BIF

ヒロシマン

第1話 全文

 マンションの屋上に円形の魔法陣が描かれ、今まさに魔法使いが魔物を呼び出そうとしていた。とはいっても、魔法使いはサラリーマンの閣樹佐門(カクキ サモン)。この新型コロナ禍で、テレワーク中の息抜きに、研究の成果を試そうとしていたのだ。


 佐門は、魔法陣の中心に立ち、指揮棒(タクト)を地に向けて呪文を唱えた。


「ソロムソ、エリクス、ナリケス・・・。我、魔神に請い願う。有能なる僕を我が元にお遣わし下さい」


 すると、魔法陣の外円から湯気のようなものが立ち込めたかと思うと、黒煙が壁を作るように吹き上がり、佐門を包み込んだ。


 しばらくすると、黒煙はあっという間に消え去り、魔法陣の外に、一本角で痩せこけ、大きな眼だけがぎらついている魔物が立っていた。


「おお、魔神よ。願いを叶えていただき感謝いたします」


 佐門はそう言うと、指揮棒を魔物に向けた。


「汝の名は・・・」


「伝助」


 魔物は、あっさりと名前を告げた。


「えぇ、ダサ。もっとデビルとかサタンとか、かっこいい名前の奴がいただろう。伝助って」


「あああぁ、その名前を呼ぶな。息が苦しい」


「いや、お前が言ったんだろ。これから俺が名前を探り当てようと思ってたのに」


「くっそう、ひっかけやがって」


「ひっかけてないって。もういいや。帰って。もう一度やり直すから。魔法陣、どっか間違えたかな」


「そりゃないだろう。おいらのメンツ丸つぶれになるじゃないか」


「メンツって。あのさ、お前みたいなダサい奴、召使にしてもこっちがかっこ悪いから」


「だったら友達になろう」


「なんで、召使から友達に、勝手に立場同じになろうとしてるんだよ。ふざけんな、帰れ」


「手ぶらじゃ帰れない。なんかくれ」


「なんて図々しいんだ。何一つ役に立ってないだろうが」


「お前が呼んどいて、何も命令しないんだろ。契約違反だ」


「まだ契約なんかしてないし」


「おいらの名前を言ったら、それで契約成立だ」


「お前が勝手にしゃべったんだろ、伝助って」


「あああぁ、その名前を言うな。苦しい」


「メンドクサイ。もういい。なんかやるから、さっさと帰ってくれ」


「うぅんと、ほんじゃぁねぇ。食い物くれ」


「食い物、どんな。まさか、コウモリの煮たのとか、トカゲの丸焼きとか」


「喰えるかそんなもん。モロス・ココヌスを喰わせろ」


「モロス・ココヌス。なんだそれ」


「知らんのか。カボチャを半分に切って中の種を取り、ひき肉を辛く煮て、その中に詰める。それを酒粕の粕汁の中で、カボチャが柔らかくなるまで煮込むんだよ」


「なんか、普通の料理だな。まあ、それなら何とか作れそうだ」


「そうだろ。これを本当は、ハロウィンの日に喰えば最強のパワーが得られるんだ。早く喰いたいよ」


「じゃぁ、ここで待ってろ。作って来てやるから」


「いや、一緒に行く。味見しないといけないだろ」


「味にうるさいのかよ。はぁぁ。じゃぁ、一緒に来い」


 こうして一人と一匹は、佐門の自宅へ向かった。


 魔物の伝助は、佐門の自宅のソファーにふんぞり返り、新聞を読んでいた。そこへ、佐門が食材を買って帰って来た。


「あぁ、お帰り」


「お前は、ご主人様か」


「まぁいいから。それにしても人間の世界は貧しいな。この部屋も飾り気がない」


「大きなお世話だ。シンプルライフなんだよ。これが普通」


「しかし、どのニュースも貧困の匂いがプンプンだ」


「それはまさか、お前らの悪さのせいじゃないだろうな」


「おいらたちはこんなセコイことはしない。みくびるなよ」


 佐門は、態度のでかい魔物の伝助にうんざりしながら、料理を始めた。


 魔物の伝助は、佐門の仕事道具のノートパソコンを見つけると、ネットで何かを調べ始めた。


 時々、料理を作っている佐門の所に、魔物の伝助の舌が伸びて味見を促す。しかたなく、料理を少し、舌にのせてやる。すると舌を「OK」のように上に向ける。


