忘れられた水鏡
碧月 葉
第1話 土は死んだ
味を選んで、マシンのスイッチを押す。
ヴィーン。ピッピッ。
食事は、10秒で出来上がった。
『マーボードウフドン』
僕の好物だ。
赤く、プヨンとしたそれを口に運び、香辛料の効いた甘辛い風味を楽しむ。
うん、うまい。
「ソキウス」
着替えをしながら、AIに声をかける。
「おはよう、
「……再生して」
「〜♪〜♪『ハッピーバースデー月人。26歳になったのね。貴方の誕生日を祝う事が出来て嬉しいわ。貴方の26年目が良い年でありますように。じゃあね、頑張って〜!』〜♪〜🎶」
もうすっかり恒例になった母からのバースデーメッセージが流れ出した。
しょうがないなぁ。
あの人、一体何年分準備したんだ?
しかも毎回ふざけたBGMつけてるし。
笑えるようになった。
母さんが亡くなってから最初の誕生日は、これを聞いてボロ泣きした。
こんなに辛いなら、「愛」なんて知らなきゃ良かったって思ったな。
他の人と同じように、ナニーAIに育てられれば良かった。そう思って母さんのこと、恨めしく思ったりもした。
立ち直るのに、時間は必要だったけれど、今はこの感情を知る事が出来たのは幸せだと考えている。
だから、僕は骨董品のようなホーム管理AIを、更新せずに使い続けているんだ。
時折入っている母さんのメッセージが何とも愛しいからさ。
22世紀の今、世界はゆっくりと終末に向かっているのかもしれない。
世界と言っても、「ヒトの世界」がね。
遠い昔、この国で「人生100年時代」なんて言われた事があったらしいけれど、今の平均寿命は、33.3歳。
当時の3分の1以下だ。
原因は…… そうだなぁ、簡単に言うと食べ物が無くなったから。
70年くらい前、未曾有の食糧危機があった。
地球全体で飢餓が進み、人口は激減した。
何も、大戦争や大災害が起こった訳じゃない。
人類が歩みを止めなかったツケ「環境悪化」のためだった。
過剰に進んだ温暖化は、小麦の栽培を難しくし、水不足により水田は干上がった。
気温の上昇により、家畜の生育環境が悪化し、肉の生産量も激減。
また乱獲により、水産資源は壊滅。
そして、食糧不足を何とかしよう、収量をあげようと、世界各地で強力な化学肥料が大量に使われた。
それがとどめとなった。
強力な化学肥料は甘い毒だ。
使用した1〜2年目は、沢山の穀物や野菜が収穫されるが、程なく土が弱り、その土地で農業は成り立たなくなる。
土は死んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます