Day.3 その世界地図は絶対に認めないぞ少年/なんだ景観信者か、俺と戦争だな創造神

 天と地を作り、別の世界から「少年」を喚んだ一日目。

 大地を測り、少年に「休息」を与えた二日目。

 そして三日目、少年はようやく、私にこの世界の「地図」を見せてきた。



 その世界地図——「蜘蛛の巣」がごとし。



 ……え、何それ? これが私の「最高の世界」?

 きもいきもいきもい。きもいって。最高どころか最低というか、最凶というか、最恐じゃないか!

 どこから持ってきたんだ、その地図の構想アイデアは? さてはこの少年、「地獄」という世界を見たことがあるのか?


 ——おい少年。

 少年の方こそ、その都市せかいのコンセプトを言ってみろ!


「車社会の永久機関エンドレスループ

 車社会の永久機関エンドレスループ!?



*****



「都市開発ゲームの界隈では、原則として交通機関の多様化が推奨されている」

 ——な、なんか語り出しだぞこの少年!?

「道路、鉄道、地下鉄、空港。あらゆる交通網を張り巡らせることで、住人の移動を最適化するんだ」

 ——し、知らんわそんな原則!

「でも俺は嫌だ。一般道路だけが良い。特に高速道路は嫌いだ、空間マスを取るから」

 ——し、知らんわそんな空間マス取りゲーム!

「地下鉄使えば渋滞が緩和されるなんて当たり前じゃないか。もう飽きてるんだよそういう交通整備作業ゲーは。みんなして同じような都市を作りやがる。俺は景観ビジュアル重視の民なんだ」

 ——嘘つけ、逆だ! 少年は間違いなく効率厨の民だ!

「よって今回は『一般道路』縛りでいく。俺は絶対に他の交通機関は使わない。総人口百万人幸福度最高マックスを目指すぞ創造神。この開発で、俺は『車社会しんせかい』の市長かみとなる!」


 ——うん。この市長かみ解職チェンジで!


 全能たる神様わたしの世界において、「縛りプレイ」とか言い出した少年を私は全力で説得した。

 そもそも、少年よ。この世界に喚ばれて早々「地形」が云々とか主張していたのに、そんな網目状の世界では地形もへったくれもないのではないか?


 こんなものは私が目指す「最高の世界」ではない。

 最高の世界というのは……最高の世界というのは……——


 כשנוחתים שם, אפשר לשמוע את רשרוש היער.

(訳:その地に降り立てば、木々のさざめきが聞こえてくる)

 ציפורים רוקדות בחן בשמים הכחולים, ודגים קופצים בקצב של הגלים

(訳:鳥が優雅に青天を舞い、波のリズムに合わせて魚たちが跳ねている)

 בלילה, הוא יואר בכוכבים, וכל החיים יזרחו.

(訳:夜になれば星に照らされ、すべての生命が輝きを得る)

 בהצלחה לברכות הארץ. הבורא הזה נתן רחמים משמים

(訳:大地の恵みに幸あらんことを。この創造神が天より慈悲を与えたもう)


「……ああ、やっぱり『景観』信者だったのかお前」

 ——なんだ景観信者って!? あと、信仰対象たる神様わたしを「信者」と呼ぶな!

「何億年前の地球だよそれ。森とか海とか、空間マスしか取らない地域エリアなんか無駄でしかないぞ創造神。そもそも『植林』ってのは住民の幸福度上昇のために使う最終手段なんだよ」

 ——だから、ちょいちょい出てくる「幸福度」ってなんだよ地獄の民のくせに!?

「まあ夜景が綺麗ってのは俺も同意かな。ほら、高層ビルの集合体って『世紀末』って感じで好きなんだよね」

 ——ほら「世紀末」とか言ってるし! やはり世界の終末を夢見ちゃってるじゃないか少年!


 天地創造三日目にして、私と少年は対立した。

 自然の恵みというものをまるで知らない少年が、網目状の世界地図を片手に、この全能たる神様わたしに挑もうというのか。


 ……ただ、言われてみれば。

 少年が以前暮らしていた世界は、確かにこんな地獄絵図だった気がする。


 漆黒の地面を這いずり回り、人間どもが忙しなく地獄への道を進み続けている。

 少年は植林が人類繁栄の最終手段だと言ったが、もとより存在していたはずの森林を排斥したのは、君たち人間の方であるはずだ。


 車にしたって同様だ。

 社会という名の歯車を回すために、人間という生物の限度を超えた移動速度と距離を求め、車や鉄道といった新たな交通手段を手ずから用意する。

 そのような手段を講じずとも、己の手に余る地域せかいの中で、大地と共に暮らしていけば良いものを。


 やはり私には分からない。

 なぜ人間かれらは、世界に存在する万物を愛することができないのか。

 すでに存在する生命を愛さずして、なぜ新たな生命なき幻想くるまを自ら生み出さねば気が済まないのか。



 ——あのとき。

 なぜ私は、失敗してしまったのだろう。

 あのとき創造した世界だって、最高の世界だったはずなのに。



 黙りこくってしまった私を、少年はしばらく怪訝そうに見据えていたが。


「……そうか、ここって三次元リアルなんだっけ」


 二次元ゲームの世界じゃないんだと、ふいに少年が手を叩く。

 すると少年は、私に新たな紙を求めてきた。

 ようやく地図を書き直す気になったのかと、私が新しい紙を手渡してやれば。


「ゲームの中では、都市せかいは横にしか広げられない」


 ——うん?


「縦に広げよう。同じ地点、同じ地域エリアに『天地』をいくつも重ねるんだ」


 そう言うなり少年は、網目状になった世界地図の上に、白紙なままの紙を載せていく。

 二枚、三枚、四枚と。

 いくつもの世界が、高層ビルのように上へ上へと連なっていって。


「こうすれば都市のコンセプトをひとつに絞らなくて良い。俺はこの画期的な都市構造を、多様化社会の永久機関エンドレスループと名付けよう」


 ——現代的リアルかつ幻想的ファンタジーな、複数のコンセプト・シティと隣り合わせの最高の世界。

 少年は満足げにひとりで頷いては笑顔を浮かべた。

 そう。

 この世界に喚ばれて、少年は初めて笑顔を見せたのだ。



*****



 少年は私にたずねてきて、


「都市間の移動手段は何が良い? SFエスエフでしかお目にかかれない、宇宙旅行ロマンの代名詞『エレベーター』とかどうよ」


 私は答えてやった。

 神々の日頃の移動手段は「魔法陣」だと。


「ええ〜魔法陣テレポートぉ? 俺は好かんわ〜。『おおっ、今俺移動してる!』感のない交通手段は好かんわあ」


 ——こ、この少年、ファンタジー世界を全否定しやがった!


 私は説得した。全能たる神々にとって、自らの足で移動するなど愚行の極みだと。

 少年は衣食住を怠って叱られたときや、世界地図で揉めたときなどよりも遥かに嫌そうな表情を浮かべている。

 ついさっきまで一緒に空を飛んでいたと言うのに、なぜそんなにも頑なに地面での移動にこだわるんだ。


「四足歩行から二足歩行に進化したのが人間だろう? 歩行という動作は人間にとって最も大事な生命活動なんだよ」


 ——つ、つい先ほどまで「車社会しんせかい」とやらにこだわっていた少年が、舌の根も乾かぬうちに!


 こうして私たちの都市せかい作りは続いていく。

 まだ天地と「市長の家きょてん」しか創造していないが、私の最高の世界が完成するまでに、いったいどれほどの時間を重ねれば良いのやら……。



(Day.3___The Endless Game...)

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