 やっと、料理を作り終えて部屋にやって来た佐門が、魔物の伝助が大事なノートパソコンを操作しているのを見て言った。


「お前何やってんだよ」


「まぁ、いいから、ダチだろ」


「誰がじゃ。ふざけんなよ。早くこれ喰って帰れ」


 佐門が料理をソファーの前のテーブルに置くと、魔物の伝助は、一口喰うと「よかろう」といった態度を見せた。


 ため息をつく佐門に、魔物の伝助は言った。


「貧困家庭の支出のほとんどは食費だ」


「・・・」


「消費税8パーセントの商品購入がほとんどで、10パーセントの商品といえば、トイレットペーパーや洗剤など生活必需品だけだ。贅沢品など買う余地はないみたいだな」


「まぁ、そんなとこだ。だけど、その一方で、フードロスは増大している。これは需要と供給のバランスが悪いだけで、食料がだぶついているわけじゃないんだ」


「世界では、食料不足で苦しんでいる国もあるというわけか」


「そうだ」


「だったら、もっと食料を作ればいい」


「そういうわけにはいかないよ。たくさん作れば、それだけ売れ残りが多くなってフードロスになるか、値段を安くしないといけなくなる。利益にならないよ」


「だから、各地域に食料備蓄センターを開設するんだよ。ここにローリングストックで食品を備蓄し、常時、無料配給するんだ。ここは、災害時の食料供給の拠点ともなるからな」


「そういえば、今、新型コロナ禍で自宅療養者に食料を定期的に配給しているけど、それを常態化して、貧困家庭に食料を配給するってことか」


「そうだよ。分かってるじゃないか。それが、ベーシックインカムならぬ、ベーシックインフード(BIF)だ」


「そうか、それで、食料を大量に作り、市場に出す物と備蓄する物とに配分すれば、市場価格が安定し、食料自給率も高くすることができる」


「レストランや食堂などでも、フードロスなどで集まった食材を利用して、ある程度保存ができる料理を作り、ミステリーランチとして販売し、余れば、食料備蓄センターに提供すれば、食料を循環させることができる。ミステリーランチには、どんな食材が調達できるか分からないので、その都度、アドリブで料理が作られるので、飽きることがないしな」


「いいね。国防で最も大事なのは、兵器の強さではなく、食料だということは歴史が証明している」


「食料のない貧困が戦争を生み出す」


「食料は、永遠に保存することはできない。独り占めしたところで、そんなには食べることはできない。お金もこれと同じだ」


「貯めこまれて流通しないお金を無くせば、お金の価値はなくなり、金属と紙切れになるだけだ」


「その通り。そうだ、お金をすべて電子マネーだけにして、正月にいったんすべてのお金を消去して、すべての国民が1千万円もらってスタートすれば、公平で貧富の差はなくなる。もっともお金の価値もなくなり、ゲームのスコアのようになるが、それはそれで楽しめるだろう」


「近い将来、仕事はすべて、人工知能やロボット、ドローン、3Dプリンタで片付くようになり、人は文化の創造に力を集中できるようになる。それこそが本来、人の仕事だ」


「それに気づく人がどれだけいるだろうか」


 魔物の伝助は、ニヤリと笑った。


「俺たちがそれに気づかせてやるのよ。へへへへ」


「お前、ひょっとして、すごい魔物なのか」


「へへへへ。やっと気づいたか」


「でも伝助じゃ」


「うぅぅ、苦しい。名前を言うな」


「なんか嘘くさいな。本当は別の名前じゃないのか。まぁいい。少し希望が見えてきたよ」


「そいじゃ、おいらは戻るとするか」


「そうか。また来いよ」


 魔物の伝助は、料理を平らげると、煙のように消えていった。


 どれだけの者が、この時代の変化に気づくだろうか?


終わり

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