第二章

第1話 冒険者管理協会

「さて、今日中に宿を押さえないとな」


 俺たちは、エルドリアの街にやってきていた。

 帝国でも古い歴史を持つだけあって、古風だが立派な建物がずらりと並んでいる。


「冒険者管理協会は確かこっちの大通りを行けばあったはずだが……」


 今俺が向かっているのは冒険者管理協会だ。

 この世界には数多くの冒険者ギルドがあるが、それらを管理してギルドに仕事を斡旋するのが、冒険者管理協会だ。


 魔王化を回避した俺の次の目的は、アイリスを取り返すことだ。

 原作のジークは、《魔王の核》を埋め込まれた影響で永い眠りにつく。

 そのせいで帝都に戻るのに長い時間が掛かってしまい、アイリスはオルトの手に落ちてしまう。


 しかし、幸いなことに、俺はそれを回避した。

 オルトが行動に出るまで、それなりの猶予があるはずだ。

 俺はこの間に、冒険者として仕事をこなし、オルトからアイリスを取り戻すための準備を押し進めるつもりだ。


「随分と立派な建物ですね」

「大都市にある協会だからな」


 早速俺たちは、扉をギィッと開き中へと足を踏み入れる。

 その瞬間、中の酒場で屯している冒険者達が一斉に視線を寄越してきた。


「ジーク様……」


 その視線にリヴィエラが不安がる。


 冒険者は誰でもなれるが、危険な仕事でもある。

 そのためか、命知らずで粗暴な者も多い。


 今こちらを見ているのも、いかにも荒くれ者といった雰囲気の者達だ。


「おいおい、ガキが二人何の用だよ」

「女の方はえらいべっぴんさんだな。ヘヘ、俺が可愛がってやろうか?」

「このロリコンが。気持ち悪いんだよ」

「なんだと!?」


 血気盛んな冒険者達があっという間に乱闘騒ぎに突入した。

 なかなか刺激的な光景だ。


「ようこそ、冒険者管理協会へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 殴り合いの喧嘩を始めた冒険者達の脇を通り、受付へとやってくる。

