寵愛のいる旦那との結婚がようやく終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋をがしたい

にのまえ

プロローグ

 今宵は結婚ニ周年のお祝い――夕食の席で旦那はわたくしが妊娠して三ヶ月だと、嘘の診断書をだして親に知らせた。

 それに"待った"をだして子供ができたと喜ぶ義両親に、わたくしがまだ男性と経験がないことを記した、三ヶ月前の診断書をだした。


 テーブルにならべて置かれた、二つの診断書をみて義両親は声を上げる。


「これはどういう事だ!」

「コール、あなたコレはどういうこと?」


「いや、リイーヤが出した診断書が間違っていて、リイーヤは妊娠している」


 ――まだ嘘をつく、旦那には呆れるわ。


「いいえ、わたくしは妊娠などしておりませんわ。彼の子を妊娠したのは"そこにいるメイド"ですわ……お義母様これを見てください」


 わたくしは旦那の浮気相手――メイドを診察した医師に書いてもらった診断書をみせた。


 2人は同時にその診断書みて、怒りで顔を赤くした。


「「な、なんてことを!」」


 食堂で義父は旦那のむなぐらを掴み、義母は問題のメイドに詰め寄った。

 ――フフ、義両親は必死よね。

 毎月――わたくしの実家、公爵家から多額の支援をうけている。だから、彼らは領地の管理だけで、裕福な暮らしができているのだ――支援がなくなったら死活問題。


 その事を知りながら――旦那は平民のメイドと浮気して妊娠させた。この事実をわたくしのお父様がしったら、毎月の援助は即打ち切られ。

 わたくしとの離婚が決まれば慰謝料として、領地はとりあげられて、彼らには没落への道しか残らない。


「リイーヤ、頼む……嘘だと言ってくれ」


「嘘もなにも、本当のことですもの。あとは当人同士で話してください――疲れたので、わたくしは失礼いたしますわ」


「待て、リイーヤ!」


 騒ぎ立てる彼らを食堂において、離れの自室にもどり部屋に鍵をかけ、自分で動かせる家具をすべて扉のまえに置いた。

 ようやく旦那との結婚に終わりを迎えられる、この機会は絶対に逃せない。



「リイーヤ、でてきなさい!」

 

 わたくしを追ってきた義両親と旦那を無視した。

 今――両親にせかされた彼がわたくしを襲ってくるかも。

 いま襲われて仕舞えば、前々から準備していた書類が――今夜お父様に届いても無効になる。


「リイーヤ、お前だけを愛している」


 言わされているのが丸わかり。

 

 声を無視してクローゼットを開き、ドレスを脱ぎ捨て髪を結び直して、乗馬服に着替えた。あの子のおさがりのドレスなんていらない――今のわたくしには、ほんの少しだけのお金と馬があればいい。


 部屋の入り口には無理に開けようとしてガタガタ音を鳴らし「出て来い」「出てきなさい」と叫ぶ。わたくしはそっと窓から屋敷を抜けだし、馬小屋で彼の馬の縄を解き、鞍をかぶせて跨った。

 

「さあ、行きましょう」


 わたくしは馬を走らせ一気に屋敷から駆け出す。屋敷の門を通るときわたくしに気付いた、門番は驚いた表情で声を上げて"奥様!"と呼んだ。


 けして振り向かない。

 絶対に追いつけない。


 今頃――手紙で事情を知ったわたくしの両親は。

 早朝、離縁状を国王陛下に提出してくれるはず。


 彼の浮気とメイドとの子供、

 わたくしが未経験だという証拠もある。


「さよなら」


 わたくしは振り向く事なく、真っ直ぐ馬を走らせた。


 


 ――明け方、見えてきた国と国との境

 わたくしは乗ってきた馬を降りて、警備騎士に通行料を払い国境を越えた。それからしばらく馬を走らせ、ここまで来れば大丈夫だと止めて。後ろを振り向き国境先にある、故郷リルガルド国をしばらく見つめた。


「お父様、お母様、お兄様、弟様ごめんなさい。わたくしはリルガルド国をでました、二度と帰りませ」


 この結婚はすべて……わたくし一人のわがままから始まった。




 三年前――彼と結婚をするまで名門といわれる騎士家系で育ち。幼頃から剣を握り――国王陛下とリスガルド国の為に五歳上の兄と同じ騎士団に入り、一生を剣に捧げると決めていた。


 進む道も王都の騎士学園に入学、卒業後に王族直営の騎士団養成所に入団の準備を始めていた。そんな矢先、一週間後に開催される舞踏会に出てくれとお父様に頼まれた。


 開催される舞踏会は国王陛下の愛娘、王女の大切なデビュタントの日だそうだ。陛下は願われた――貴族みんなに娘のデビュタントを祝ってほしいと……その願いを叶える為、国王陛下の近衛騎士として勤めるお父様はわたくしに頭を下げた。


