを取り、差し出された紙に目を走らせる。項目は自分の名前や出身地、扱う武器、職業などだ。


(武器は剣、と。職業って、なにを書けばいいんだろう? 剣士とか魔術師のことかな? それともいま就いてる仕事はあるかってことかな?)


 透はしばし悩み、『無職』と記入した。


「ほぅ。トールは字が書けるのだな」

「あっ、……うん。そうだね」


 エステルに言われて、はたと気づいた。透は何気なく〝日本にいる時と同じ感覚で〟書いていたが、書いていたのは日本の文字ではなく見たことのない文字だった。


(これも<言語>スキルのおかげ、なのかな? 便利だけど、なんかすっごく不思議な感じだなあ)


 手が動くまま無意識に書けば大丈夫だが、少し意識してしまうとエアルガルド文字が書けなくなりそうだった。

 あらかた項目が埋まると、カウンターの奥から受付嬢が透明の玉を持って戻ってきた。


「お待たせいたしました。では、トールさん。こちらの水晶に手を乗せてください」

「これは?」

「こちらは魂を観察する道具です」

「魂を観察……?」


 意味がわからない。透は首を傾げた。


「こちらは主に、過去に法を犯して魂に〝印〟が刻まれてないかを確認させて頂きます」

「村出身なら馴染みがないかもしれないが、大きな街では重罪を犯したものには、魂に〝印〟が付けられるのだ」


〝印〟の意味が判らない透に、エステルが捕捉した。村出身であるため知らないだろうと、彼女は気を利かせてくれたのだ。


「なるほど」

「他には、簡単にですが冒険者としての適性が測れます」

「そんなことが出来るんですね」


「はい。あくまで補助的な道具ですのでどういう潜在能力があるかまでは見られませんが、依頼受付の参考にはさせて頂きます」


「そうなんですね。わかりました」

「それではどうぞ」


 透はゴクリとツバを飲み、カウンターに置かれた水晶に手を載せた。

 すると、水晶の真ん中に小さな光が点った。


「おー」


 まるで人の手に反応して光を灯す照明器具のようだ。

 初めて見る魔術的な反応に、透は目を輝かせた。


「えっ?」

「えっ……」


 しかし、透の反応とは打って変わって、受付嬢とエステルは眉根を寄せた。


「どうしたんですか?」

「いや、その……、トールの光があまりにも小さいから、何事かと思ったのだ」

「もしかして僕、才能なし?」

「いや、光のサイズで才能の有無を判断するものじゃない……のだよな?」


 エステルが自信なさげに受付嬢に尋ねた。


「え、えぇ、そうですね。才能の有無は光の大きさではなく、強さです。トールさんは一定以上の輝きがありますから、問題ないのですが……」


 受付嬢はそこで一旦言葉を切り、言いにくそうな表情で続けた。


「トールさんは、いつ頃エアルガルドにいらっしゃったんですか?」


 受付嬢に尋ねられた瞬間、透は時間が止まったように感じた。


『いつ頃、エアルガルドにいらっしゃったんですか?』


 この問いは、透が〝別世界から来た〟と思わなければ出て来ない。

 つまり受付嬢は透が、異世界人だと疑っているのだ。


「……どうして」


「間違いでしたら、お詫びして訂正させて頂きます。この魂の測定器ですが、〝魂の記録〟によって光の大きさが変化するものなんです。通常、ギルドに登録させる方の年齢ですと、こぶし大くらいのサイズになります。ですがトールさんは見た所、魂にまったく記録が蓄積されていません。

 トールさんくらいの年齢の方ですと、突然ポンと、どこからともなくやってきた魂でなければ、これほど小さな光になりません。

 つまり、光がこれほど小さい方は、魂がこの世界にやってきた〝迷い人〟である可能性が高いのです」


「迷い人……」

「迷い人だって!?」


 透とエステルの反応は、これまた真逆だった。

 迷い人と言われて、透はその言葉を『異世界人』と変換した。だが、エステルは驚き表情を強ばらせた。


 透は、自分が異世界人だと吹聴することは避けたかった。もし地球にそんな奴がいても、頭のおかしい奴だと思われるに決まっているからだ。

 だが迷い人――つまり異世界人なのか? と真っ向勝負で尋ねられたのなら、話は変わってくる。


「そうですね」


 透は頷いた。


「もしかして、迷い人だとギルドに登録出来ないんですか?」

「いえ、そんなことはありません。過去に迷い人でギルドに登録された方はいらっしゃいます」

「迷い人って、そんなにいるんですね」

「はい。珍しいには珍しいですが、年に数度は発見されるみたいです」


(おいおい、そんなに頻繁に異世界人を送り込んで大丈夫なの?)


 自称神の所業に、透は呆れた。

 別の世界から魂をガンガン送り込めば、エアルガルドに良くない影響を与えそうである。


「光の大きさは、理解しました。僕が迷い人でもギルドに登録させて頂けるなら、是非お願いしたいんですが」

「本当に、登録してもよろしいのですか?」


 受付嬢が念を押す。


(なんだか慎重だな)


 疑問を抱いたその時だった。


「おいおい、あのトマト野郎〝迷い人〟だってよ」

「〝劣等人〟が冒険者になるなんて、あっさり死ぬだけだから辞めとけ辞めとけ」

「「ぎゃはははは!!」」


 併設されているバーから透たちの様子を窺っていたのだろう。ジョッキを手にした冒険者風の男二人が笑った。

 その顔はずいぶんと赤い。相当酔っ払っているようだ。


 彼らの言葉に、透は首を傾げた。


「劣等人?」

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