 そこで俺たちを出迎えたのは、随分と淑やかで綺麗な人だった。

 年齢は十六歳前後だろうか? かなり若いが、荒くれ者達の集まる協会でこうして受付を務めているのだから、ただ者ではないのかもしれない。


「その、冒険者の登録をお願いしたいのですが」

「かしこまりました。こちらにプロフィールをお書きください」


 ぼろぼろの衣服を纏った幼い子どもが冒険者を志望する。

 どう見てもワケアリだが、受付の人は特に事情を聞くことはなかった。


「えーっと、登録はお二人様でしょうか?」

「いえ、自分だけです」

「え……?」


 そう答えると、リヴィエラが不服そうな表情を浮かべた。


「だって、君を戦わせるわけにはいかないだろう? 加護だって無いんだし」


 リヴィエラ教団の実験により〝加護なし〟となってしまった訳だがそこは伏せ、まだ授かっていないという風に言っておく。

 そんな事情を、知られたら面倒なことになるのはわかりきっているからだ。


「で、でも、ジークだけに冒険者を任せるなんて……」


 ちなみに、今の俺たちは兄妹という設定だ。

 幼い子どもが二人、身を寄せ合っているという状況を説明するなら、血縁者ということにしておくのが一番だからだ。


「大丈夫だ。俺なら心配は要らない。それにリヴィエラはあんなことがあったんだから、無茶なことはしないでくれ。俺の胃が痛くなる」


 俺はそっと彼女の頭を撫でる。


 正直、最初に見たリヴィエラの姿はショッキングだった。あんな目に二度と遭わせるわけにはいかない。

 だから、多少過保護になっても仕方ないだろう。


「わかり……ました……」


 納得はしていないようだが、リヴィエラは素直に応じた。

 さて、用紙に必要事項を記載していく。名前は偽名がいいだろう。


「そうだな、ハルにしよう」


 ジークハルトの「ハル」だ。

 一見、安直に思えるが、この世界の言語感覚からして「Sieghard」のharだけを抜き出すというのは、基本的にないだろう。

 元日本人の俺ならではの名付けだ。


「ハルさん……ですか? 少し珍しい名前ですね」

「生まれが特殊なんです。あまり詳しく聞かないでもらえると」

「もちろん、分かっております。冒険者にはワケありの方が多いですから。では、これで登録は完了です」


 冒険者ランクは最下位のFからスタートと。

 基本的にランクによって依頼の制限が掛けられることはない。


 腕に自信があればAランクだろうとSランクだろうと、どんなランクの依頼を受けてもいい。

 その結果、命を落としてもそれは自己責任というのが、冒険者の世界だからだ。


「なにか手頃な依頼はありますか? 今晩の宿代がなくて」


 とはいえ、ゲームと違ってこの世界では、死ねばそれで終わりだ。

 まずは命の危険が少ない依頼を選ぼう。


「そうなんですね。それでしたら採集依頼はいかがでしょうか? 魔物の落とす素材でしたら、市場の一割増しで買い取らせていただいておりますので」


 なるほど、素材採集か。確か、ゲームでも店で売るよりも冒険者協会で売る方が高値だった気がする。

 協会お抱えの調薬師や鍛冶屋で加工するため、商人を噛ませるよりも高値で買い取れるという理由だったはずだ。


「分かりました。リストをください」

「はい、こちらになります」


 受付から渡されたリストに魔物素材とその買い取り金額がずらりと並べられている。

 見たところ、ゲーム内の買い取り金額との乖離はない。


「スライムにワイルドウルフ、仕留めるのが簡単な魔物の素材も募集してるみたいだな」


 とはいえ、下級魔物の素材でもらえるのは、精々数シエルだ。今晩の食事代にすら届かない。

 そうなると、今の俺でも容易く採取できて、なおかつ高価で売れるものがいいだろう。


「ありがとうございます。これを参考に素材集めしてみようと思います」


 俺はリストの中のある素材に目を付け、協会を後にしようとする。すると――


「ちょっと待ちなよ、君」


 顔立ちの整った金髪の冒険者が目の前に立ちはだかった。

 何というか見るからにプライドが高そうで、小者感満載の男だ。


「どうやらその年でワケアリみたいだね。なんともかわいそうなことだ。良ければ僕のギルドに入れてあげようか?」


 どうやら子ども二人の状況を見かねて、声を掛けてきたようだ。


「それはありがたい申し出ですが、お断りします」


 だが応じる理由はない。

 一見、物腰の柔らかそうな青年だが、そう言った人物ほど裏に本性を隠しているのがこの世界の常だ。

 簡単に気を許してはいけない。


「ん? 僕の聞き間違いかな。【白竜小隊】のBランク冒険者が、勧誘しているんだよ?」

「すみません。自分、聞いたことないので」


 ゲームでも、そんなギルド聞いたことがない。

 Bランクというのが本当なら、そりゃ腕は立つのだろうけど、腕前と彼の人柄には何の関係もない。


「な、なら、その少女だけでも面倒を見てあげよう。君のような非力な子どもでは、彼女を守ることなど出来ないだろう?」

「僕の妹をですか……?」


 俺は目の前の冒険者をにらみつける。

 自分を侮る言葉に苛立ったわけではない。リヴィエラにこだわりを見せたことを訝しんでいるのだ。


「な、なんだ、その目は……ガキが僕をそんな目で見るな!!」


 先ほどまで柔らかい物腰だった男の、口調が一気に崩れ去った。

 この反応は、やましいところがあるのだろう。


 俺は心にあることを決めている。

 ようやく救い出したリヴィエラをこれ以上、不幸にしない。それが今の俺の優先事項の一つだ。


「妹は僕が守ります。あなたの手を借りるつもりはありません」


 リヴィエラをかばうように俺は立ちはだかる。

 彼女も不穏な雰囲気を感じたのか、俺の手をギュッと強く握った。


「ふ、ふざけるな!! ガキ如きが侮りやがって!! こっちは親切心で言ってやってるのによ!!」


 仮に親切心だろうと、目の前の冒険者の態度を見て信用できるはずが無い。

 その様子に呆れていると、業を煮やした冒険者がズカズカと歩いてきて、俺の胸を掴み上げた。


「に、兄さ――」


 リヴィエラが叫んだ直後、彼の仲間と思しき大男がリヴィエラを背後から捕まえ、手で口を塞いだ。


「貴様らっ……!!」


 その瞬間、俺の対応は決まった。

 胸ぐらを掴む男の手に火炎を流し込むと、突然の攻撃にひるんだ男の腹部を思い切り蹴り飛ばす。


「かはっ……」


 続けて炎を右手に纏うと、リヴィエラを拘束する男の顔を思い切り掴む。

 記憶を取り戻す以前は、よく鍛錬をして護身術も身に付けた。この程度は造作もない。


「ひぎっ……ぁ……がぁ……熱い熱いィイイイイイイ!!!!!」


 顔を焼かれた男が咄嗟にリヴィエラから手を離す。

 直後、俺は大男を金髪の男の方へと投げ飛ばす。


「無事か、リヴィエラ?」


 最優先で彼女の無事を確認する。


「は、はい。ありがとうございます、兄様」

「良かった」


 彼女に何かあったら、怒りに任せてあの男達を痛めつけているところだった。


「さて……」


 右手に白炎を纏わせて男達の元へと行く。


「実力ならお分かりいただけたと思いますけど」

「は、はい……それは十分!!」


 大男の方は腰が引けたのか、ビクビクしている。


「次に妹に何かしようとしたら、命は無いと思ってください」

「わ、分かった。もう、何もしない。ほ、ほんの出来心だったんだ。許してくれ」


 そう言って男は膝をついた。


「ぷはははは【白竜小隊】のアランが、ガキ相手に良いようにやられてるぜ」

「ああ、末恐ろしいガキだぜ」


 周りがあれこれと騒ぎ立てるのを無視して、俺は協会を後にするのであった。




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