『嫌よ、お父様。舞踏会に出るなんて』

『リイーヤ頼む、私の顔を立ててくれ』


 いくら騎士家系の生まれだからといって、女がてらに剣を握る跳ねっ返り令嬢として――貴族の間にわたくしの名だけが、一人歩きをしているのをお父様は知っているはず。


 しかし、お父様は頼むとなんども頭を下げた。


 お父様は国王陛下の近衛騎士――仕事の関係もある。これ以上はわがままは言えず、参加をすることにした。

 舞踏会なんて、十五歳のデビュタント以来だ。



 そして迎えた舞踏会当日。 

 会場では貴族のご子息、ご令嬢達は誰も声を掛けては来ない。わたくしも終わるまで、壁の花でも気にすることはなかった。

 国王陛下の賛辞も滞り無く終わり、お父様の顔も立てたからと、従者を呼び屋敷に帰ろうとした。


「僕と一緒に踊ってはくれませんか?」と声をかけてきたのは、見目麗しい男性。


 失礼のないよう、彼に礼をして。


『ごめんなさい……わたくしより、他の令嬢をお誘いください。皆さん、あなたに声をかけられることをお待ちしておりますわ』


 彼はお断りをいれたわたくしの手を掴み、強引に会場の真ん中へと連れ出したのだ。


『なっ、その手を離してください!』


 デビュタントのダンスで嫌な思いをしてから、自分の手に触れられるのは苦手だ。『コレが女の手か?』と、ダンスを踊った後に言われて笑われた。


『離して! 女なのに酷い手だって、跳ねっ返りの公爵令嬢だと思っているのでしょう?』

 

『私は気にしない、君の手は綺麗な女性の手だよ』


『え?』

 

 彼は手慣れた仕草で、わたくしの手の甲へキスを落とした。生演奏が奏でられてワルツが始まる。


『さぁ、私の手を取って』

『え、えぇ……(なんて、強引な方なの)』


 わたくしの剣だこの手を嫌がらないなんて……

 彼と踊る最中、微笑んだ青い瞳に心を射抜かれて、恋を知らないわたくしは彼に恋心を抱いた。

 舞踏会から一週間後――彼からデートの申し込み。

 さらに、一ヶ月後には婚約の申し出があった。

彼は伯爵家コール・デトロイト――貴公子と貴族の中で噂される伯爵家の長子だ。

 

 その申しでに初めは伯爵家だからと、わたくしに苦労させたくないと両親は反対をしたが、彼と一緒に説得をして承諾してもらい半年後に彼の婚約者になった。


 ――今日はどんなドレスを着ようかしら。


 その婚約にわたくしは毎日欠かさずしていた訓練もせず。剣も握らずドレス選びと美容に明け暮れた。仕舞いには騎士団養成所の入団も花嫁修行が有るからとお断りした。


 初めての恋に浮かれたのだ……命よりも大切な剣を捨てても、あなたの側にいたいと願った。彼もわたくしだけを見てくれると信じきっていた。


『リイーヤ、綺麗だ』

『コール様』


 会うたびに囁かれる彼の優しい言葉を鵜呑みにして、花嫁修業が終わった三ヶ月後に彼と結婚した。




 そして迎えた初夜――わたくしは大人びたナイトドレスに身を包み彼が訪れるのを、心を張り詰め待っていた。しかし、数時間後に訪れた彼はわたくしにこう言ってきた。


『その格好……期待させて悪かった。私は君を抱くことはない』


『どうして?』


『私には心から愛する、リリィがいる』

『……リリィ?』


 彼には数年前から寵愛するメイドのリリィがいるのだと。彼女は平民でお義父様から許しがでず結婚が出来ないと告げられた。


 しかし伯爵家では跡取りが必要だ。彼女との関係を続けるには何も口を出さない、形だけの妻が彼には必要だったのだ。あの舞踏会で剣に明け暮れ男性などまったく興味もなく、公爵家で家柄も良いわたくしに彼は目を付けた。


 剣さえ握らせておけば何も言わないと思ったのだろう。

彼は悪びれもせずこう言いのけた。


『これで君も周囲から何も言われずに剣が握れる君も助かっただろう? 君は剣を取り、私は彼女を取る。跡取りだって君の子だと彼女が産む。君も私に遠慮なく好きな人を作ればいい』


『……!』


 言いたいことだけを言い彼は愛しの彼女の所へと戻って行った。

寝室にぽつんと取り残された大人びたナイトドレス姿のわたくし……。


 ――あなたは、わたくしが剣を捨てると思わないの?


 貴方に恋心を抱いたとは思ってくださらなかった。それ程まで彼の頭の中はそのメイド一色だったなんて……今更後悔しても遅い、騎士団養成所よりも彼を選んだのはわたくしだ。愛も、剣も掴めなかったわたくしには何も残っていない。残ったのは馬鹿な女だけ……両親に"彼に愛されている"と浮かれていた、あの頃のバカなわたくし……恥ずかしくてたまらない。


『うっうう…………うっ……わぁああっ……』

 

 その夜、自分の愚かさに恥じて声を殺して一晩中泣いた。次の日、彼に今日から君の部屋だと離れに追いやられた。この結婚に国王陛下から祝辞をいただき、わたくしのわがままで両親の反対を押し切り結婚したゆえ、両親にも伝えることができない。


 一年が過ぎてもわたくしは剣を握ることなく、離れでメイドが選んだ本を読んでいた。つぎに手に取った本はリルガルド国の法律に関するものだった。


(これは……?)


 リルガルド国では一度結婚をしたら離婚は許されないとされている――しかし例外があったのだ。二年間の間に子供ができなかった場合と、どちらかの浮気、どちらかの死亡で離婚ができると知った。


 ――二年まてば離縁できると希望が持てた。

 

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