忘れられた水鏡

碧月 葉

第1話 土は死んだ

 味を選んで、マシンのスイッチを押す。

 

 ヴィーン。ピッピッ。


 食事は、10秒で出来上がった。

 

『マーボードウフドン』

 僕の好物だ。

 赤く、プヨンとしたそれを口に運び、香辛料の効いた甘辛い風味を楽しむ。


 うん、うまい。


「ソキウス」


 着替えをしながら、AIに声をかける。


「おはよう、月人つきと。今日は、2117年5月9日。天気は曇り、最高気温32度、最低気温18度。1件メッセージがあります」


「……再生して」


「〜♪〜♪『ハッピーバースデー月人。26歳になったのね。貴方の誕生日を祝う事が出来て嬉しいわ。貴方の26年目が良い年でありますように。じゃあね、頑張って〜!』〜♪〜🎶」


 もうすっかり恒例になった母からのバースデーメッセージが流れ出した。

 しょうがないなぁ。

 あの人、一体何年分準備したんだ?

 しかも毎回ふざけたBGMつけてるし。


 笑えるようになった。


 母さんが亡くなってから最初の誕生日は、これを聞いてボロ泣きした。

 こんなに辛いなら、「愛」なんて知らなきゃ良かったって思ったな。

 他の人と同じように、ナニーAIに育てられれば良かった。そう思って母さんのこと、恨めしく思ったりもした。


 立ち直るのに、時間は必要だったけれど、今はこの感情を知る事が出来たのは幸せだと考えている。

 だから、僕は骨董品のようなホーム管理AIを、更新せずに使い続けているんだ。

 時折入っている母さんのメッセージが何とも愛しいからさ。

 

 22世紀の今、世界はゆっくりと終末に向かっているのかもしれない。

 世界と言っても、「ヒトの世界」がね。

 遠い昔、この国で「人生100年時代」なんて言われた事があったらしいけれど、今の平均寿命は、33.3歳。

 当時の3分の1以下だ。

 

 原因は…… そうだなぁ、簡単に言うと食べ物が無くなったから。


 70年くらい前、未曾有の食糧危機があった。

 地球全体で飢餓が進み、人口は激減した。

 何も、大戦争や大災害が起こった訳じゃない。

 人類が歩みを止めなかったツケ「環境悪化」のためだった。


 過剰に進んだ温暖化は、小麦の栽培を難しくし、水不足により水田は干上がった。

 気温の上昇により、家畜の生育環境が悪化し、肉の生産量も激減。

 また乱獲により、水産資源は壊滅。

 

 そして、食糧不足を何とかしよう、収量をあげようと、世界各地で強力な化学肥料が大量に使われた。

 それがとどめとなった。


 強力な化学肥料は甘い毒だ。

 使用した1〜2年目は、沢山の穀物や野菜が収穫されるが、程なく土が弱り、その土地で農業は成り立たなくなる。


 土は死んだ。


 

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